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2.よみがえる殺戮者

2話目です。

1話と2話を同時に公開しております。

ご注意ください。

 遠野一二三は、広く知られた歴史上の人物だった。イメラリア教の始母であり、当時聖女と呼ばれたイメラリア王女によって異世界から呼び出され、細い片刃剣を操り、あらゆる悪を打ちのめした。

 最終的には、卑劣な罠によって王城へ攻め込もうとした魔人族を獅子奮迅の活躍で撃退し、最後には聖女イメラリアを庇って、妻共々封印された、悲劇の人物である。彼の戦いに感銘を受けた魔人族の王は、イメラリアと交誼を結び、兵を退かせたという。


 プーセはこの“歴史”を耳にするたびに頭痛を覚えるのだが、当時の城の状況を知る者は少ない。一二三が封印されたあの時から、すでに八十年が経過していた。彼女が知る者たちで人間族や獣人族は皆亡くなっており、ザンガーというエルフを纏めていた指導者の存在もすでにない。

「プーセ。勇者様をお救いする方法を教えて。聖イメラリア様から、伝え聞いているのでしょう?」

 ふと気づくと、想いに耽っていたプーセの前にヨハンナが立っていた。

「わかりました。……その前に、勇者様と呼ぶのは止めておいた方が良いでしょう。名前で一二三様、とお呼びしましょう」

「慣れ慣れしくないかしら?」

「勇者様と呼ばれるのを、あまり喜ばない方ですから」

 それなら仕方ないわね、とヨハンナは納得していた。

「ヨハンナ様。彼の復活は、イメラリア様と同様の血を持った者しかできません」

 二度と解放するつもりの無い封印ではあったが、イメラリアは家族には秘密にしていた解呪の方法を、エルフであるプーセにだけ、そっと教えていた。

 使う事はないだろうけれど、と笑うイメラリアは、歳を重ねても美しかった。

「指先に少しだけ傷をつけて、血を像に触れさせたまま魔力を流してください。沢山の魔力が必要になりますが、ヨハンナ様であれば大丈夫ですから」

「わかった。……プーセ、自分で切るのは怖いんだけど……」

 プーセは優しく微笑み、裁縫用の針を取り出して、白い指先をチクリと刺した。

「痛い……」

 ヨハンナは一言だけ呟いたが、後は何も言わずに一二三の像へと近付く。

 そっと右手を上げ、ぷっくりと血が溜まった指先を胸元へと当てた。そして、ゆっくりと身体の中を流れる魔力を送り込む。

「おお~……」

 シクが声を上げた。

 かなりの魔力量を送り込んでいるというのに、ヨハンナは少しも疲れた様子を見せず、変わらぬ調子で流し込んでいる。すでにシクの魔力よりも多く、プーセの魔力量を越えつつある。

「人間族でこれは、すごいね……」

「イメラリア様も同じくらいだったのよ。それだけの魔力量が無ければ、異世界からの召喚もできなかったみたいね」

 プーセの想像でしかないが、オーソングランデ王族の遠い祖先にはエルフがいたのではないだろうか。何代かに一度、先祖返りのように魔力の多い人物が生まれるのかも知れない。

「……これ以上は魔力が入らないわ。これで良いのかしら」

「ええ、もう大丈夫でしょう。念のため、少し離れて……」

 プーセが言いかけ、ヨハンナの指が離れた瞬間、石化は瞬時に解けた。

 男の見開かれた瞳はヨハンナと同じように黒々としており、その傍らにいた青い髪の女性は、翠の瞳でヨハンナを捉えた。

 目が合った、とヨハンナが知覚した時点で、その細く白い喉元には、日本刀の切っ先が触れており、うなじには鉄扇が当てられていた。

「……誰だ?」

 黒髪の男、遠野一二三は長い封印から復活した瞬間、目の前の少女に刀を突きつけ、静かに問うた。

 その足元で、すやすやと眠る片耳兎の獣人は捨て置いて。


☆★☆


「ヨハンナはまだ見つからぬのか」

 神聖オーソングランデ皇国の王、オレステ・ランテ・オーソングランデは静かな、しかし確かな怒気を含んだ言葉を呟き、謁見の間にいる騎士や大臣たちを震え上がらせた。

 平伏している近衛騎士隊長も、青い顔をして顔を伏せたまま動けずにいる。

「直言を許す。状況を報告せよ」

「はっ! 城内を隈なく……裏通路まで確認いたしましたが、ヨハンナ殿下お呼びプーセ顧問の姿を発見するには至らず、恐らくは城外へ出られたのではないかと……」

「追跡はしておるのだろうな」

「殿下のご尊顔を知っております騎士を五名ほど、それぞれ兵士を付けて追跡に向かわせております。駅で列車に乗ったと思しき目撃情報が届いておりますので、主要な駅を中心に調査を進めておりますれば……」

「三日だ」

 緊張からか、早口になっている近衛騎士隊長の言葉を、王は一言で遮った。

「今日を含めて三日の内に連れ帰れ。よいな」

「はっ。必ずや……」

 他に答えようがない。王に逆らえる立場では無いのだ。

「では、行くが良い」


 謁見の間を辞した近衛騎士隊長は、重々しいドアが閉まると同時に息を吐いた。まるで重苦しい鎧を着たまま湖にでも沈められたかのような息苦しさだった。

「隊長」

 若い騎士が、走らない程度に急いで近づいてきた。

「近隣の町ではそれらしい目撃情報はありません。殿下と顧問は、かなり遠くの町へ向かわれたかと思われます」

「そうか」

 短く答え、息を整えた騎士隊長は歩き始めた。

 アモンと言う名の近衛騎士隊長は、あと半年ほどで三十歳になる。国が大きく変容していく中で、父の跡を継ぐ形で騎士隊へと入り、護衛や暴徒鎮圧の功績によって、若くして近衛騎士隊長の地位を得た。

 剣は得意だし、魔法も専業の魔法使い程では無いが、火魔法をそれなりに使える。そして何より仕事を仕事と割り切って、市民が相手でも剣を振るえる事が彼の出世を早めた。

 それは決して、本意では無かったが。

「こうなるなら、おれも連れて行ってくれたら良かったのに」

「すみません。今、何と?」

 部下に聞き返されて、自分が思わず言葉にしていた事に気付いたアモンは、

「何でも無い。それより、城内警備の再編成をお前に任せる。後は頼んだ」

「えっ?」

 自分の執務室に向かって廊下を進みながら、アモンは大昔から白色と決まっている、近衛騎士用の白い鎧を脱いでいた。行儀は悪いが、早くこの鎧を脱ぎたかった。

「おれは単身で……いや、部下を一人連れてトオノ伯爵領へ行く」

「隊長自ら、ですか?」

「すでにフォカロルに向かっている連中と合流するつもりだ。場合によっては、トオノ伯爵に会う必要があるかも知れんからな。おれの肩書が少しは役にたつだろう」

 執務室に入ると、一人の秘書が立ち上がり、書類を手渡してきた。

 ざっと目を通すと、駅周辺での聞き込み内容をまとめた書類のようだ。

「……やはり、列車を使って王都を脱出なされたのは間違いないようだな」

プーセの古い知人がトオノ伯爵領で魔法顧問として働いていたはずだ、とアモンは記憶している。シクという女性エルフで、前のエルフ指導者が亡くなった際に、プーセが断った後で指導者候補となったが、シクも断った事で一時話題に上った事がある。

「おそらくは、プーセ顧問の友人を頼って、フォカロルに向かったのだろう。先行した連中が見つけていれば万々歳だが……トオノ伯爵が顧問に協力しているとしたら、厄介だ」

「隊長は、何故ヨハンナ殿下とプーセ顧問が城を出られたのか、ご存じなのですか?」

 鞄を取り出して棚に入れていた予備の着替えを押し込んだ後、机に向かって家族への伝言を書いていたアモンは、部下の質問に筆を止めた。

「プーセ顧問は、聖イメラリア様がご存命の頃からこの国に関わり、他種族との融和に尽力した人物だ。本人がエルフだしな。それに、勇者の召喚にもギリギリまで反対されていた」

「では、プーセ顧問がヨハンナ殿下を誘拐なされた、と?」

「いや、違うだろう」

 数日出張する旨を書きつけ、サインを入れた紙に息を吹きかけてインクを乾かす。

「ヨハンナ殿下は、妹のサロメ様と違ってプーセ顧問から他種族についての話を幾度も聞いておられたから、王やサロメ様と違って、他種族に対して友好的であられる。それに、大の勇者好きで有名だろう。嬉々としてプーセ顧問に付いて行っただろうさ」

 外套を羽織り、手紙を秘書に渡す。

「勇者が好き、ですか。召喚された勇者とは距離を取っておられた、と私は思うのですが」

「同じ勇者でも、ヨハンナ殿下が好きなのは“石になった伝説の勇者様”の方さ。俺が思うに、数日前に石像が盗まれた件にも、プーセ顧問が関わっている。ひょっとしたら、古い勇者を復活させるつもりかもな」

「そんな事が……可能なのでしょうか?」

 準備を終えたアモンは剣を腰に提げ直し、ドアを開きかけた状態で部下を振り向いた。

「全ては、本人に聞けばわかる事さ。おれは駅に向かって急ぎ切符を手配する。お前は騎士マリアを探して、私服に着替えて急いで駅に来るように伝えろ」

 剣を忘れないように言っておけ、と言いながら、アモンは足早に城の出口へと向かった。


☆★☆


「老けたな、プーセ」

「ぅぐ……一二三さんが封印されて八十年以上経っているのです。私も百歳を越えましたし、多少は大人の女性としての魅力が出てくるのも当然です」

 危険な状況では無い、とプーセが名乗った事で一二三も刀を納めた。

 いきなり二人から刃物を突き付けられたショックで、ヨハンナは気を失ってしまったため、別室で寝かされている。ついでに、封印が解けても暢気に眠っていた片耳兎獣人のヴィーネも同室に寝かされて、シクが待機している。

 オリガと共にソファに座り、目の前にいるプーセを見た一二三の第一声がそれだったので、プーセはつらつらと反論した。以前ならば黙って言われるままだったが、流石に長い期間城内で過ごして、それなりに肝は座っている。

「八十年、か。思ったより短かったな」

「封印されていますと、時間の感覚はわかりませんね。あなた、具合の悪い所はありませんか?」

「問題は無さそうだ。だが……」

 心配するオリガに、一二三は左腕を上げて見せた。

 手首から先が、ぷっつりと失われており、代わりに黒い色をした魔力が揺らめいていた。

「手袋が無いと、形が安定しないな。まあ、そのうちで良いだろう。オリガはどうだ?」

「ありがとうございます。私も大丈夫です」

 言いながら、オリガはそっと一二三の胸元へ手を置き、身体を寄せた。

 解放されたと同時にこれか、とプーセは呆れた。八十年を封印されて過ごした事に対する、感慨も何も無い。

「それで、今の世界はどうなっている?」

「平和そのもの……と言いたいところですが、崩壊しかけている国と、分裂に向かっている国があります」

「ほう……」

 一二三は不敵に笑い、オリガはその笑顔をうっとりと見つめている。プーセには良く聞こえないのだが「再びお顔を見る事ができました」や「なんて幸せな」と呟いている。そっとしておいた方が良さそうだ。

「崩壊しかかっているのは、内戦で国土がボロボロになっているホーラントです。そして、分裂しようとしているのは、神聖オーソングランデ皇国。他種族を締め出し、人間上位主義を推し進める王を中心とする一派と、貴方が治めていたトオノ伯爵領の領主を中心とした共生派の間で、刻一刻と溝が深まっています」

「なるほどな……それで、プーセは共生派で、さっきのイメラリアもどきみたいな娘が、王族の中でも共生派。二人してフォカロルに逃げてきた、という訳か」

 部屋の中の様子で、一二三にはここがフォカロルの領主館だという事はわかっていた。

「ええ、その通り……」

「一二三様、復活直後でも変わらぬ、素晴らしい洞察力です。という事は、今この館に侵入してきた連中は、王派閥の者ですか」

「えっ?」

 プーセには、オリガが何を言っているのかわからなかった。

「館中に魔法で風を流しました。剣を手に、こそこそと不自然な動きをする人間が十人。正面の入口から堂々と入ってきています」

 オリガの説明にプーセが困惑している前で、一二三は立ち上がった。紺色の道着を正し、袴の帯を締め直す。

「さして強くは無いが、以前の兵士連中よりはマシになっているようだな。静かに行動し、油断無く、効率よく人を殺す為に動いている。肩慣らしにもならんかも知れんが……丁度良い。殺すとしよう」

 刀を抜いた一二三は、確かめるようにハバキ元から切っ先にかけて、ゆっくりと刀身に視線を走らせた。

「あなた。後ろから見せて頂きますね」

「好きにしろ。だが、手は出すなよ」

 右手に持った刀をゆらりと下げたまま、一二三は音も立てずにドアへと向かった。その後を、オリガが追う。

「ま、待ってください。彼らはおそらくこの国の兵士や騎士です! 命じられてやっているだけなのですから……!」

「俺には関係無い。命じられて、それを聞くか否かはそいつの自由だ。俺に向かって武器を抜くかどうかも自由だ。そして、その結果死ぬ。それだけだ」

 呆然として立ち上がる事も出来ないプーセを、一二三は振り向く事もしなかった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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