195.水魔法の極致
195話目です。
よろしくお願いします。
ウェパルを前にしながら、敵は太い杭を離れ行く列車へ向けて放った。
「無駄よ」
と、ウェパルが言うと同時に、杭は硬い障壁に弾かれる。
「あなたの杭の威力はよぉくわかったわ。あの程度じゃ、エルフの障壁は破れない」
忌々しいけれど、と彼女は内心で付け足した。
敵は答えず、ウェパルを無視して列車を追うように走り出す。
ひょろひょろとした細い体躯ながら、力強い走りを見せる敵は列車に追いつきかねない速度だ。
しかし、ウェパルからは逃げられない。
「それじゃあ、私たちのレベルにとっては遅いのよ」
すぐ耳元で聞こえた声に、驚いたように顔を向けた敵は、置いてきたはずのウェパルが真後ろに迫っていることに気付いた。
スカートの裾を翻しながら、ウェパルは自ら生み出した水流の上を滑る様に移動している。
「……っ!」
ウェパルの位置を見て、すぐさま敵は至近距離で杭を放つ。
対して、すぐに水流の勢いを調整して避けてみせたウェパルは、ニヤリと笑った。
「そうやって放つのね。見たことある方式だわ」
敵は杭の発生を手元からに見せかけているが、実際は接触しておらず、虚空に生み出している。
以前にウェパルの部下として一部隊を率いていた魔人族の将の中に、似たような魔法特性を持っている者がいた。
彼は剣を生み出したが、魔力の流れやその動きは全く同じだ。
「だから、これもバレバレよ」
ウェパルは自分の背後に生み出された杭を、見ることもなく避けた。
「手からしか打ち出せないように見せておいて、不意打ちする。わかりやすい方法ね」
知らなければ効果はあるだろう。
あるいは、ウェパルが知る魔人族の将も同じようなことをやったかも知れない。しかし確認する術は無かった。その人物は、八十年以上前に一二三に殺害されている。
「似たようなことは、私にもできるのよ」
ウェパルの手元から勢いよく水が噴き出し、錐もみながら円錐状に変化する。
それは鋭いランスのように敵をめがけて伸ばされたが、肩をかすめるだけで、倒れるように転がった敵に命中はしなかった。
それでも、敵の足を止めることには成功する。
もうもうとした土煙を上げながら転がった敵は、追撃を避けるためか小さな杭を無数に放つ。
ウェパルは斜めに展開した水壁の流れに杭を全て流してしまい、ぐい、と敵へと肉薄する。
「こういうことも可能なの」
言いながらウェパルが両手に纏わせた水は、真っ白に見える程強烈な水流となっている。
水の拳とも言える攻撃をもろに顔面に受けた敵は、皮膚を裂かれ、血を水流に混ぜながら吹き飛んだ。
ウェパル自身の腕力は大したものではないが、速い水の流れに撃たれた敵は、地面に二度叩きつけられてなお、地面を滑るほどの勢いで飛んだ。
それでも、敵は立ち上がる。
「見た目より頑丈ね。でも、攻撃が単調過ぎるわ」
自分の周りを囲む杭を見て、ウェパルはため息を吐いた。
彼我の距離は約二十メートル。
それだけ離れていても物質を生み出す魔法を行使できるうえ、これだけ繰り返し使用できるのは並大抵の魔法使いでは無い。
肉体的にも魔人族に近いか、それ以上に頑健なようだ。
しかし、ウェパルも並大抵というレベルはとうに超えている。
「そろそろ眠りたいし、貴方に長々と付き合っている暇は無いのよね」
ドン、と地面を振るわす轟音が響いた。
そして突き立ったのは水の柱だ。
柱は中央が筒状に空いていて、敵は水の壁にぐるりと囲まれた状況に置かれた。
「それで、正直に答えてくれるなら多少はマシな扱いをしてあげるけれど?」
柱そのものは、見た目上ただ空中に漂う動かない水だという様子だが、敵は警戒して触れようとはしない。
水を振るわせてウェパルの声が水柱の中に響く。
敵は周囲を見回すが、ウェパル自身は水の壁を通して目の前から動いていない。
「よそ見していないで、私を見なさい。それで、あなたはイメラリア教からの刺客ということで良いのかしら? イメラリア教はどれくらいの情報を持っているの?」
問うたウェパルに対し、敵は無言のままだ。
「……答える気が無いなら、あなたの運命は一つよ」
一歩踏み出し、水柱に触れようとしたウェパルの足元に魔力が爆発する。
「っ!? 無駄な抵抗をっ!」
足元から膨れ上がった魔力が、目の前で水柱に囲まれた敵のものであると気付いたウェパルは、舌打ちしながら足元に魔力を集中した。
間一髪、分厚い水の壁を作り上げたウェパルは、一抱えもある太さの杭に足元から持ち上げられ、そのまま上空に打ち上げられた。
「悪いけど、足元に油断するほど経験の浅い女じゃないのよ」
跳ね上げられた状況でも冷静なウェパルは、眼下にいる敵を見下ろす。
「残念だけれど、反抗的な子は嫌いなのよ」
直後、水の柱が高速で回転を始める。
敵を囲む水壁はみるみるうちに狭まり、周囲に渦巻く水流がその両腕から飲みこんでいくように見えた。
いや、ウェパルにだけは状況がわかっていた。
凄まじい勢いで流れる水が、敵の身体を“削りとっている”のだ。
「一二三を殺す方法を考えていて思いついた魔法よ。光栄に思いなさい。あの化け物と同じ扱いをしてあげるのだから」
目を見開いた敵の表情はウェパルにはよく見えなかったが、そこに恐怖は無いようだ。何かの精神操作をされているのか、あるいは自我を持っていないのかも知れない。
「さようなら。恨むなら私じゃなくて自分の運命を恨みなさいな」
水柱の空洞が完全に塞がると、敵はその存在を完全に失った。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。