表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/204

23.転向者

23話目です。

よろしくお願いします。

 羊獣人エクンの話を聞きながらの旅路に飽き飽きして、しばらく寝ておこうかと一二三が考え始めた頃、車内を前方から歩いてくる一団がいた。

 魔人族ばかりが五人ほど一塊に移動している。


「ん? 人間か」

 横で立ち止まり、不躾に見下ろしてくる視線に、一二三も遠慮無く真っ向から見返した。

「お前は排斥派……では無さそうだな。いや、決めつけは良くない。おい、そこの羊獣人よ」


「はいはい、なんでしょう」

 笑顔で答えながらも、その身体に軽い緊張が走り、状況次第ではすぐに動ける体勢になっている事を一二三は見ていた。

 どうやら、エクンは魔人族たちの集団に対して警戒しているらしい。


「我らは“魔人族共闘隊”である。この人間に何かされてはおらぬか?」

「とんでも、とんでもございません。獣人族の昔話をしておりましただけでございます」

 大仰に頭を振って見せたエクンに、話しかけた魔人族の男は、鼻で笑った。

「獣人族と言えば、人間に飼われる形でようやく町を一つ作った程度の歴史しかあるまい。そんな物を自慢げに語るのは止めた方が良いぞ。人間は気分が良いかも知れないが、な」


 侮蔑の視線を、エクンから一二三へと移す。

「お前たち人間の争いが、我々魔人族を始めとした他人種にまで影響が出るのだ。いい加減にしてもらいたい物だな。我々魔人族のように、しっかりと国家を運営し、他種族へ手を差し伸べ、共に成長していけるような、大人の種族になるべきだな」

 まるで演説でもしているかのように朗々と語る男を、後ろにいた魔人族たちが口々に囃し立てる。


 彼らの言いたい事を整理すると、『魔人族は優秀で、他の種族を助けてあげられるくらいだ。大して人間は他種族に迷惑ばかりかけている』と言いたいらしい。

「ふふん?」

 一二三は、その主張を聞いて笑いを堪えきれなかった。

 魔人族たちが表情に怒りを浮かべたのを見て、一二三はバッサリと言い切った。

「魔人族ってのは、エルフの結界で狭い土地に閉じ込められて、自力脱出もできずに燻っていた連中の事だろう?」


 なるほどな、と一二三は笑いながらゆっくりと首を振った。

「こういう連中が増えたせいで、ウェパルはあっさり辞めたわけか」

「貴様! 人間の分際で魔人族を侮辱するか!」

「それだ」

 一二三の指先は、戦闘にいる男をまっすぐ指している。


「長い事自分たちの中で生活していて鬱憤と恨みつらみが溜まっていたのは知っている。その間、自分たちは優秀なはずなのに、と延々とお互いに言い続けた結果がお前らだ。結界から解法されて何十年も経って尚、周りが見えていない」

 一二三はするりと立ち上がり、通路へ出て魔人族たちの目の前に立った。

「種族だ民族だ、なんぞ下らん。争うのは大変結構だが、変な共通意識に縛られた窮屈な戦いなんぞやめろ。面白くもなんとも無い」


 一二三が話している間に、魔人族たちはそれぞれの武器を掴んで、あからさまに殺気立っている。

 エクンは素早く座席を飛び越え、一二三の後ろ側へと回った。しっかりと刀の範囲内から離れている事に一二三も気付いている。


「やはり私が睨んだ通り、貴様は排斥派の人間だったようだな! 魔人族を始めとした異種族たちを守る為、貴様はここで成敗してくれるわ!」

「知っているか? 自分の正義感を他人に押し付けるくらい、恥ずかしい事は無いって事を」

「黙れ!」

 サーベルのような剣を抜いた魔人族の男は、そのまま一二三に斬りつけた。


 だが、切っ先が座席へ当たって振り抜くに至らない。

「狭い場所でそんな物を振り回すな。いいか? 斬るんじゃない。突くんだよ」

 こういう風に、と一二三は刀を抜いた。

 一見しただけでは真似が出来ない、コンパクトな抜刀をして見せたかと思うと、そのまま魔人族の首筋を貫いていた。


「お……ご……」

 呻きと共に血の混じった泡を口からぶくぶくと溢れさせながら、魔人族は倒れた。

 周囲はその瞬間に騒然となる。

 悲鳴を上げて逃げる者がほとんどだったが、エクンは逃げずにとどまり、魔人族たちはそれぞれの武器を手に緊張の顔を見せた。


「前々から不思議だったんだ」

 刀の血を拭い、懐紙を放り捨てて一二三は言う。

「なんで、正しい事をやっていると思い込んでいる連中は、反撃される可能性を考えないんだろうな」

 一二三は、反撃される事に激高するくらい不思議な事は無い、と語った。

「くだらない世迷言が通じない相手もいるって事を知るのに、命まで賭けないとわからないってんなら、もう死んでおいた方が良い」


 一二三の挑発に、肩をぶつけ合わせながら、魔人族は迫ってくる。

 二本の槍が繰り出されたが、一二三はひらりと座席の上に飛び乗って躱した。

「狭い所で長物なんか振り回すなよ」

「五月蠅い!」

 さらに突きが来るが、一二三は苦も無く躱して槍の穂先を思い切り踏みつけた。

「がっ!?」

 自分の槍で強かに顎を打った魔人族は倒れ、一二三はその腹の上に降り立つ。


 どうにか気絶を免れた男は、乗られた痛みに耐えながら反撃のつもりか右手の拳を突き出した。

 その手を取り、ごろりとうつぶせに転がしてしまうと、腕をぐるりと回して肩を外し、頭を掴んで首を折る。

「残り三人、か」

「ま、待て!」

「嫌だね」

 不利を知ったのか、武器を捨てた男へとずい、と肉薄すると、一二三はその勢いのまま刀で心臓を貫いた。


 ぐったりと命を失った身体を動かし、背後から飛来する残り二人が放った魔法の盾にする。

 火球と石が立て続けに当たり、ぐらぐらと揺れる身体を蹴り飛ばして、魔法を放っていた魔人族を纏めて転倒させた。

「さて」

 仲間の死体の下敷きになり、もがいている所に上から乗り、逃げないように押さえつけた一二三は、しっかりと戦いを見学していたエクンへと振り向いた。


「こいつらは、お前ら獣人族を“助けてくれる”らしいんだが、お前はどう思う? 一緒になって俺と戦うなら、充分楽しめるんだがな」

「御冗談を」

 エクンはニッコリと笑う。

「吾輩を含め、ヘレンとレニの町で育った獣人族は、一二三様の強さを重々承知しております。ましてまして、この目でしっかりとその動きを見せて頂きましたが、吾輩なぞ、奇跡が起きても敵いませぬ。それにですな」


 エクンは目を細めて、魔人族の死体を見下ろした。

「レニ様が町を作られて以来、我々は我々の力で生きてきたのです。魔人族ごときに頼らずとも、獣人族は“それぞれの力を磨いて”自分と仲間を守っていきます」

「そうだろうな」

 とんとん、と軽く二度刀を振り、残り二人の魔人族の首を貫いて殺害すると、一二三は死体を掴んで窓から投げ捨てた。


 この魔人族の集団である“魔人族共闘隊”を名乗る連中こそ、ウェパルの後任として魔国ラウアールの王となったネヴィルを熱烈に支持する団体だった。今殺された彼らはその構成員のほんの一部でしかないが、表向きは他種族の擁護を声高に叫びつつ、魔人族の優位性を叫ぶ連中だ。

 エクンが丁寧に説明したが、一二三は聞き流した。殺す相手の主義主張には、別に興味が無い。


「邪魔だからな。お前も手伝え」

「承知いたしました。それにしても」

 エクンは最初に殺された魔人族の死体を抱え上げ、窓枠に下ろした。

「先ほどの動き、カイム先生を思い出しますな。一二三様の動きを見て覚えたと言うのは、やはりやはり本当だったんですな」


 懐かしそうに笑いながら、エクンは窓に引っかけた男の死体を外へと押し出した。

「どうしてそこでカイムの名前が出てくる」

 多少の指導をした覚えはあるが、一二三の中でカイムという過去に部下だった男は、文官としての印象が強い。

 それに気づいたのか、エクンはこれは失礼、と笑った。


「御存じ無いのでしたね。カイム先生は一二三様封印後、五年程経ってフォカロルでの文官職を引退された後、妻であるブロクラ様と共に獣人族の町へ移られ、亡くなられるまで吾輩や同胞たちに文武両面でご指導くださったのです」

 レニ本人が視察と称してフォカロルへ熱心に通い、カイムを説得したという。その際にどのような取り決めがあったかまでは明らかにされていないが、少なくともカイム自身は嫌々移住したわけでは無いらしい。


 すっかり冷めていた一二三は、ここで再び獣人族の町への興味を取り戻した。


☆★☆


 念のために治癒魔法をかけられたアモンとマリアは、縛り上げられた状態でギルド奥の部屋へと監禁されていた。ギルドの職員である魔法使いに見張られている状態で、アモンは平静を装ってはいたが、内心焦りを感じていた。

 骨折は治っているはずだが、マリアはまだ気を失ったままだ。


「……参った。やっぱりそう来るか」

 ドアを開けて入ってきた人物を見て、壁に背を預けて座っていたアモンはがっくりと首を落とした。

「近衛騎士隊長アモン。貴方自らが来ているとは思わなかったわ」

 オリガとクロアーナに続いて入って来たのは、オーソングランデ皇国王女ヨハンナと、彼女と共に出立の準備をしていた勇者ミキだった。


「この二人、確かにオーソングランデの騎士なのですね。それも、騎士隊長ですか」

 オリガの言葉は、確認と共に侮蔑の意味を含んでいた。騎士隊長という役職ながら、無様に冒険者たちに取り押さえられた事に対する物だ。

 尤も、オリガが封印される前の時代の近衛騎士隊長は、お世辞にも強いとは言えない人物だったのだから、彼に比べればアモンは大分腕が立つ人物であった。それ以上に、ギルドが声をかけておいた冒険者達が強かったと言える。


「オリガさん。アモンさんたちは何をやったのですか?」

 ミキはアモンともマリアとも見識がある。共に訓練をしていたからだ。特にユウイチロウの方は、剣の指導を受けていた。

「“やった事”でしたら、屋敷を監視し、話しかけた私に突然攻撃を仕掛け、無様に撃退されただけですね」

 目的など知りません、とオリガは言う。


「……オリガ様。この二人につきましては、わたくしに任せてもらえないかしら?」

 ヨハンナは、オリガに向かって丁寧に頭を下げた。

 その事に、アモンはもちろん、ミキも驚いている。彼女にしてみれば、オリガがいくら英雄の妻といえ、王女に比べれば格下だという認識だったのだ。自分たちと同じように。

 だが、ヨハンナはオリガに対して丁寧に様付で呼び、尚且つ“お願い”という形で自らの部下という位置づけとも言える騎士隊長の身柄を求めている。


 近衛騎士を難なく制圧した腕前とも合わせて、ミキはオリガに対する評価を改めざるを得ない。とすると、彼女が心酔する一二三という人物の正体が余計に分からない。

「どうするつもりですか?」

 オリガの質問は、単に解放するだけであれば許可しないという圧力でもある。


「オリガ様も御存じのとおり、わたくしはミキさんやウェパル様と共に一度王城へと戻るつもり。そこで王や妹と語り、説得できれば良いけれど、場合によっては、正面から戦う必要があるの」

 ヨハンナとしては、先にミキと共にユウイチロウを説得して引き込み、勇者を自陣の戦力として王と対立するつもりでいた。少なくとも、ミキがいれば転移魔法で逃げる事は可能なので、一度フォカロルへ退避して再度戦力を糾合する事もできる。


「騎士隊の中には協力者がいるけれど、隊長を引き込めれば、その部下を押える事も可能よ。王には協力な護衛もいるから、勝てるかどうかは五分五分だけど……」

「そうは言っても、その男は貴女に素直に従いますか?」

 オリガの視線の先では、アモンは緊張した面持ちでヨハンナの顔を見ていた。

「二つ、考えてるわ」


 ヨハンナはアモンの目の前に立つと、彼を見下ろして静かに話す。

「今の話を聞いていましたね? 貴方は積極的に他種族排斥をしていたわけでは無いと思ったけれど、違う?」

「……殿下。自分は職務に忠実であっただけですよ。王に忠誠を誓い、国から給料を貰っておりますのでね」

「なるほどね。じゃあ、わたくしが王になれば、忠誠を誓うという事?」


「王になられるのであれば、そういたしましょう」

 アモンは暗に今の時点で協力するつもりは無い、と宣言した。

「でも、こういう文書を貴方のサイン付きで王城へ送ったとしたら、どうかしら?」

「失礼ながら……貴女はもっと穏やかな策を選ぶ方だと思っておりました」

「あら、ありがとう。でも、わたくしはイメラリア様と同じように、たとえ非情と思われても結果を求めたいのよ」


 ヨハンナがアモンへ見せたのは、王に対する報告書という名で、ヨハンナの方に正義があり、近衛騎士隊の者として国を任せられるべきはヨハンナであると書かれていた。

「ですが、おれがその書類にサインをしなければ……」

「人質を見捨てて、そういう事が出来るならそうしなさいな」

「人質……?」


 疑問を浮かべたアモンだったが、すぐにそばで倒れたままのマリアへと目が向いた。

「彼女だけじゃないの。今はギルドとトオノ伯が他の騎士を捕縛するために動いているわ」

 特にトオノ伯は、失態を取り戻すために必死で兵士を走らせている、とヨハンナは笑った。その笑い方は恐らくわざとだろうが、一二三に良く似ている。


 背後でオリガが不機嫌な顔をしているが、一二三が好かれている証拠だと自分に言い聞かせて押えているらしい。


「貴方、ぶっきらぼうだけれど部下思いだと評判だったわね」

「これが貴女のやり方ですか……」

 アモンは歯を食いしばって呟いたが、ヨハンナは涼しい顔で聞き流している。

「認めなさい。貴方は敗者なの。選択肢は協力か、部下と共に死ぬかの二つよ」

 しばらくは睨み合っていたが、アモンは程なく頷かされる事になった。


 部下たちはフォカロルに人質として囚われる事になり、アモンは完全にヨハンナ派として彼女たちと共に城へ戻る事になる。

 名実ともに、ヨハンナはクーデターを狙う派閥として名乗りを上げる形になるのだ。

「わたくしの活躍を知れば、きっと一二三様もイメラリア様へそうしたように、厳しくも暖かく手を差し伸べてくださるはず!」


 意気込むヨハンナを見て、オリガは不敵に微笑んだ。

 その言葉でオリガは気付いたのだ。ヨハンナが思う一二三のイメージは、イメラリアという彼に恋した少女のフィルターを通したそれなのだ、と。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ