200.あっちこっちの問題
お待たせしております。200話目です。
オリガが誘拐されたことは、ウィルたちにとって大きな問題だったが、それ以上のことが発生していた。
「これから、どうしましょう?」
「そうね……」
結界を解除し、思案顔で呟くプーセに対して、ウィルは生返事が限界だった。
「本当に、どうしようか……」
震える声を出しているウィルは、どうにか一階分だけの落下で済んだ木箱の一部を開いて中を覗き込んでいた。
「……糊とかでくっつけておけば、大丈夫、かな……?」
一二三の大まかなシルエットに問題は無いかと胸をなでおろそうとしていた矢先、左手が肩口からぽっきりと折れていることに気づいたのだ。
すでに腕の中身までが完全に樹木化していたようで、血が流れている様子も無ければ、筋組織や骨の存在も見当たらない。
生木をへし折ったかのような状況で、手首の無い腕がぼとりと一二三の傍らに落ちている。
顔も全体が樹木化しており、表情が変わった様子はないが、もしまだ意識があるならば……。
そう考えると、ウィルは自分のせいじゃないことが一二三にわかってもらえているか堂かが不安になる。
「どうしました?」
「へあっ!? い、いいえぇ? なんでもないですわのことよ?」
「はい?」
しどろもどろの返答に首をかしげるプーセだが、先にミキから声をかけられて意識はそちらへと向く。
「あなたたちは……?」
ミキはホーラントの兵たちに周囲の警戒を頼み、プーセやウィルに状況を確認した。
彼女にしてみれば、共に戦ってきたオリガがいつの間にか連れ去られ、良く知らない女性たちと取り残されてしまった状況だ。
「わたしはオリガさんと共に、子供を助けに来たのだけれど……。その箱、何か大切なものなの?」
「これは……」
「そう、大切なものなの! だけどちょっと“刺激を与えるのは良くない”から、中身は秘密!」
口を開きかけたプーセの言葉にかぶせるようにしてウィルが畳みかける。
「そ、そうなんだ……」
「そうなのよ! だから、この木箱のことは良いから、これからどうするかを考えましょ? 目的は同じみたいだし、でも、戦力がね……」
オリガという強力な戦力を失った現状に、ウィルは表情を曇らせる。ミキがどれほど強いかはわからないが、ウィル自身は召喚をするにも数に限りがあり、プーセは攻撃に関してはからっきしのようだ。
そして、もう一つの懸念について、ウィルはプーセにこっそりと耳打ちする。
「彼女、例の“異世界からの勇者”でしょ?」
「以前に聞いた容姿から考えるに、そのようですが……あっ」
「そうよ。だから一二三とは顔合わせさせるのはまずいでしょ」
一二三がミキともう一人の勇者に対して何を行ったのかは、ウィルもプーセも知っていた。そのことに思い至って、プーセはウィルが慌てて一二三の存在を隠蔽した理由に思い至る。
もちろん、ウィルが慌てていたのは別の理由だが。
「とにかく、敵の本拠地を目の前にしてこの状況。オマケに助けなくちゃいけないのが二人に増えたってこと?」
「三人よ。わたしの子供も連れ去られたのだから」
一刻も早く教会本部に乗り込むべきだ、と主張するミキに対し、ウィルは慎重論で対抗する。このまま突撃しても、勝てる見込みは少ないと考えているのだ。
「あ、戦力ならもう一人、強力な人がいますよ」
思い出したように口にしたプーセをウィルは睨みつけた。
まさか一二三の名前を出すつもりでは、と懸念したためだが、プーセが指している相手は違った。
「途中で分かれてしまいましたけれど、彼女もこちらへ向かっているはずです。オリガさんのことですから、そうそうどうにかなることも無いでしょうし、一度どこかに身を隠して、彼女……ウェパルさんを待ちましょう」
☆★☆
そのウェパル当人は、ぶつぶつ文句を言いながらトボトボと農地の隙間を縫うように歩いていた。
車上での戦闘を終えて休憩した彼女は、負傷した他の兵士たちを置いてただ一人、近くの駅を目指している。魔法による水流を使った移動も可能だが、再び戦闘になったときに魔力が足りなくなると、目も当てられない。
「ちょっと前までは、王様だったっていうのに」
戦闘で片方のヒールが折れてしまったので、もう片方の靴もヒールを切断し、ぺたぺたと歩きやすくなっている。見た目は不格好だが。
「せめて村でもあれば、馬の一頭も帰るでしょうに」
どうしてこんな苦労をしなければならないのか、とウェパルは不満を並べる。
「思えば、魔人族の王なんてさっさと辞めて、誰かに押し付けちゃえば良かったのよね。誰か適当な男でも見つけて、子供作って譲位しちゃっても良かったわけだし」
しかし、ウェパルの眼鏡にかなう相手は今の今まで見つかっていない。
「そもそも、食料探しにあくせくしなくて済むし、部下もできてある程度楽に生活できるから魔人族の軍に居たのに……」
ウェパルの人生は、一二三との出会いで狂ってしまった。
実際の選択肢は様々だったはずだが、彼女はそう思っている。というより、確信している。
「失敗したわ。思えば、イメラリアの選択もあながち間違いじゃなかったかも。私も一二三の子供を産んで、全部押し付けておけば良かったのよ。……いや、一二三は人間だし……でも一二三だからひょっとすると……」
空腹と疲労もあって、考えが妙な方向へ行きかけた時、どうにか街道へとたどり着いた。
「はあ。ここからなら村なり町まで迷わずに行けるわね。宗教にドはまりした変な村とかじゃあなけりゃ良いけど」
贅沢は言わないから、とりあえずお酒と食事が欲しい、とウェパルはこぼした。
「ウィルとプーセたちは、ちゃんと目的地に着いたかしら?」
上手く行けばオリガと合流して、今頃は教会本部へ乗り込んでいる頃だろう。
「でも、まだ妨害はありそうなのよね」
軍団としての戦力は乏しいイメラリア教だが、独自に研究しているらしい“混ぜ物”の存在は大きい。
個としての強力な戦力が町の中に紛れていると、対応はかなり難しくなる。
「町の住人が全員敵なら、一気に押し流して終わりだけれど」
オリガなら、風魔法でまとめて斬り刻むだろう。だが、一般の民衆が含まれているとなると、そういう方法も取りにくい。
「一二三なら……そういえば、彼は集団を一度にどうにかする手段を持っていないのよね。そのくせ、町やら国やらをかき乱している。うーん……彼がオーソングランデに現れてから、イメラリアが苦労したのもわかるわ。……あら?」
ふと、街道の後方から蹄の音が近づいてくることに気づいたウェパルは、対応に少し迷って、隠れる場所も無いことを確認して、仕方なく普通の通行人のように、無関心を装った。
刺客ではないとも限らないので、ひっそりと身構えながら。
「……うん? あれは……」
何かに気づいたような声が聞こえて、ウェパルは手元に圧縮した水の弾丸を用意する。もし衛兵などであれば、気絶させて馬を借りる。教会の手先なら始末して馬を奪う。
一般の民衆ならば馬には乗らないはずだが、もしそうなら馬を売ってもらえるように交渉すべきかも知れない。
しかし、そのどれでも無かった。
「ウェパル様ではありませんか?」
男性だが、少し声が高い。彼女にも聞き覚えのある人物のものだ。
質問に振り向いたウェパルは、見覚えのある顔を確認して、手元の水弾をかき消した。
「あなたは……確かオーソングランデからイメラリア共和国に鞍替えした騎士だったわね」
「はい。馬上では失礼ですね。少々お待ちを」
ひらりと身軽な動きで馬から飛び降りたのは、イメラリア共和国の騎士、マット・カイテンだった。
プーセとの連絡を付けることと助力を行うため、三十名ほどの部下を連れてオーソングランデへと入った彼は、線路が破壊されたために途中から馬での移動に切り替えていたのだ。
「こんなところで、どうされたのですか? プーセ様は……」
「あなた、とても良いタイミングで出てきてくれたわ。馬に乗せて頂戴」
ウェパルが状況を説明すると、カイテンは即座に協力を申し出た。
お読みいただきありがとうございました。




