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196.オリガのやり方

お待たせして申し訳ありません。

 オリガはオーソングランデ皇国の異常な状況に眉をひそめた。

 どの町も、オリガやミキに対する警戒がまるでない。連れにはホーラント兵もいるというのに、オーソングランデの兵士たちは遠巻きに見ているだけで、特に攻撃を加えようとはしてこなかった。

 接触すらも控えている様子がありありと見える。


 オリガは大胆にも列車を利用してイメラリア教本部を目指すことにした。

 最初は警戒していたミキも、あっさりと乗車できたことに拍子抜けしてしまったらしい。

「どうなっているの? 国境であれほど激しい出迎えをしたくせに」

「詳しくはわかりませんが、イメラリア教とオーソングランデの間に何か溝ができているのでは? 国境でも出迎えた敵は兵士ではありませんでしたから」


 恐らくは三騎士と同様にイメラリア教が“調整”した連中だろう、とオリガは予想していた。

 今までも同じような連中を見たことがあり、そういった者たちからの抵抗があることはオリガも想定していた。

 予定外に敵が強い可能性もあったが、だからと言ってゆっくり準備をしているような余裕も無い。


「とりあえず、列車に乗れば後は近くの駅からすぐ……どうしたの?」

「暢気なものですね」

 オリガの視線に気づいたミキは、自分が何か間違ったことを言ったかと首を傾げた。

「列車に乗っている時に襲われる可能性は考えていないのですか?」

「え、だって……」


 ミキは車内に目を向けた。

 列車に乗っているのは彼女たちだけではない。他のオーソングランデ国民も乗り合わせているのだ。

 今の状況で襲撃すれば、一般の民衆を巻き込みかねない。

「自国の一般人が……」

「自国? 私がさっき何と言ったか聞いていなかったのですか?」


 オリガは警戒を示す言葉とは裏腹に、落ち着いた様子で席についていた。しかし、その手には鉄扇があり、油断なく魔力を循環させていつでも魔法を発動できるように備えている。

「敵はオーソングランデ皇国では無く、イメラリア教です。あの連中に国に対する帰属意識があるとは思えません。利用できるなら利用し、邪魔ならば排除する。そのことにためらいはないでしょう」


「それじゃあ……」

「いつでも襲撃は起こり得ます。今すぐにでも……こういう風に!」

「ちょっ!?」

 椅子の隣にある通路を通りかかった女性に対し、オリガがいきなり鉄扇を振るった。

 顔面へと思い切り鉄扇を受けた女性が転倒すると、ミキが驚いてオリガを止めようとした。


 突然の凶行に乗客たちが悲鳴を上げたが、制止するミキの手を掴んで止めたオリガはあくまで冷静だった。

「良く見なさい」

 ガッ、と音を立ててオリガのブーツが踏みつけたのは、女性の手元から落ちたナイフだった。

「これ……」


「刺客ですよ。それに」

 ナイフに続いてオリガは倒れていた女性の腹に向けて足を下ろそうとしたが、間一髪、女性は両手両足を器用に動かしてガサガサと床を這って逃れた。

「うわ、気持ち悪い」

「失礼ね。これでもあたしは……」


 言っている間に、女性の首がポロリと外れて落ちた。オリガが放った風の刃が、問答無用で首を切って落としたのだ。

 驚いた表情でぱくぱくと口を開いた女性は、そのまま息絶えた。

 あまりに呆気無い終わりに、ミキも反応が送れ、乗客たちは唖然としている。

「命が惜しければ別の車両へ行きなさい。そして、次の駅で降りて別の列車に乗るのです」


 オリガが落ち着き払った声で言うと、乗客たちは整然と席を立ち、移動していく。

 走行中の車両から死体を投げ捨てたオリガは、再び席へと戻った。

「これでゆっくり敵の襲撃に備えられます。それにしても、もう少し警戒心を持った方が良いですよ。それでは簡単に不意打ちを受けてしまいます。命取りになりますよ」

「うぅ……」


 資格の攻撃を見抜けなかったミキは言い返すこともできず、大人しくオリガの向かいに座った。

「どうやって気付いたの?」

「すぐにわかります。動きが明らかに不自然で、私や貴女の方に向けてしきりに視線を向けてきましたから。それに武器を持っているので、手元を不自然に隠しているのもポイントです」


 ミキには決定的に戦闘経験が浅いという弱点があった。

 もちろん、日本にいる間にそんな経験があろうはずも無く、初めて人間を殺したのも割と最近で、その人数もオリガに比べれば天と地ほどの差がある。

 人間を観察するにあたって、武器や動きに関する知識も浅いのだ。

「そう気にすることはありません。刺客が失敗したとなれば、相手はもっと派手に出てくるでしょう。もっと大規模に、それこそ……はあ、ここまで予想通りとは」


 防御態勢を取りなさい、とオリガは良い、椅子から滑り落ちるようにして床に膝を突いて構える。

 その口元を鉄扇で隠しながら見ている視線の先は、列車の進行方向だ。

「何が来るの?」

「来るのではありません。線路上にいます。列車ごと始末しに来たようですね。伏せて衝撃に備えなさい」


「う、うん」

 疑問は一旦振り払って、ミキとホーラント兵たちはオリガが言う通りに姿勢を低くした。

 直後、前方の車両から激しい衝突音が聞こえ、すぐに彼女たちが乗る車両も激しい振動と共に真上に跳ね上がった。

「ひゃ……」


 ミキが小さな悲鳴を上げて座席にしがみつく。

 その目の前で、跳ね上がった車両と共に宙に浮かんだオリガが、座席を踏み台にしてさらに上へと飛び上がると同時に、木製の天井を叩き破って外へと飛び出していく。

 一瞬だけ迷ったミキだったが、最早選択肢は無い、とオリガを追って飛び出した。

「ついてきて!」


 魔法で破壊したのか、小柄なオリガが通っただけにしては天井の穴は大きい。

 ミキも楽々と抜けだし、ホーラント兵士たちも続いたが、半数は逃げ遅れた。

「うわあっ!」

 悲鳴を残し、兵士たちを乗せたままの車両が横転して脱線するのを、オリガとミキ、そして数名のホーラント兵は前方の車両から見ていた。


「……ひどい」

「暢気に干渉に浸っている暇はありません」

 オリガは屋根の上を歩き、辛うじて脱線を免れているものの、がたがたと激しく揺れる車両を身軽に移っていく。

 そして、先頭車両の屋根に敵は残っていた。


 男が一人。

 いや、雄と言った方が的確かも知れない。それだけ豹の獣人というより、本物の豹に近い体型だった。

 無言のまま、オリガは鉄扇を構えた。敵だと判断したのだ。

「豹? 獣人じゃ、ない?」


 戸惑いながら義手にサーベルを差し込み、右手にも武器を握ったミキが問う。

 敵は見るからに豹そのもの、と見まがう四つん這いの姿勢だが、手足は人のそれのようにも見える。豹獣人の骨格を無理やり捻じ曲げたような、異様な見た目だ。

「獣人ではありませんね。人をやめた“何か”です」

「あまり愚弄するのはやめてもらおうか」

「喋った……!」

「私は進歩した獣人族である。このように魔法が使えるほどにな」


 豹の詠唱は尋常では無く速い。

 杖も何も持たず、媒体も使わない魔法としては過剰なまでの威力を持った土の魔法は、激しい石つぶての嵐を巻き起こす。

「これで列車を跳ね上げたわけですか」

 冷静に魔法を弾いていくオリガ。そしてミキも魔力による障壁で辛うじて耐えていた。


 しかし、ホーラント兵たちまではカバーできず、石に穿たれた者や、足を掬われて列車から転げ落ちたりする者が続出した。

 結果、魔法が終わったときにはオリガとミキの二人だけが残っている。

「しぶといな」

「獣と話す趣味はありません」


「そうか、あの素晴らしい素質を持った赤子の母親にしては、狭量なことだ」

「素質?」

「素材として素晴らしい、とあの……おおっと」

 ミキの問いに答えようとした豹に、オリガは足元の板を蹴破らんばかりの勢いで迫り、鉄扇を振るう。


 豹は身体を曲げてするりと後退し、辛うじて避けた。

 思い切り殴りつけられた列車が揺れる。

「気が変わりました。話し合う気はありませんが、話してもらう必要がありますね」

「聞きたいことはわかっているとも。あの赤子の居場所だろう? イメラリア教の本部だよ。私が生まれた場所だ」


 豹は牙を剥いて、あざ笑うように声を発する。

「いずれにせよ、ここで死ぬ君らには関係の無い話だ。あの程度の動きなら、私を捕らえることはできない。部下は失敗したようだが……」

「ならば、もう一度試してみましょうか」

「ちょっと……」


 ゆらり、と無造作に近づいたオリガに対し豹は一瞬だけ不意を突かれたように目を見開いたが、すぐに身構えた。

 鉄扇の一撃。

 奇をてらうことのないまっすぐな叩きつけは、豹の頭を狙っていた。

「ふぅっ!」

 息を吐きながら首を捻って避けた豹は、そのまま鉄扇を持つオリガの左手首に激しく齧りついた。


「っ!?」

 噛みついた豹は二つのことに気づく。

 先ほどまで右手で握られていたはずの鉄扇が左手に持ち替えられていることを。そして、肉に食い込むはずの牙が何か硬いものに遮られている状況に。

 すぐさま話そうとしたが、オリガの右手がしっかりと首筋を押さえていてそれを許さない。


 下顎の牙はしっかりと肉に食い込んでいるので痛くない筈が無いのだが、オリガは無表情のままで見下ろしている。

「ひゃ、ひゃひほ……」

「何を? 殺すにきまっているでしょう。ミキさん!」

「な、なに!?」


 いきなり表に噛まれたオリガを助けようと踏み出していたミキは、突然声をかけられて足を止めた。

「サーベルを突き出しなさい!」

 瞬間、オリガが豹の首を抱えたまま跳躍する。

「わわっ!?」


 何をするのかミキにも理解できた。

 すぐに右手のサーベルを突き出し、腰を落とした姿勢で待つと、手ごたえはすぐに来た。

 どん、と激しい圧力と共に、サーベルへと深々と豹の頭部が刺さる。

 眼窩をつらぬき、脳を刻んだ刃は、頭蓋骨の一部を割って切っ先がわずかに飛び出している。


「なかなか頑丈なサーベルですね」

 手を放したオリガは、豹の死体を蹴り飛ばしながら治癒魔法を使って手の傷を癒していた。

 左手に仕込んでいたナイフのお蔭で然程大きな傷は無いが、それでも血は流れている。

「痛くないの?」

「痛いですよ。当然でしょう」


 だが、オリガはそんなことは問題では無いと言う。

「敵を殺して目的を果たすのに、怪我くらいを恐れてどうします。私のように未熟で、速度も力も一二三様に届かない者は、それこそ命を捨ててでも命を奪いに行かねばなりません。……さあ、そろそろ駅に着きますよ。乗り換えしなければ」

「乗り換えって……」

「この列車の乗務員は殺されているようです。それとも、どこかにぶつかるか脱線するまで乗っていますか?」


 直後に街へと入った列車は、人々の悲鳴と驚きの声を浴びながら駅へと進み、そのまま通り抜けた先のカーブで脱線した。

「次の列車はいつですか?」

「に、二十分後ですが……」

「では、食事でもして待ちましょう」


 駅のホームに飛び降りたオリガからさも当然のように声をかけられた駅員は、何が起きたのかを理解するまでに少々時間を要した。

お読みいただきましてありがとうございます。


活動報告でも書きましたが、長いおやすみの間に、公募用を二作ほど書いておりました。

『選ぶ未来が重すぎます! ~異世界で選択者に任命されました~』(とうみとお名義)

『封印されし邪神の彼女』(井戸正善名義)

の二作品です。

前者は完結済み、後者は集中して更新中です。

今後は後者を更新しつつ本作及び『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く!』

を更新していきますが、更新日時は不定となります。

邪神彼女が一段落したところで、ローテーション組み込み予定です。

あと、『月刊・魔王』の新話を途中まで書いているので、書きあがり次第アップします。


今後ともよろしくお願い申し上げます。

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