194.ウェパルの手段
194話目です。
よろしくお願いします。
「障壁……は、作れます」
「できるなら早くして頂戴」
「でも、制限があります。この列車の上だけを守るにしても、まるまる三十秒は無防備になります」
さらに後続の列車まで守るとなると、さらに時間が必要になる、とプーセは苦々しい表情で言う。
以前のエルフ族の指導者ザンガーのようにはいかない。プーセは治癒魔法こそ随一の使い手ではあったが、障壁については理解はできても使いこなせてはいない。
「……後続の列車だけならば、どう?」
「な、七十秒あればなんとか」
プーセの答えを聞いたウェパルは、後ろにいる兵士達の顔を見て小さく息を吐いた。
「仕方ないわね。プーセ、貴女は自分たちの兵士と一緒に後ろの車両に移って障壁を張りなさい。それまでは私が水壁で護ってあげるわ」
「ウェパルさんはどうするんです?」
「障壁が出来たら、みんなの為に道を作ってあげるわよ。良いから、さっさと行きなさい」
「……無理をしないでくださいね」
「余計な心配だわ」
そうでした、とプーセは微笑み、ウェパルが車両前方の屋根に水壁を展開して兵士達を守る用意ができると、もう一度「気を付けて」と言い残して後ろの車両へと屋根伝いに移動していった。
ウェパルは数名の魔人族兵士達だけを周囲に残し、他の兵士達はプーセにしたがって一二三とウィルを守るように伝える。
「……さて。二人は私の護衛に残って、残りは周囲を確認なさい。敵を見つけたら報告をすること」
「はっ!」
ウェパルが展開した水壁のおかげで、車上ながら風は少ない。
立ち上がってそれぞれの動きを開始した魔人族兵たちは、ウェパルが何をするかは知らされていない状態であるものの、彼女に何かを問おうとはしない。
「帰ったら、特別ボーナスでも出してあげましょう」
予算は問題無い。国王である一二三もウェパルがそうしたいと言えば「好きにしろ」としか言わないだろう。
問題は、兵士達も国王も、無事に帰国できるかどうかという部分だ。
「やれやれ。一段落したら、私も長めの休暇を貰うわよ」
一二三に向けた独り言。
ウェパルは切実に今、疲れていた。
「魔力も派手に使っちゃってるし、絶対お肌に良くないわね、これ」
頬をぐりぐりと押して顔をマッサージしながら、ようやくプーセが障壁を展開し終わったことを確認する。
「忌々しい障壁だけれど、今回に関しては助かったわ。……これで、思い切ったことができる」
少数の兵士達と自分を守る分だけに水壁を縮小し、負担が軽くなったウェパルは立ち上がり、車両の後部へとやってきた。
障壁を挟んで、プーセと向かい合う。
「敵は近いみたい。攻撃の頻度と威力、正確性が上がってきている。私は接敵して相手を始末するから、後は任せたわよ。
「接敵って、どうやって……」
「こうするの。このために、ウィルと一二三を二両目に放り込んだのよ」
「あっ!」
驚くプーセの眼前で、ウェパルが展開した水の刃が、一両目との連結部分を完全に破壊した。
大きく揺れる列車だが、それぞれの車両に動力がある作りであるため、操作の為に兵士が配置されている二両目も一両目から離れること無く走行している。
これだけならば、単に切り離しただけでレールの上を共に走るだけになるが、ウェパルはプーセに手を振って車両の前方へと立つと、再び魔力を練る。
「さあて、敵は見えて来たかしら?」
水壁を歪めてレンズのように使い、ウェパルは暗いながらも前方を注視する。直後、一人の人物が自分に向けて手を突き出しているのを確認し、その瞬間に猛烈な勢いで杭が水壁を叩く。
「あいつね」
ひょろりと背の高い人物であることだけがわかる。
男か女かも不明だが、ウェパルには一つわかれば充分だ。それが敵であるか否かが。
「掴まりなさい!」
部下たちに命じた直後、ウェパルの足元から放たれた水が、車両の前へと流れていく。
そして地面に接した直後、それらは二本のラインへと変化し、先頭の車両だけを線路から強制的に逸らしていく。
「ウェパルさん!」
プーセの叫び声が聞こえたが、ウェパルは振り向くことなく片手だけを振って応えた。
直後、ウェパルを乗せた先頭車両がプーセの視界から消えた。
「なんて真似を……」
プーセのように攻撃系の魔法を使えない人間には想像もできない方法だが、ウェパルは二両目以降をしっかり線路上に残したまま、しかも勢いを殺す事も無く一両目だけを切り離した。
その魔力操作の精密性もさることながら、次々と連続で繰り出される水の魔法は、プーセが知る誰よりも強力だった。
恐らく、純粋に魔法だけの勝負であればオリガ以上に強いのだろう。
そんなウェパルが、叫ぶ。
「食らいなさい!」
無茶苦茶な攻撃だ。
地面に立っている敵に対して、水のレールを走らせた列車をそのまま激突させたのだ。
ウェパル自身は接触直前に飛び降り、他の兵士達も同様に地面を転がって受け身を取る。
その姿を、高速で通り過ぎる列車の上からプーセは見ていた。列車の衝突を辛うじて避け、立ち上がる敵の姿も。
敵はウェパルを見ていない。プーセが乗る車両の方へと向けて、手を伸ばす。
「させないわよ」
手のひらから撃ち出された杭は、強烈な水流で向きを逸らされてしまった。
振り返った敵は、全身を革ひもでギチギチに固められた異様な姿で、長い手足をゆらゆらと揺らしながら立っている。
それに対して、ウェパルは両手を組み、ハイヒールとスリットでより強調されたスラリとした足を見せつけるようにして立ちはだかる。
「大凡、あんたがどこから来たのかは予想が付くわ。でも、私に穴を開けた罪は重い。それに腹が立ったから、正直に話す気があっても、少しは痛い目見てもらってからよ」
無言のままの敵が放った杭を、再びウェパルが水流で逸らした瞬間から、戦いは始まった。
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