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204/204

204.自分の身体で

色々遅くてすみません。

あとがきに言い訳があります。

「うわっ、きもっ!」

 そう声を上げたのはウェパルだった。

 一二三の視線を追って隣室へと続く解放された出入口を見ていると、そこからずるずると水っぽい音を立てて入って来た異形と目が合ったのだ。

「豹と、魔人族、か? 他にも何か混ざっているな」


 キメラとでもいうべきか。獣人ではなく豹そのものの下半身であり、上半身はグレーの肌に尖った耳を持った魔人族という姿なのだが、他にも背中からはいくつもの触手を生やし、顔には生気がない。

 よだれをだらだらと零しながら呻いている姿は、さながらゾンビのようだ。

 似たような様子の、また違った内容の混ぜ物たちがよろよろとやってくる。


「ふぅー……!」

 大きく鼻で息を吸いこみ、口からゆっくりと吐く。

 それは随分と前に、一二三が道場で教わった呼吸だった。取り込んだ酸素が身体中にいきわたり、吐き出すと同時に血液に溶け込むような感覚。

 同時に、身体の各所がどの程度動くのかを確認する作業でもあった。


 一二三は「懐かしい」と感じていた。

 この世界へ召喚されたとき。正確にはその直前。死神を名乗る男から与えられた魔力の存在が、きれいさっぱり消えている。

 血が通った自分の肉体“だけ”を感じるこの感覚。

 自らの血と汗で鍛えた身体と、五感だけが頼りの『普通の肉体』だ。


「……大丈夫、なの?」

「なにが」

「魔力を完全に失ったんでしょう?」

「だから?」

「魔法が使えないって状況で……あっ!」


 ウェパルの問いかけに適当な返答を返していた一二三は、会話の放り捨てるように打ち切って、前に出る。

 ナイフ一本を右手に握りしめているが、初手は拳が無い左腕だった。

 タン! と音を立てて振り下ろされた手首が、目の前に迫っていた触手を叩き落す。

 同時に腰を落とした頭上を別の触手が通り抜けていくところに、ナイフの刃を当てた。


 切れ味は上々で、引き裂かれた触手が分かたれ、ぐったりと力なく地面へと落ちた。

 その時には、ナイフの切っ先が相手の眼球を貫き、脳を破壊している。

「次」

 眼窩にナイフの峰を引っかけて死体を脇へと放り捨て、次の敵の腕を斬り裂き、胸を蹴りつけて心臓を止める。


 さらに別の敵は喉を斬った。

 骨には当たらず、気管と血管を的確に引き裂く腕前は、いささかも衰えていない。

 いや、むしろ熟練の動きで無駄が無く、とにかく殺すための動きだ。

 いつの間にか、一二三は笑みを浮かべていた。

「次だ。もっといるだろう。わかるぞ。お前たちは戦うために作られたんだろう? なら戦え」

 部屋を移り、蹴り飛ばした敵を追いかけて首を踏み折る。

 背後から来た敵に背中を当てて足踏みしているところを足払いで倒し、頭部を蹴り飛ばす。

 這いつくばって全身を使って飛び掛かって来たキメラに向かって右手を伸ばし、肉迫する勢いそのままに床へと誘導し、叩きつけた。


「本来、魔法が無い世界からやってきた、というのは本当だったのですね」

 水を得た魚のように暴れ回る一二三に、呆れを含んだ感想を呟いたのはプーセだった。

 その腕には、父親の魔力を吸い尽くして満足したのか、寝息を立てているハジメが抱えられている。

 いつ目を覚まして魔力を吸い取られるか戦々恐々としているが、床に寝かせておくのは気が引けた。


 ウェパルの方は、この状況を楽しんでいるようだ。

「一二三の世界って、どういうところなのかしらね。ああいうのがゴロゴロしているのなら、召喚されても行きたくないわ」

「そんなの、社会が成立しませんよ」

 成立しても壊されるでしょうし、とプーセたちは一二三を追って部屋を移動する。


 実験途中で未完成だったのだろうか。キメラたちはどれもが正気とは思えない、本能そのままの様な動きで一二三に襲い掛かり、一体たりとて余すことなく返り討ちに遭う。

 魚のようなヒレを持つ者、甲殻類の足を持つ者、長い舌を伸ばして攻撃を試みる者。

 持ち味を生かした動きではあるが、全体のバランスが悪い身体を持った者ばかりで、一二三の動きを捉えることなどまるで不可能だ。


 出てくる相手を片っ端から殺害し、命を奪う感触を久しぶりに味わっていた一二三は、嬉々として声を上げた。

「俺はここだ。ここにいるぞ!」

 それはイメラリア教本部全体に響くかのような大音声だった。

 声に反応したのは、二つの存在。


 一つは本部の真正面で教団の騎士たちと建物の外構をまとめて薙ぎ払っていた水棲ドラゴンだ。

 恐るべき何かの気配だと感じたのか、顔の左右に突き出た突起を震わせながら、本部の建物を破壊せんと突き進む。

 巻き込まれた教団騎士を踏み、瓦礫との区別もつかなくなるほど潰してしまうが、勢いは止まらない。


 そして、もう一つの存在。

「あなた!」

 一二三が良く知る声が呼ぶ。

 どこから聞こえて来たのか、すぐに分かった。上だ。

「ふぅん。あっちも楽しんでいたみたいだな」


 一二三は気付いていた。

 風魔法で床を斬り裂き、上階からまっすぐ下りてこようとしているオリガが、何をしていたのかを。

「あなた!」

 二度目の呼びかけと共に、オリガが文字通り降って来た。

 一二三が伸ばした左腕の先を掴み、くるりと身体を捻って勢いを殺し、着地する。


 彼女の背後に、一人の老人が墜落した。

「そいつは?」

「さあ、わかりません。この施設で偉そうにしていたので、一二三様を元に戻す方法を聞き出そうと思って嬲っていたのですが……もう不要のようですね」


 閉じ込められていた部屋が揺れて目を覚ましたオリガは、部屋の一部が破壊されていることに気づいて、そこから飛び出して本部内を調べて歩いていたらしい。

 表では水棲ドラゴンが大暴れしており、建物がいつ崩れるともわからない状況だったが、夫と息子のためとはいえ、豪胆に過ぎる行動だった。

 そして、見つけた老人こそ今のイメラリア教のトップ。司祭長であるフィデオローであったが、肩書など夫婦そろって興味がない。


「こ、こんな……」

 彼の目的は、思慕の対象たるイメラリアを弄んだ一二三への復讐であり、最終的にはパウダーを使ったキメラ技術を自らに施し、自分の手で一二三を抹殺することも考えていた。

「誰か……」

 本部には失敗作ではない、完成した混ぜモノが何体かいたはずだが、水棲ドラゴンの対応で多くが外へと出ていた。彼を守る者はいない。


 瀕死のフィデオローが見ている前で、彼が頼りにするキメラたちは惨殺され、単なる肉塊へと変えられていく。

「写し身は……」

 一二三やウェパルたちの能力を再現したキメラも作っていたはずだが、それはどこに行ってしまったのか。

 死を間近に感じているフィデオローの耳に、一二三の言葉が聞こえた。


「……この音。ああ、そういうことか。思い出した」

「どうされました?」

 キメラが粗方片付いたところで、プーセから眠っているハジメを受け取ったオリガは、一二三の背中に紐で固定しながら問う。

一二三が背負うのは、彼ならばこれ以上魔力を吸われる心配がないからだ。


「ウェパル。水が来る。……あいつな」

 石壁が崩れ、ぽっかりと開いた穴から、水棲ドラゴンの姿が見えているのを、一二三はナイフの切っ先で指し示した。

「ウィルがいた世界であいつを倒したとき、湖の水を全て“収納”していたんだが、それが溢れてきたみたいだな」


「……止めろってこと? 湖一つ分の水を?」

「水は得意分野だろう?」

 言うが早いか、一二三はオリガと共に本部の外へと駆けだし、プーセもそれに続いた。

「あ……あ……」

 フィデオローの呻きが響く部屋で、ウェパルは腰に手を当ててふんぞり返る。


「ふふん、『止めろ』とは言わなかったわね? 感動の再会だったみたいだけれど、あたしが単にダム役なんかするわけないでしょ。そういうのってスマートじゃないし、しんどいのよ」

 地響きと、生まれ持った才能で水魔法に慣れ親しんだウェパルだけが感じられる水の気配が、闇魔法のほころびが決壊した異次元の奥底から溢れ出す大量の水を感じ取る。


「あたしは、あなたのことを知っているわよ。でも、助ける気にはならないわね」

 ウェパルは視線を向けずに、フィデオローへの言葉を吐いた。

「あなたは“人”を信用しなかった。人を人でなくして、使うことでしか目的を達成できないと思い込んでいたみたいね。……それじゃあ、何百年経ってもイメラリアの気持ちは理解できないわよ」


「そ……」

 何かを言いかけたフィデオローの言葉は、その傷ついた老体ごと大量の水に押し流されていった。建物や塀の瓦礫に幾度もぶつかり、絶命したときには腕と足を失っていた。

「さあ、あのトカゲちゃんに水を分けてあげましょう!」

 ウェパルの魔法は僅かな水で“水の道”を作っただけだったが、それで充分だった。


 文字通り怒涛の勢いで湧いて出た大量の湖水は、ウェパルのすぐ横を駆け抜け、用意されたルートを通って本部の外へとあふれ出ていく。

 それはさながら横へ向けて落ちる大瀑布。

 水の中を好むドラゴンとはいえ、自分の数十倍の体積を一度に受け止められるものではない。

 水に押されて転がり、町を破壊しながら押し流されていく。


 その様子を、避難していた町の住人たちに紛れて見ていた女が一人。

 ホテルを襲い、オリガを誘拐した溶解液使いの女だった。

「……さて、どうしようかな」

 彼女は水棲ドラゴンが現れて、オリガを閉じ込めていた部屋が破壊された時点で、早々に逃げ出すことを決めた。


 その際に、フィデオローの研究室からキメラの研究成果とパウダーを盗み出してきている。

「もう付き合いきれない」

 身体をいじくり回された挙句、命がけの仕事をさせられることに嫌気がさしていた彼女は、監視の目が緩んだことを幸いに、退職金代わりに価値がありそうな資料を盗んだのだ。

「どこか、高く買ってくれるところはあるかしら?」


 イメラリア教は、この時点でほぼ組織としては瓦解したと言える。

 しかし、問題の種は、また別のところへと渡っていく。

『呼び出された殺戮者8』が無事発売されました。

いよいよ本編もクライマックスが目前です。どうぞよろしくお願いします。


新作として現代ドラマ『飯とテロリスト』を公開中です。

書いていて主人公が一二三に近いように思います。書きやすい。

現代風ドラマですが、良かったらチェックしてみてください。


今後、他の既存策も更新を進めていきます。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
悲しいねぇ 未完のままか 作者は元気にしてるのか?
続編はエタっちゃったって知ってても全部読んでしまいました。それなりに区切りがいいところで止まってくれてよかったと言うべきか、更新が止まっちゃったのを悲しむべきか、、、 めちゃくちゃ面白かったです!感謝…
久しぶりに読みましたが、やはり面白いですし何より一二三とオリガが大好きです……! 何年でも続きをお待ちしております。
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