193.列車の上
193話目です。
よろしくお願いします。
プーセが率いるイメラリア共和国軍と、彼女たちに護衛される格好で進軍する魔国軍。
双方に会話はほとんど無かった。
それも当然で、何かあればすぐに互いに刃を向けて戦わなければならない以上、妙な馴れ合いをすれば互いにやり辛くなる。
そしてもう一つ理由があった。
お互いの総大将が、隊列の中央部分で先に言葉でやりあっているからだ。
「また昼間からお酒ですか。士気に関わるとは思いませんか?」
そう言ってプーセが睨みつけると、抱えていたワインのデキャンタを傾け、カップへとたっぷり注ぎながらウェパルは笑う。
「碌に軍勢を率いた経験も無いくせに」
「私は一般論を言っているつもりです。いえ、常識と言った方が良いかもですね」
む、とカップの中身を半分ほど飲みこんだウェパルが睨み返す。
「まるで私が常識知らずみたいに言うのは止めてくれる?」
「みたい、じゃなくてその通りのことを申し上げているのです」
「戦場の常識を語れる立場かしら? それに、城内でぬくぬく暮らしている間に、森では無かったはずの脂がついているみたいね」
「私はこのプロポーションをずっと維持していますから。ウェパルさんこそ、お酒の飲み過ぎで胸じゃない場所も脂肪が付いてきたのでは?」
「……言ってくれるじゃない」
正直ウェパルとしても気にしていた部分があったので、このプーセの言葉には本気で腹が立ったらしい。
一層険悪になる雰囲気に、周囲の兵士達は気が気では無かった。
命令一つで戦う覚悟はしているが、せめて女性同士の口げんかが発端になるようなのは勘弁して欲しかった。
隊列は駅へと到着し、そのままどんどん長い列車に人員が飲み込まれていく。
一度の車列で全員を収容できるはずもなく、いくつかの列車に分かれて進むことになった。
ウェパルやプーセは先頭車両に乗る。
プーセはともかく、ウェパルはこの隊列における最大戦力だ。総大将ながら、何かトラブルが発生した時に最も頼りになるのが彼女だった。
多少、酒に酔ってはいたが。
「別車両で良かったのですか?」
ウェパルと向かい合うように座席に座ったプーセが指しているのは、樹木化した一二三のことだ。
彼はウィルと共に第二車両へと積載された。ウェパルの指示によるもので、プーセは納得していない。
「直接ウェパルさんが護衛した方が確実では?」
「……最悪の場合を想定した結果よ」
それ以上は語らず、ウェパルは座席に深く腰を下ろして目を閉じた。
貴賓用の客席で、ゆったりとしたシートを与えられたウェパルは緊張を感じた様子も無く、「国の半分を通り過ぎたら起こして」と言ってすぐに寝息を立て始めた。
「豪胆というか、暢気というか……」
感心して良いかわからない、と困惑しながら、プーセは出発の合図を出した。
☆★☆
「そろそろですよ」
「んあ?」
プーセに声をかけられて目を覚ましたウェパルは、あたりがかなり暗くなっていることに気づいた。
「夕方か。結構長く寝ちゃったみたいね」
立ち上がり、背伸びをしたウェパルは、胸を強調するかのように腕を組み、首をひねって柔軟を続ける。
「私なら、日没あたりから機会を窺うわ。首都へ向かう途中ならまだしも、首都から離れていく状況では助けを呼ぶのも難しいし」
「そのために休んでおいた、というわけですか」
「疲れていたのよ。でも、もう大丈夫」
状況確認をする、とウェパルは車両の先頭にある運転室へと入っていった。
そして交代でプーセが寝入ってから一時間程経ったころ、彼女は激しい衝撃で目を覚ました。
「な、なに?」
突き上げるような振動は小さければ珍しくもないが、一瞬で目が覚めるほどのショックは異常だ。
「起きた?」
「ええ。当然です……って、何をやっているんですか」
プーセに声をかけたウェパルは、窓の外から逆さまに車内を覗き込んでいる。
「起きたのならすぐに戦闘準備して。敵襲よ。それも……結構な強敵みたいね……」
ずる、とウェパルの身体が滑る。両手でどうにか身体を支えているらしい。
「さっさと上に上がって来なさい。貴女も手伝うのよ」
「わ、わかりました!」
ウェパルの胸元から血が流れ、逆さになった首筋を伝う。
突然の状況に慌てている兵士達を連れたプーセが慌てて窓の外に身を乗り出すと、そこには闇夜が広がり、車両の上でウェパルが膝を突いているのが見えるだけだ。
「敵は……」
「うわっ!?」
プーセが問いかけようとすると、一人の兵士がもんどりうって倒れ、列車から落下していく。
列車の速度はこの状況でも落ちていない、あっという間に後方へ流れて行った兵士は、恐らく無事では済まないだろう。
「何が起きたのです!?」
「ボーっとしていないで、すぐに伏せなさい!」
慌てるプーセに、水の防壁を作ったウェパルが叫んだ。
その間にも、また別の兵士が何かに撃たれたように吹き飛び、地面へと落ちていく。
「魔法ですか!?」
「いえ、多分違うわ。攻撃に魔力を感じないし。それに、ほら……」
ウェパルの胸元に、長さ十センチ超の、杭のような何かが刺さっていた。
「大変……!」
かなりの重傷だが、それでも敵の攻撃を防ぐだけの水壁を維持できるあたりがウェパルの才能だろうか。
感心しながらプーセは急いでウェパルに治癒魔法をかける。
みるみるうちに傷が塞がっていくのを見て、ウェパルは笑った。
「流石に治癒魔法じゃ貴女の方が上みたいね」
「そんなことより、これからどうするんですか。敵の正体も攻撃の正体も分からないというのに……」
また一人、杭に撃たれて落ちる。
「初弾で操縦部分を壊されて、列車が止められないの。今は走行しながら敵に対応するしかない」
むしろ、最初に列車の方が攻撃されたお蔭で、ウェパルの臨戦態勢が間に合い、致命傷を免れたようだが。
生半可な水壁では防ぎきれず、胸に杭を受けて転がり、どうにか踏みとどまった結果、逆さまに車窓から覗きこむ恰好になったらしい。
「流石は私、運が良いわね」
「まだまだ元気みたいですね」
「それより、貴女にやってほしいことがあるんだけれど」
プーセは首を傾げた。彼女はこと治癒魔法に関しては右に出る者がいないと言われるほどの巧者だが、逆に攻撃の魔法はさっぱりだ。
しかし、ウェパルが望むのはどちらでも無い。
「貴女、エルフに伝わる魔法障壁が使えるでしょう? 魔人族の誰もが破れなかったあの忌々しい壁、その作り方をあのおばあちゃんから継承しているんじゃない?」
ウェパルの問いに、プーセは即答できなかった。
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