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202/204

202.本部の地下には

ご無沙汰しております。

長く間が空いて申し訳ありません。

 旧来のイメラリア教は、かなりの人数をヨハンナ率いる分派にもぎ取られてしまったことで、ここ教会本部に通う人数もかなり目減りしてはいた。

 だが、国境を越えて広がっていた教団としてそれでも出入りする人数は決して少なくはなく、通常の人口は十万人程度はいるとされている。

 中堅都市程度の規模ではあるが、その多くがイメラリア教信徒であり、半数は巡礼や宗教的儀式を行うために滞在していることを考えれば、その歪な構造は理解しやすい。


 当然、一時的な滞在者が多い都市であるこの町において、非常時の避難経路など策定されていたとしても機能しない。「教会の加護がある」と考えている人々の集まりなので、そもそもこの都市が危機になることを考えてすらいない。

 だからこそ、騒動が起きた時の混乱は誰にも統制が出来るものではないのだ。


「な、なんだあれは!」

「魔物!? それにしても、あんな大きな……」

 体長二十メートル、体高は十メートルはあろうかという巨大な生き物が突如現れたかと思うと、町の中央に有る教団本部の建物を襲い始めた。

 数十秒は呆然と見ていただろうか。誰か一人が走って逃げだすと、それに釣られるようにして我先にと誰もが走り出す。


 口をパクパクさせながら、だが何も言わずに破壊を続ける魔物は、町の誰も見たことが無いものだった。

 それは教団本部から飛び出してきた戦士たちも同じことで、巨大でありながら柔らかく、まるで子供の肌かのように滑らかで、尚且つ水分を含んだ肌を持つ魔物に対して、有効な攻撃が何なのかまったく想像がつかない。


「始まったわね」

 遠く、混乱の状況を見ていたウィルは大きく息を吐いて肩の力を抜いた。

「あたしの仕事は、ここまで。もうこれ以上は何にもできないし」

 巨大な魔物を呼び出し、暴れさせたのはウィルだった。魔導球は失ったが、予備に持っていた塗料を使って、地面に直接招喚魔方陣を作り上げたのだ。


 呼ばれたのは、ウィルの世界でいつしか一二三が倒したことがある水棲ドラゴン。別個体ではあるが、一二三いわくウーパードラゴンだった。

 巨大なウーパールーパーそのものという見た目で、離れて見ている分には可愛く見えなくもないが、実際はヌメヌメとした四本の足が踏みつぶしにくるうえ、歯の無い口でくわえられて敵をすり潰す、凶悪な魔物でもある。


 ウィルの役割は“できるだけ目立つモンスターを暴れさせて陽動する”ことだった。

 身体能力的に他のメンバーと共にハジメやオリガの救出行には同行できないと判断したウェパルによっても止められた役割だ。

「オリガさんに救出の必要があるかなぁ」

 という疑問は胸に秘め、ウィルは黙って自分の仕事を果たした。


「あとはあんたたち次第よ、一二三」

 一二三が復活出来たら、たっぷり報酬と休みをもらうのだ、とウィルは背を向けて町からさらに離れた。

 その先に、ウェパルが手配した迎えが待っている手筈になっている。

「壊しちゃえ。面倒事ぜんぶ」


 ウィルの応援が聞こえているはずもないが、ウーパードラゴンはより元気に暴れ回る。

 命令された通りに、呼び出された理由のままに、破壊を続けていた。


 それは全て、密かに侵入する二人とひと箱の為。



「やりすぎな気が……」

「あれくらいで丁度いいのよ」

 プーセが呟くのに、ウェパルはすました顔で答える。

「教団本部から戦闘役が大概外に出てくれるでしょ。さあ、急ぐわよ。あの変なぷよぷよの魔物がどれくらい強いのかなんて知らないんだから」


 混乱の渦中にある建物は外と中でまったく様子が違う。

「……微妙な感じね」

 ウェパルはウーパードラゴンと教団所属の騎士達の間で戦闘が始まったのを外からの音で知り、敵の耳目も表の騒動に引きつけられているだろうとは考えていた、それでも不安がぬぐえない。


 イメラリア教側はウィルの能力について承知しているだろうし、見慣れない魔物が出たとなれば彼女が動いたとすぐに想像できる者もいるだろう。

「そういう敏いのが偶然留守にしている、とかだったら楽なのだけれど」

「冗談でしょう。一二三さんが絡んだ出来事で、そんなすんなり進んだことありませんよ。ほら」


 プーセが指差す先には、じりじりと彼女たちの下へと近付いてくる者たちの姿があった。

 全員が目深にフードを被り、ゆったりとしたローブをまとっている。男女や種族の区別のつかず、何を隠し持っているかも判然としない。

「気色の悪い連中がでてきたわね」

「慎みは大事だと思いますけれど」


 胸が大きく開いた衣装を好むウェパルへと皮肉を言いながら、プーセは飛来するいくつかのナイフを魔法障壁で防いだ。

「言うわね……。さあ、余計な話はお終い。ウィルも仕事をしたのだから、次はあたし達の番よ」

 ウェパルの足元に水が集まり、うずを作ったかと思うと、傍らに置かれていた“一二三入りの木箱”を持ち上げる。


「敵が出てきたところにハジメちゃんが居ると思いましょう!」

「単純だけれど、それが確実かもね」

 当初はウェパルの魔法で水によるサーチも検討されたが、本部が広く、上下まで探索するとなると時間が掛かることもあり、敵の出方を見る方法を二人は選んだ。

 今の本部で集中的に守るものといえば、トップの人物かハジメ、あるいはオリガであろうとの予想からだ。


「ぞろぞろとまあ、よくもこんなに待機していたものね」

 プーセの障壁に守られながら、水流で敵を押し流したウェパルは、考えは当たっていた、と手応えを感じていた。

 刺客として相対したような連中ほどの実力者もおらず、またプーセを誘拐した女の姿も出てこない。


「オリガさんは、別の場所にいるのでしょうか?」

「さあね。でもそっちは心配いらないと思うわよ」

 彼女たちの第一目標はハジメだった。あの子さえ見つかれば、一二三を復活させて、その後は彼によってイメラリア教本部が壊滅して終わり、という目論見だ。

 その最中でオリガが見つかれば良し、見つからずとも何かしら行方に関する情報は手に入るだろう。


 波となった水で木箱を運び、ウェパルとプーセは敵の増援が地下から出てきたのを確認し、建物の奥へと向かう。

「はっ! やらせませんよ!」

 プーセは防戦一方であるイメージがウェパルにはあったが、障壁の近くにきた相手に対してナイフを使って的確に急所を一突きして倒している。


 それも、障壁の一部を一瞬だけ開いて自分の攻撃だけを通すという芸の細かさだ。

 相手からすれば、攻撃は魔法も物理攻撃も全て弾かれるのに、一方的に攻撃だけは通されるのだから理不尽極まりない。

「なかなかやるのね」

「王城の中で、自分やヨハンナ様をお守りするのに、色々考えていた時期もあったんです」


 それに、と背後から近づいてきた敵を障壁を押し出して跳ね返したプーセは、倒れた相手に向けてナイフを振り下ろした。

「今でこそ各国の町で暮らすようになりましたが、元々エルフは森で生きてきたのです。そこでは森の恵みを頂いていたのですよ。それなりの技術は必要です」


「逞しいことね」

 とは言うものの、魔人族も似たり寄ったりの生活をしていた時期が長い。むしろ不毛な荒野が広がる魔人族の封印地は植物も少なく、トカゲや魚といった狩猟による獲物の方が頼りだった。

 戦闘に長ける者が上位者だと見なされるのも、そういったサバイバルの歴史が強く影響しているのかも知れない。


 実に三十名以上の相手を突き殺し、あるいは溺れさせながら突き進んだ二人を、建物の外から止めに来る者はついに現れなかった。

「トカゲちゃんも頑張るわね」

「あれはトカゲで良いのでしょうか……」

 水棲ドラゴンへの感想を交わしつつ、二人は悠々と建物の地下へと下りて行った。


 石造りの階段を慎重に下りていく。

 戦闘はプーセ。間に木箱を挟んで後方にウェパルと言う布陣だが、ウェパルの水はプーセの少し先まで流れ落ちており、その先の様子を確認しながらの前進だった。

「空気が淀んでるわね。気持ち悪い」

「なんだか、似たような感覚に憶えがあるんですが……」


「昔のことが思い出せないくらいの歳になったのよ」

「ふざけている場合じゃありませんよ。多分、これは……」

「その先、少し開けた部屋になっているわ。動いているのは誰も居ないみたいだけれど」

 プーセの言葉を遮り、ウェパルが状況を伝える。

「……あまり、深呼吸はしない方が良いですよ」


 魔法障壁を展開しながら部屋の中へと踏み込んだプーセは、室内に漂うじめじめとした空気は、以前にエルフたちが魔人族の封印を守りながら住んでいた森と同じだと呟いた。

「それって……」

 嫌な顔をしながらウェパルは口元を覆う。プーセが言うものについて、彼女は部下に調べさせたことがある。


「あの森から採取されるパウダー。それがここでも使われているというわけですね。それにしても、これは予想外でしたが」

 ウェパル達の眼前に広がる部屋は、何かの研究室のようだった。

 あちこちに解剖された動物や人が横たえられ、いくつかの骨格標本もある。それらは複数の動物や種族の特徴がミックスされた見た目で、二人には何のための研究が行われていたのか、すぐに理解できた。


「そういうこと……例のパウダーを使って、妙な混ぜ物を作っていたわけね」

「おぞましい物は、それだけじゃありませんよ……」

「うえっ!?」

 プーセが指差した先には、いくつもの管で繋がれたまま眠っている人型の生き物がいくつも並んでいた。


 その中の一つ、プーセが指差した先に並んでいたのは、一二三とオリガ、そしてウェパルの三人を模したものだった。

 それも、全員が一糸まとわぬ姿で。

「あたしたちの偽物? まがい物? 趣味が悪いにも程があるわよ。やめて欲しいわ、まったく……」


「ウェパルさん!」

 プーセが注意を促すように声を上げ、障壁を使って自分とウェパルを同時に包み込んだ。もちろん、一二三が入った木箱もまとめて。

「ちょっと、閉じ込めないでよ」

「そんなことを言っている場合じゃありませんよ!」


 声に被せるように、ガシガシと何かが障壁を削るような音が響く。

「……うそ、動くの?」

 二人の目の前で、三体の偽者たちはゆっくりと起き上がり、背中や口に繋がっていた管を引き抜いていく。

 いち早く起きたらしい偽のオリガが、風魔法で攻撃を仕掛けてきているようだが、その攻撃は鋭く、速いせいか二人には目視もできない。


「姿かたちだけじゃなくて、能力もそれなりに再現できてるってことね」

「そうですね」

 二人とも落ち着いていた。ウェパルが“それなりに”と言った通り、オリガの魔法であればこの程度の威力で済むはずがないのだ。「明らかに劣っている」と二人は判断した。

「となると、問題は自分を攻撃するという精神衛生的な部分になるわね……どうしたの?」


「えーっと、わたし、あんまり、その……男性の裸には慣れていないので……」

 偽一二三の方に視線を向けることができずプーセは顔を赤らめて俯いてしまっている。

「……その歳で……」

 呆れた顔をして、ウェパルは肩をすくめた。

「じゃあ、最初にあれを倒すわよ」


 障壁を開くように言ったウェパルは、木箱の守りを任せて単身障壁の外へと踏み出した。

 その間にも風魔法や水魔法による攻撃が迫るが、その全てを彼女の水壁が弾き飛ばす。

「エルフの障壁ほどじゃないけれど、あたしだって守りには自信があるのよ。もちろん、攻撃にはそれ以上の自信があるけれどね!」

 ドリル状に渦巻く水を両手に纏い、ウェパルは全裸の偽一二三に向かって走り出した。

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