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203.自分との戦い(物理)

「本気でムカつくわ」

 ウェパルは手に纏わせた水の形状を次々と変化させ、立て続けに攻撃を繰り出しながら不満気に呟いた。

 目の前に立つ全裸の偽一二三は、攻撃をするすると避けてはいるが、動きは無駄が多く、本物のように隙を突いて反撃を繰り出す余裕もないようだ。


「何がです?」

 プーセの方はウェパルの左右と後方を障壁でうまくガードしつつ、一二三が入った木箱を足でごりごりと動かしながら立ち位置を調整している。

「肉体的には一二三と同じみたいだけれど、全然だわ。手応えが無いのよ」

 足元に来た強烈な水流を、偽一二三が飛び上がって避けた。しかし、それはウェパルから見て完全な悪手。


 一部の魔法使いや鳥系獣人ならまだしも、空中で軌道を変えられる者は決して多くは無い。

「一二三なら、そんなふうに迂闊にただ飛びあがったりしないわ。飛んだとしたら、隙を見せて何かを狙っているときよ……こんなふうに」

 ウェパルの水は“誘い”だった。

 本物であれば、正体を確かめるために一旦引いてみるか、水の上を滑る様に迫るくらいの芸当はやって見せただろう。


 だが、偽物はそれをやらなかった。そういう発想は無かったのだ。

「そこが偽物の限界なのね」

 ウェパルの水は、単なる波を作っただけでは無い。重力に反してずるりと浮き上がり、偽一二三の足を絡め取る。

「普通の水魔法使いなら波を打ち出して終わりだけれど、あたしはそんなレベルじゃないの……よっ!」


 引き摺り下ろされた偽一二三。

 その顎にウェパルの膝が打ち上げるように叩き込まれた。

「この程度のことも避けられないなんてね」

 水しぶきを上げながら落下した偽一二三の首をヒールで踏みつけて、ウェパルはニヤリと笑う。


 そのまま、水の圧力で動きを制し、首を踏み折った。

 まるで、一二三がそうしていたのを真似たかのように。

「ふぅ~……うふふ。偽物とはいえ、一二三を倒せてちょっと胸がスッとしたわ」

「落ち着いてないで、こっちもお願いしますよ!」

「はいはい」


 最も危険視していた一二三を処理したウェパルは、そのまま偽オリガも水流で閉じ込めて溺死させた。『本物が洗脳されたかも』などという考えは一切無い。本物ならばこんな無様な破れ方はしないだろうという、ある種の信頼があるからだ。

 それは尊敬と言っても良いかも知れない。

「呆気無い。というより、それだけ二人とも“素質”よりも“努力”や“研鑽”による強さが大きいってことね」


 さて、とウェパルは偽の自分と対峙する。

 偽ウェパルは豊満な肉体を揺らしながら、じりじりと本物から距離を取っていた。本能的に、力量差に気付いているのかも知れない。

「特にこれが腹立つわ。無断でわたしの偽物を作るとか、信じられない」

 カツカツとヒールの音を響かせて偽元へと迫るウェパル。

 その周囲には大量の水が壁となって従者のように彼女の左右にそびえ立つ。


「叩きのめしておくわよ」

「私も、自分の偽物が無いか探しておきます……」

 もはやウェパルの心配は不要とばかりに、プーセは室内の確認作業に移っていた。

 その間に、偽ウェパルの水魔法をより大量の水で吸収する形で圧倒したウェパルは、至近まで迫った直後、右の拳を振り抜いた。


 肉と骨を殴る音が響き、さらに肘と蹴りが続けて叩きこまれる。

 もはや防戦一方、というよりはただ殴られるだけという状況になった偽ウェパルは、膝を突いて逃げ出そうとしていた。

 だが、それも分厚い水壁に阻まれる。

 攻撃は、止まらない。


 右の拳を胸に打ち込み、胸骨を折る。

 そのまま首に手をかけて引き寄せ、膝蹴りで鼻を折り、ヒールで押し込むように蹴り飛ばした。

 水音を立てて濡れた床へと転がった偽ウェパルは虫の息だ。

 そこに容赦ない水が流れ込む。ウェパルは溺死させるつもりらしい。


「いつの間にそんな動きを……」

 流れるような動きに驚いたプーセの質問に、ウェパルは苦笑いで答えた。

「オリガに教わったのよ」

 正確に言えば一二三の修練内容についてオリガに聞いたことを試してみたので、オリガにこの動きが出来るかどうかは不明だった。


 一二三復活騒動のあと、久しぶりにプーセと再会したウェパルは、エルフらしいスリムな体型を維持している彼女のシルエット、特に腰まわりを見て危機感を覚えたのだ。

 そこで密かにダイエットを兼ねた近接戦闘訓練を密かに行っていたのだが、そこまでは言う必要もないだろうと黙っている。

 酒を止める気もなかったので、多少効果があるかどうか程度の成果だが。


「わたしのことは良いから、さっさと奥に行くわよ。子供の泣き声が聞こえるわ」

「っ! 急ぎましょう!」

 会話の間に、偽ウェパルは完全に動きを止めており、水を通して鼓動も止まっていることをウェパルは知る。

「“誰か”をいじったのか、最初から作ったのかは知らないけれど、こんなのに付き合うくらいなら、もっと別の人生を選ぶべきだったわね」


 あるいは強制的に連れて来られた結果かもしれないが、ウェパルにはそこまで慮ってやるつもりは毛頭なかった。結果は巡り会わせの不幸でしかない。

「可哀相に……」

 呟いたプーセには別の考えがあるかも知れないが、それはそれ。ウェパルには関係の無いことだった。


「奥にも敵はいるみたいよ」

「……子供の声がする方向へ道を作ってください。私がその道を守ります」

 プーセは冷静だった。

「任せなさいな」

 大量の水で急流を作り上げたウェパルは、その両脇にプーセの障壁が作られていくのを見ていた。


 見た目は細くて、小娘のような童顔のに、中身は大概に図太い、とウェパルはプーセを内心で評している。どんな敵がいるかわからない状況で、障壁と回復という攻撃に向かない技しかもたないプーセだが、落ち着いている。

 イメラリアの戴冠前後を経験した世代……一二三が暴れ回った時代に、一二三との交流を持った者たちは基本的に肝が据わっていた。戦死したフィリニオンしかり、技を伝えたカイムしかり。


「わたしもなのだけれど……ここで『まだまだ若いもんは』なんて言っちゃうと、一気に歳を取った気がして嫌になるのよね」

「何をぶつぶつ言っているんですか! 早くしてください!」

「はいはい。ハジメちゃん、もう少しでパパが……パパの木彫り人形が行くからね~」

「物言いの趣味が悪い!」


 プーセのツッコミを尻目に、ウェパルは自らが作り出した水流に木箱を乗せ、自分もそれに捕まって流されていく。

 うっすらと輝く障壁の向こう側には正気を保っているとはとても思えない形相の『混ぜモノ』たちが張りつくようにして迫っていた。

 誰もが魔法も武器すらも使わず、素手で狂ったように障壁を叩いている。


「趣味が悪いのは、こういう連中を作る連中の方じゃないかしら? ……あら、いたわね」

 ウェパルが進み行く先には、ガラスケースのような透明な箱に包まれたハジメの姿があった。

 高価なガラス製品をたっぷり使っているが、薄布一枚の上に寝転がされている状況は、決して良い待遇とは言えないだろう。


 空腹で泣いているのか、それとも下半身の違和感でなのかは不明だが、ウェパルは自分がやるべきことを冷静に考えて、行動に移した。

「それっ」

 軽い掛け声と共に、鋭い刃と化した水はガラスケースを切り刻み、隙間から圧力をかけてハジメの周囲を綺麗に洗い流す。


 そして、同時に木箱から“取り出した”一二三の身体を背負い投げでハジメの方へと放り捨てた。

「ハジメちゃん、パパに触りなさいな!」

 目の前に落ちてきた一二三の身体を見て、始めは自然とその顔に向けて手を伸ばし、泣くのも忘れたかのようにキョトンとした顔で触れた。


「全部吸い取っちゃって!」

 ここまでスムースに進んだことに違和感を覚えつつも、ウェパルはとりあえずこれでハジメが一二三の魔力を吸い取ってしまえば、一応の解決だと考えていた。

 教団が何を考えていたとしても、それは一二三がどうにかするだろう。彼女は一二三が復活してしまえば、後はどうでも良いくらいの気分だった。


 そしてもう一つ。

 ハジメの能力で一二三が『ただの人』になってしまうことは、悪いことでは無いと思っている。多少強い程度で魔法は使えない一般人。魔王のままにしておくのも悪くないが、いずれ蹴落とされてしまうだろう。

 その時こそ、この世界に平和が来るのかも知れない。


「となると、わたしが平和の立役者ってことよね。誰か功績を褒め称えてくれて、一生分のお酒と食べ物でも保証してくれないかしら」

「ウェパルさん! うしろ、うしろ!」

 ぼんやりと考えているウェパルに、プーセの切羽詰る叫びが聞こえる。

「ん? うしろ?」


 ハジメの魔力吸収がすぐに始まるとは限らない。その間に周囲の敵を攻撃することを考えていたウェパルは、くるりと振り向いた。

「あら、順調……は?」

 そこには、魔力を吸収されて人としての姿を取り戻しつつある一二三の姿と、同時に彼の周りで次々と中空に登場しては落下する様々な武器や料理があった。


「忘れていましたけれど、一二三さんは闇魔法の収納で食糧や武器を運んでいるんでした! だから魔力が失われると……」

「消滅じゃなくて元通り具現化するってこと!?」

 ウェパルは背筋が凍るような感触を覚えた。強大な魔力量を誇る一二三の収納力はどれほどか。そして、あちこちへ殺しの旅を続ける間にどれだけの物を溜めこんでいるか、想像もつかない。


「む……」

 一二三が小さく声を洩らす。見た目では完全に人間に戻っており、手首から先が欠損した左腕以外は、ウィルがつなげた部分もどうにか元通りになっているらしい。

 だが、樹化の影響か魔力の欠乏によるものか、意識まではまだ回復していないようだ。

 ウェパルが対応に困っているうちに、障壁の中は良い香りがするまだ温かい料理と、試作と思しき見たことも無いような武器で溢れつつあった。


「ちょっと、ストップ! やっぱり全部は駄目!」

 慌てて駆け寄ったウェパルは、一二三の重い身体を動かすよりも楽だと考えたのか、ハジメの身体を抱え上げた。

「あっ」

「あっ」

 先にプーセが気付いて声を上げ、その理由に遅れてウェパルも声を上げたが、もう遅い。


 ハジメに触れられたプーセは魔力を吸い取られた。

 結果、周囲で渦巻いていた水壁を維持できなくなり、自らが作り出した水に足を取られて転倒してしまった。

 その間にも、一二三の周囲ではボロボロと武器や料理が溢れだし、中には着替えや金なども見える。このままでは、ほどなく料理と武器でウェパルたちは潰されてしまうだろう。


「ウェパルさん!」

 一瞬たじろいだプーセだったが、彼女は水浸しになった障壁の通路を猛然と走ると、その勢いのまま飛びあがった。

 そして、両足を揃えた綺麗な蹴りが一二三の身体を押し飛ばし、一瞬だけ開いた障壁の外へと押し出した。


「……大丈夫かしら?」

「あの人はこれくらいじゃ死にませんよ」

 自分とウェパル、そしてハジメの三人を障壁に包み込むと、直後にはさらに勢いを増した“荷物の流出”が発生し始めた。

 混ぜモノたちは部屋の中ですし詰めになり、位置の悪かったものから圧死していく。


 それからおよそ五分程だろうか。

 ようやく圧力の増加が収まったとき、室内は地獄絵図と化していた。

 みっちりと詰め込まれた部屋の中で、混ぜモノたちは哀れにも溢れだした荷物で潰され、中には武器を押し付けられて死んだ者もいるようだ。

「……で、どうするの?」


「えーっと……」

 ウェパルの問いには、これでは一二三も無事では無いだろうという響きもある。その姿は荷物に埋もれて見えないが、今の一二三は、魔力を失ったただの人間なのだから、四方八方から迫りくる自分の荷物に対して、何ら対抗手段は持っていない。

 第一、意識もまだ回復していなかったのだから。


「わたしのせいじゃないって、ちゃんとオリガさんには説明してよね」

「そんなぁ、一緒に謝りましょうよ」

「犠牲者が一人に絞られるなら、それが一番でしょ」

「私だけ折檻を受けるなんて嫌ですよ!」

 オリガが激怒する未来が難なく想像できた二人は、責任の押し付け合いに終始する。


 しかし、その必要は無かったようだ。

「お前らな……」

 小さく響いた声に釣られて二人が見上げると、障壁の上部、天井にある木製構造物の一部を破壊した隙間から、一二三が不機嫌そうに見下ろしていた。

「あら、生きていたのね。心配して損したわ」


「……言いたいことはいくつかあるが」

 一二三は障壁を指先で叩いた。

「まずはこいつをどうにかしろ」

 降り立った一二三は、見た目は樹化する前と全く変わっていない。ただ、魔力が無くなって維持できなくなった左手が失われただけだ。


「さて、色々と何かがあったようだが」

 ぐるりと周囲を見回した一二三は、プーセに行って障壁の一部を開かせると、混ぜモノたちの死体が入り混じる中に腕を差し入れ、一振りのナイフを取り出した。

「刀があれば良かったが、まったくもって場所がわからん」

 嘆息しながらナイフの刃を確認する。諸刃で身が分厚い頑丈そうなものだ。


「武器なら、一度どこかの町に行って調達すれば良いじゃない」

 大きな町なら刀もある、とウェパルが言うが、一二三はそれでは遅いと呟いた。

「今すぐ必要になるからな」

 その視線が、先ほどまで偽の一二三たちと戦っていた隣室へと向けられていた。

「久しぶりの感覚だ。確認するのに、手頃な相手が来たようだな」


 一二三は、以前と同じように、笑っている。

2017年もありがとうございました。

今年の更新はこれで最後となります。

本作の前シリーズである『呼び出された殺戮者』の8巻が1月25日発売です。

書籍ともども、来年もよろしくお願い申し上げます。

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