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22.獣人たちの町

22話目です。

よろしくお願いします。

 箱馬車はゆっくりとギルドへ向かって進みだした。

 馭者以外には、オリガとクロアーナ。そしてニャールが乗っている。

「ニャールさんは、別にお留守番でも良かったのですよ?」

「い、いやいや、そういう訳にもいきませんって。万一の事があったら、ウェパル様に怒られちゃいますよ」


 えへへ、とエプロンドレスを着て笑うニャールに対し、オリガは口元を鉄扇で隠して「ふふ」と声を洩らしてはいるものの、目が笑っていない。

「そうですか……押し付け合うくらい嫌な事までやらないといけないなんて、大変ですね」

「は、ははは……」

 ひくついた笑いに変わったニャールは、それ以降は一言も喋らなかった。


「例の二人は、見えていないと思って堂々とついて来ていますね」

「では、予定通りにこのままギルドへ」

 クロアーナは小窓を通して馭者へその旨を伝えると、オリガへと向き直った。


「恐らくは、二人ともギルド内へ入って来るでしょう」

「では、そこで捕縛いたしましょう」

 表向き何の非も無い人間を捕縛して良いのか、とニャールは思ったが、怖いので黙っていた。

 ほどなく、ギルドの前に馬車は止まる。


「足元にご注意ください」

「ありがとう」

 貴族の相手で慣れているのか、素早く降りてきた馭者は、ステップを置いてオリガに声をかけた。


 オリガに続いてニャール。そしてクロアーナが降りていく。

「しばらく脇で待機しておいて頂戴」

「かしこまりました」

 邪魔にならない場所へと馬車を移動させて、クロアーナを先頭に、三人はギルドへと入って行った。


「……ギルドに用事か。わざわざギルド長自ら迎えに行くとはね。噂通り、あの女はオリガ本人か」

 徒歩で馬車を追い、やや疲れた表情を見せたアモンは、傍らにいるマリアを一瞥する。

 彼女の方は疲れた様子は見せず、何を考えているのかわからないトボけた顔をして、ギルドの建物を見ていた。


「中に入るぞ」

「捕縛するんですか?」

「馬鹿言え。プーセ様やヨハンナ様はさておき、オリガを捕まえるような指示は出てない。様子を見るだけだ」

 職分で言えば、当然盗難された石像を取り返すという意味ではオリガも確保の対象にするべきなのだが、アモンはオリガとまともに対峙して、勝てる自信が無かった。


 一度だけ、アモンは自らが屋敷の監視をしている間にオリガの姿を認めていたのだが、騎士としての勘が、彼女はかなり危険な相手だ、と自らに告げている。

容姿は間違いなく見慣れた石像と瓜二つであったし、監視にあたっていた兵士達からの報告と合わせても、本人である可能性は高い。片耳の兎獣人の姿が確認された事も大きい。

 とすると、一つの疑問が浮かぶ。

「……一二三・トオノ本人はどこへ行った?」


「復活に失敗した、とかですかね?」

「そうだと良いんだがな。……よし、もうギルド長たちは奥へ引っ込んだだろう。俺たちは依頼を探しに来た冒険者というていで行く」

「わかりました」

 もう何度かやった事だ。マリアもすぐに頷き、アモンの後に続いた。


「うっ……!」

 ギルドへ踏み込んだ瞬間。カウンターにほど近い場所にあるテーブルに座っているオリガの後ろ姿が見えて、アモンは小さく呻いた。

「どうしました?」

「いや、何でもない。カウンターの方を見るな」


 マリアを伴い、依頼が張り出されたボードの前へと移動する。

「オリガがすぐそこのテーブルにいる。観察は俺がやるから、お前は視線を向けるな」

「えっ……わかりました」

 フォカロルの依頼の中では数少ない魔物討伐の依頼が、周囲の村から出されているのを順番に眺めていく。


「魔物の討伐ですか?」

「あ、はい……えっ?」

 マリアは急に隣から話しかけられて、ギルドの職員かと思って素直に答えつつ、笑顔を向けた。

 そこには、にこやかに立っているオリガがいた。


「あっ!」

「馬鹿、止せ!」

 マリアは反射的に剣を抜いた。

 慣れた支給品では無く、この町で手に入れた冒険者らしい頑強さを優先した作りの剣だが、抜剣の早さは間違いなく訓練された者のそれだった。


 アモンは慌てて止めようとしたが、遅かった。

 マリアが抜き打った剣は、構えもそこそこにオリガに向けて袈裟懸けに叩きこまれようとしている。

 もちろん、オリガが素直に斬られるはずがない。


「あうっ……」

 右ひじに鋭い痛みを覚え、マリアは素早く左手で剣を握りしめ、何とか剣を落とす事だけは避けた。

 視線を向けると、いつの間にか肘に鉄扇が当てられ、攻撃が止められている。


 直後にオリガの口が小さく動いたのが見えたマリアは、背筋に走る悪寒に従って、距離を取った。

 先ほどまで立っていた場所に、斧を叩きつけたかのような切れ目が入る。

「風魔法……!」


 オリガについて、マリアはある程度の情報をアモンから聞いていた。

 どこまで真実かはわからないが、英雄一二三とその妻であるオリガについては、城内の騎士隊長には代々申し伝えられている。

『敵対するな』と。


 一二三に関しては、魔法攻撃は通用せず、武器の有無に関わらず、敵対して無事でいられる者はいない。ただ、敵対さえしなければ大丈夫なので、言動と行動に気を付けて、頭を低くしているように、と。


 そしてオリガについては、以下の通り。

 曰く、一二三を軽く見るような言動は慎む事。

 曰く、軽々しく声をかけぬ事。

 曰く、極力目を合わせてはいけない。


 イメラリア全盛時の近衛騎士隊長が策定したとされるこれら注意事項は、騎士隊長が使う執務室のデスクの中にしっかりと保管されている。ちなみに、壁に飾ったりする事は禁じられている。

 その戦い振りについては、訓練と共に口伝で伝わっている。


「でも、もう遅いし」

 剣を抜いてしまったものは仕方ない、と開き直り、マリアは右手の痺れに涙を浮かべながら、じりじりとオリガに対して円を描くように歩き、様子を窺う。


「……どういう事だ?」

 想定外の事態に、隙を見つけてマリアと共に逃亡しようと思っていたアモンは、周囲の状況を確認していて、違和感を覚えた。

 待合スペースにいる冒険者たちの半数以上が、逃げる事も囃し立てる事もせず、静かに武器を引き寄せて様子を窺っているのだ。


 まるで、獲物を狙っているかのように。


「……まさか!」

アモンがカウンター側を見ると、そこには職員の隣に立っているギルド長と、何故かメイド服を着た魔人族の姿が見えた。

 ギルド長クロアーナは、笑っている。

「嵌められた!」


 叫び声が上がった直後、アモンへと冒険者が群がる。

流石に一対多数ではまともに対応できず、一気に押し倒されたアモンは、マリアだけでも逃がす事で、応援を呼ぼうとしたのだが、群がる冒険者の隙間から、オリガへと斬りかかる彼女の姿が見えた。


 剣と鉄扇。そして身長と腕の長さからリーチでは有利と見たマリアは、魔法にさえ注意すれば勝てると踏んだ。攻撃魔法は使えないが、多少の怪我なら治癒魔法で治せる自信がある。

「やあっ!」

 上段から、思い切り身体を伸ばして斬りかかる。

 狙いは、無防備な頭部だ。


 オリガの装備は、昔から愛用している青いローブにブーツ。武器としては愛用の鉄扇と、右腕に仕込んだ魔法媒体としての短剣だ。

 あとは、いくつかの手裏剣を身体のあちこちに隠し持っている。

 冒険者時代は完全な魔法のみを使うスタイルだったが、彼女は一二三に施された訓練によって、その戦闘スタイルを完全に変えていた。


「……えっ?」

 マリアの驚いた声を聞きながら、オリガはぐい、と踏み込んで前に出る。

 どんな武器も当たってダメージを受ける部分も当たり方も限られている、と一二三に教わり、数々の戦闘を潜り抜けたオリガは、剣を突き付けられた程度では恐れない。


「一二三様の教えを受けた私が、貴女程度に後れを取る訳が無いでしょう」

 鉄扇の握りを腹に叩きこまれ、鎧を着ての戦闘に慣れ切っていたマリアは、こみ上げる不快感に耐え切れず、胃の中身を吐き戻した。

 前かがみになったマリアの脇へと入り込んだオリガは、そのまま剣を持った右手を取り、剣を奪う。

 そして、肘に剣を当て、梃子の原理を使って肘を折った。


 悲鳴が響き渡り、縛り上げられたアモンだけでなく、その場にいた冒険者たちは顔色を無くしている。

「情報を得るまで、まだ殺しはしません。ですが、私たちを舐めた分、痛みくらい味わうのは当然です」


 自分の吐いた物の上で無様に転がるマリアを見下ろしていたオリガは、ブーツの踵を折れた肘に落とす。

 何人かの冒険者は、目を逸らした。

 痛みの限界を超えて、マリアは気を失った。


☆★☆


 フィリニオンと別れた一二三は、ホーラントを出て魔国ラウアールに入り、再び列車に乗った。馬は売り払ってしまった。

「失礼ですが……一二三、トオノ様ではありませんか?」

「なんだ?」


 声をかけてきたのは、羊獣人の男性だった。大きな荷物を背負い、人の良さそうな、悪く言えば気の抜けたような笑顔で、話しかけてきた。

 獣人族の顔は暇一つ年齢が分かりづらいが、中年と言っていい歳のようだ。

「これはこれは驚きました。まさかまさかご本人と顔を合わせる幸運に恵まれるとは!」


 大げさな身振りで喜びを表し、一二三の向いに座る許可を取ると、獣人の男は荷物を床におろし、しっかりと掴んだままで腰を下ろした。

 その所作を、一二三はさり気なく観察している。

「はは、こうしておきませんと、特に吾輩のような年寄でか弱い獣人はすぐにすぐに狙われて、荷物を盗まれてしまいますんでね」


「か弱い、か。その割には、ずいぶんと鍛えているな。羊の獣人でも、それだけの筋肉をつけられるのか」

「これはこれは……さすがに一二三様の目は欺けませんか。いやいや、しかししかし、吾輩ももう稽古がキツイ歳でしてね」

 若い頃のようには動けませぬよ、と羊獣人は笑う。


 だが、一二三の見立てではその肉体はかなりしっかりしている。軸はぶれず、座る際の身体の動きを見ても、背中や腰回り、内腿の筋肉は引き締まり、その役割を怠っていない。

 比較するならば、以前に見た虎の獣人に近い、しなやかで自然な動きで作られた筋肉だ。

「今の時代、羊の獣人もずいぶんと鍛えるんだな。それとも、単なる趣味か」

「おや……ああ、なるほど」


 一人で勝手に納得した様子を見せた獣人は、ふわふわした白いくせっけの頭を掻いて、一礼した。

「失礼いたしました。どうやら今の獣人について、あまりあまりご存じであられない様子。よろしければ、旅の退屈しのぎに、すこしすこし、お話させていただいても?」

 エクンと名乗った羊獣人は、一二三が封印されてからの獣人について語り始めた。


「我らが獣人族の導き手でありました、光栄にも光栄にも吾輩と同じ羊獣人のレニ様は、一二三様が封印された後、まだ王国であったオーソングランデの領地の中で、獣人族の町を作られました。一二三様が治めておられたトオノ伯爵領内、荒野に近い場所です」

 イメラリアは人間の町に隣接するか、あるいは中に獣人街を作る事も提案したのだが、レニは固辞したらしい。


「レニ様は、一二三様の教えを聞き、人間やエルフ、そして魔人族の姿を観察しておられたそうです。そして、人間の町に平然と平然と溶け込むドワーフを見て、気づかれたと聞きます」

 ドワーフは種族を問わず入り込み、手先の器用さと商売に対する誠実さで生きている。彼らは徹底した個人主義で、集落を作らなかった。あるとすれば、同じ町にいるドワーフ同士のコミュニティ程度だ。


「ですが、ドワーフたちは人間のルールに完全に従い、口を出すことも殆ど殆どありません。長く長く集落で暮らし、獣人族同士でも争いを続けていた自分たちには不可能だ、とレニ様は判断されたのです」

 そこで、レニは獣人族同士でのつながりを強固にして、獣人族としての結束を作るため、あえて人間とは分けて集落を作る事に拘った。


「人間や魔人族は再び争いを生み、否応無く獣人族も巻き込まれるだろう、と常々常々、レニ様はおっしゃられていました。想定される戦いに備えて、獣人族は自分たちの力で自分たちを守れるようにならなくてはいけない、と」

 そうしてオーソングランデ国内にありながら、ほぼ独立国のような形で獣人族の町は作り上げられ、今でもその人口の内、実に九割以上が獣人族なのだとエクンは自慢げに語った。


 黙って聞いていた一二三は特別反応はしなかったが、レニが()()()もずいぶんと張り切ってやっていたらしい事は内心感心していた。

 そして、エクンの言葉の中で一つ気になる言葉がある。

「戦いに備えて、と言ったな」

「はい。いつかいつか起きる戦いに備え、町の防御はもちろん、個人も体を鍛え、技を磨くことを奨励されておりました。今でも続いております」


 多くの人物が指導者として招かれ、武術の面で言えば、一二三が伝えた技術が最も色濃く残っているのは獣人族たちの町だという。

「なるほど。そりゃあ、ちょっと見てみたいな」

「でしょう? 亡くなられたレニ様も、きっと一二三様に見ていただきたいと思われたはずです。我らが“ヘレンとレニの町”を!」


「……今、何て言った?」

「一二三様にぜひ見ていただき……」

「そっちじゃない。町の名前。なんとかシティの方」

 町の方ですか、とにこやかに頷き、エクンは先ほどより大きな声で言った。


「我らの町は、“ヘレンとレニの町”という名前なのです! 二人の偉人を冠した、素晴らしい素晴らしい町名でしょう!」

 胸を張って答えたエクンに、一二三は急激に行く気が失せていった。

「思ってたより、あいつらアホだったんだな」

 ヘレンは嫌がっただろう、と想像しながら、町の自慢を続けるエクンの言葉を聞き流しつつ、一二三は早く駅に着かないかとうんざりしながら景色を眺めていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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