24.英雄の帰宅
24話目です。
よろしくお願いします。
早朝。普段は騎士たちが使っている訓練場は、今はたった二人だけが使っていた。
「うおお!」
一人は勇者ユウイチロウ。木製の双剣を振りかぶり、大声を上げて迫るその動きは、熟練の闘士のようだ。召喚されてから初めて剣を持ったとは思えぬ程、剣に馴染んでいる。
「……ふっ!」
もう一人、ユウイチロウの前に立ち、小さく息を吐きながら手に持った木製の杖を使って器用に弾いていく青年の姿があった。
「まだ荒い部分が目立ちますね。攻撃も直線的な物が多い。速さと力で騎士たちには通用するかも知れませんが、それ以上の熟練者には通用しません」
「なら、どうすりゃいいんだよ!」
激しい連打を浴びせながら、ユウイチロウは苛立ちに声を上げた。
「攻撃にメリハリをつけるのです。力任せに叩きつけるだけでなく、狙うべきタイミングを誘い、待つのです」
突きに対しては手元に引きつけた杖で横から弾いて逸らし、斬りつけには杖を横から当てて弾く。
「クソッ!」
悪態を吐きながらも、ユウイチロウは相手の顔に向けて放った左の突きを途中で止め、追いかけるように右の突きを胸へと向けた。
「悪くないです」
だが、そう言いながらも青年は杖をくるりと回してユウイチロウの両腕を横から叩いて両方の攻撃を合わせて逸らしながら、同時に真横へと踏み込む。
「うわっと!」
杖で足元を払われ、腰を引き寄せられたユウイチロウは、尻餅をついた。
その喉元に、杖先がぴったりと当てられる。
「……参った」
「防御に対する特殊能力は使わないのですか?」
「……両手がふさがっていると、うまく発動しないんだ」
青年の質問に憮然とした顔で答えながら、ユウイチロウは立ち上がり、尻の土を落とす。
ユウイチロウに発言した能力について具体的に知る者は少ない。青年はその中の一人だった。
「では、先ほどのようにバランスを崩した時には、多少不格好でも転がるなり這うなりして距離を取るようにしましょう」
「わかった。もう一度頼む」
「少し休憩を取りましょう。無理して身体を動かしても、疲労がたまるだけで意味がありません。適度な休憩が良い筋肉を作ります」
見た目はユウイチロウと同じような細身の見た目だが、青年の身体が比べ物にならない程引き締まった筋肉に覆われている事を知っているユウイチロウは、素直に彼の助言に従った。
「折角の能力を最大限に活かすために、バランス感覚を鍛える事を優先しましょう。二刀を使うのには理由が?」
ユウイチロウは目を逸らした。
単に格好良いからという理由だったのだが、それを口にするのは恥ずかしかったのだ。
「……という事であれば、左手の武装はガントレットか何かにして、防御主体の動きが出来るようにすると良いかも知れません」
本来は二刀の使い方として、防御と攻撃を左右で変幻自在に行うのが一般的だが、青年はそれだけの器用さはユウイチロウには無いと見ていた。
このまま二刀で行くよりは、防御をするための動きと攻撃の為の動きをハッキリ決めて訓練すべきだという結論に達した。
「決まらないなら、私が選んでいくつか用意させます。明日にでも試してみて、一番使い勝手の良い物を決めましょう」
迷っているユウイチロウに、青年はハッキリと言った
「今日の訓練は終わりです。しっかり身体を休ませておいてください。……貴方が勝とうと思っている目標には、まだまだ遠いのです。私程度を相手にして苦戦しているようでは、まだまだ……」
「あんたは、あの男の強さを知っているのか?」
「……彼の話は、祖父や祖母から何度も聞かされましたから」
そう言うと、青年はユウイチロウを残して訓練場を後にした。
彼と入れ替わりに一人の少女が表れ、汗を拭くための布をユウイチロウへ手渡した。
「サロメ……あれが、この国最強の守護者か。あんなのがいるなら、俺たち勇者なんて必要ないだろ」
「何をおっしゃられますか。あの男はお父様の護衛以外には役に立ちませんもの」
聖オーソングランデ皇国の王女サロメは、先ほどの青年を指してせせら笑う。姉妹らしく良く似た風貌だが、サロメの方がややたれ目気味で、優しげな顔に見える。
王女はそっとユウイチロウに寄り添い、その顔を見上げた。
「ユウイチロウ様の活躍のお蔭で、ホーラントの戦線は安定して反乱軍を押える事に成功しています。ご納得いただけたら、そろそろ前線でまたお力を振るっていただきたいのですけれど……」
「いや、まだだ」
サロメから顔を逸らし、ユウイチロウも訓練場を出るために歩き出した。
「まだミキが戻って来てない。あいつが何かを掴んでくると言って出て行ったんだ。それを待たないとな。それまでに、もっと強くなってあいつを守れるようにならないと」
タオルをありがとう、と言い残し、ユウイチロウは訓練場を後にした。
「……こういうやり方はあまり好きじゃありませんな」
「貴方の意見など、どうでもよろしい」
ユウイチロウの姿が見えなくなってから、退出したはずの青年が再び現れた。
「意見せずとも、あまりうまく行っておられないようで。あの二人の絆は強い。後ろ暗い考えを抱えて近づいても、割り込む事は難しいのではありませんか」
「メンディス。貴方にわたくしたちのやり方についての意見を求めてなどおりませんの。それよりも、お父様の護衛が不安です。近衛騎士が調査の為に人数が減っているのです。急いで持ち場へ戻りなさい……ああ、そうでした」
一礼して出て行こうとするメンディスを、ふと何かを思い出したようにサロメが呼びとめた。
「貴方のご実家であるアマゼロト伯爵家は、正式に反乱軍側へ与する事を決めたそうよ」
そう告げるサロメの顔は左右のバランスの崩れた笑みを浮かべている。
「そうですか。ですが、私は家を、アマゼロトの名を捨てた身。関係ありません」
「アマゼロトの軍勢とも戦える、というのね?」
「それが王のご命令であれば」
サロメの質問に、メンディスは即答した。
では、と断りを入れて王の元へ向かうメンディスを見て、サロメは顎に指を当てて首を傾げた。
「どういう育ち方をしたら、あんなふうになるのかしら。ヨハンナお姉様もそうだけれど、どうして同じ人間同士や家族同士で争おうなんて考えるのかしらね。野蛮だわ」
クス、と笑ってサロメも歩き出す。
「そうだわ、人間同士で戦わずに済む、良い方法があるわね。お父様に進言して、ユウイチロウに部下を付けてあげましょう」
ドレスのスカートを翻し、その歩みは軽やかだ。
「人間が戦う必要なんか無いのよ。よそ者の勇者には奴隷の亜人共がお似合いだわ」
☆★☆
ヨハンナがウェパルとミキ、そして騎士隊長アモンを連れて王都へ向かうと決まり、出発を翌日に決めた日の夕方ごろ、不意にオリガは「出かけます」と言い出した。
ヴィーネやプーセも同じタイミングで獣人族の町へと向かうための準備を進めており、手伝っていたフェレスやニャールを含めて、慌ただしい屋敷内からオリガは単身でふらりと出かけた。
「止めなくてよろしいのでしょうか?」
門を抜けていくオリガの後ろ姿を見ながら、フェレスが不安げに呟いた。
それに対し、荷づくりを完全に彼女たちに任せていたウェパルは、右手をひらひらと揺らして「いいのいいの」となげやりに呟いた。
「あんまり心配するような子じゃないでしょ。それに、彼女はある程度自分の勘に従って動くタイプだし」
「ですが、まだオリガ様を狙う者がいるかも知れませんし……」
「狙った奴が不幸な目に遭うだけよ」
それより夕食は何なの、と聞いてくるウェパルに、フェレスは眉を寄せた。
「明日には魔人族の元王として、勇者やヨハンナ王女と共に王都へ乗り込むのですから、もっとシャッキリなさってください。私たちの代表でもあるのですよ」
「城に着く前にはそうするわよ」
「出発時にはトオノ伯が用意した随行員が三十名合流するのですから、明日の朝にはお願いしますね」
気の抜けた返事を聞いて、フェルスはやれやれと呟きながら、ウェパル好みの夕食を作る為、厨房へと向かった。
オリガは自らの勘を信用している。
直感に従って一二三についていく事を決めて、今の幸せを掴んでいる。その事に迷いも後悔もあるはずがない。
そのオリガは、つい今気付いたのだ。一二三がこの町へ戻ってきた事を。
迷いなく駅へと向かい、雑踏から外れた場所でじっと待つ姿は、彼女の事を知らなければ、若く美しい女性が恋人や夫を待つ姿そのものだった。
「あなた!」
雑踏の中で一際目立つ黒髪の人物。オリガが彼を見間違う筈は無い。
するすると人混みを抜けて、思い切り一二三の胸へと飛び込んだ。
「おかえりなさいませ。一二三様」
「ああ。オリガも元気そうだな」
オリガの小柄な身体をそっと抱き留めた一二三は、その身のこなしに不自然な部分がない事を確認すると、素っ気なく言い放った。
だが、オリガにはその一言でも充分だった。花が咲いたような笑顔を浮かべるオリガに、周囲の人々が思わず目を向ける。
「これはこれは、奥様のオリガ様にもお会いできるとは!」
一際大きな声を上げたのは、一二三と共に列車を降りてきた羊獣人のエクンだ。
「旅の最中に一二三様と知り合う事ができまして。運よく、戦うお姿も見る事ができました。大変な幸運でございました」
舌も滑らかに一二三を持ち上げるエクンに対し、オリガも機嫌よく挨拶を返した。
獣人族たちの町へは、フォカロルからしか路線が無いので、エクンもフォカロルで一泊し、明日の便で町へ帰ると言う。
「どうやら、レニたちは中々面白い町を作ったらしい。それにカイムも協力したらしいからな。エクンの案内で、町の見物をして来ようと思って……」
「私も行きます!」
一二三の言葉に、オリガは身体を押しつける程に近づいて宣言した。
「……好きにしろ」
「はい。ありがとうございます」
夫婦の邪魔をしないようにと気を遣ったエクンは別に宿を取ると言って早々に離れていったので、一二三とオリガは夫婦水入らずで夕暮れの町を歩く。
まだまだ人通りの多い街並みを、主に食料を買い込みながら歩いていく。その道すがら、オリガはフォカロルで起こった一連の事件を説明していた。
「どうやら、アリッサが直接教育していた現領主はさておいても、その養子であるウェスナーは俗物だったようで」
「俗なのは別に良いんだけどな。やり口が雑だな」
そこまでで一二三は領主一族に対する言葉を止めた。最早彼らは他人であり、フォカロルや周囲の町や村に対して、特別な感情も無い。たまに名残がある場所を見かけて、少し視線を向ける程度だ。
「それよりも、ヨハンナが城へ行くのが気になるな」
他の女性の話題になって、オリガは少しだけ表情を硬くした。だが、口を挟む事はしない。
「あいつは何をしようとしている?」
「直接お聞きになられればよろしいかと」
少し拗ねて見せたオリガに、一二三は眉を顰めた。こういう時にどう扱って良いかわからない。とりあえず、放っておくことにする。
「で、ヴィーネは獣人族の領地に行って修行をするわけか」
「……そうです。プーセさんが同行するというお話でしたが」
「必要ないな。俺が修行場所を選んで放り込む事にしよう。それに、参加させたい物がある」
一二三は、獣人族の町である『ヘレンとレニの町』について、その脱力しそうな名前を極力口にしないようにだけ要請して、道中色々とエクンから聞かされていた。
その中で、興味深い話があった。
「獣人族の町では、武を競うための試合が定期的に行われているらしい」
「それに、あなたも参加されるのですか?」
オリガが問うと、馬鹿言え、と一二三は否定した。
「訓練以外で、今更人を殺さないようにセーブして戦うのは嫌だ。それより、ヴィーネを放り込んでみようかと思ってな。経験を積むのに丁度良い」
「それは良いお考えですね。きっとヴィーネも喜んで参加するでしょう」
そのまま、一二三とオリガは屋敷へ戻らず、ギルドへと立ち寄った。話題に出たオーソングランデの騎士隊長に会いたいとに一二三が言ったのだ。
「あんたが、伝説の英雄さんか……」
拘束はされていないが、マリアと共に個室に監禁された状態であったアモンは、突然訪ねて来た一二三を見て、額に汗を浮かべた。その手の嗅覚は敏感だ。すぐに“勝てない”どころか“勝負にならない”と直感した。
彼の後ろに隠れるようにして、マリアはオリガをみて怯えている。
「昔の事はどうでも良い。終わった事だし、死んだならそれで終わりだ。生きている奴があれこれ考えたところで、そいつの成果は変わらない」
一二三の言葉が誰を指しているのか、オリガもアモンも考えたが、一人は思い至る事があった。
「俺が聞きたいのは一つだ。今の世の中で、強いのは誰だ?」
単刀直入に質問をぶつける。
一国の、それも大国と言っていい部類の国で近衛騎士隊長という職に就いている以上、戦力として注目すべき人物は把握しているだろう、と一二三は睨んでいた。
「……おれが知っているのは、魔人族の軍にいるバイロン、荒野にいる獣人族のカルフス、町の獣人族ミーダット、あとはオーソングランデの城にいるメンディス。勇者を除けばこのあたりが個人の武勇としては有名どころだな」
想像以上にハッキリとした答えが返ってきた事に、一二三は笑みを浮かべた。
「それはそれは……」
嬉しそうに笑う一二三を、オリガはうっとりと眺めている。
目の前で繰り広げられる不思議なカップルの在り方に、アモンは混乱していた。
「一体、何をするつもりなんだ?」
「確認だ。石になっている間、どれくらい強い奴が出てきたのか、だな」
用は済んだ、と背を向けた一二三に、アモンはすがる様な声をかけた。
「待ってくれ! 情報料として一つ頼みがある!」
「……なんだ?」
「おれたちを、あんたの私兵にしてくれ!」
突然の申し出に、一二三がオリガの顔を見る。
妻はこてん、と首を傾げただけだった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。