191.彼女たちの出発
191話目です。
よろしくお願いします。
ウィルは列車内において、ネズミに魔力を与え、パウダーを使って半分以上樹化させた後で魔力を抜くという実験を行った。
そこで、完全に魔力を失った状態であればほとんど元通りに回復できることを知った。
「でもね……問題は魔力の吸い取りや供給なのよ」
ウィルはウェパルやプーセに説明を続ける。
「オリガさんからの訓練のお蔭で、魔力を操って小動物程度になら分けられるくらいになったわ。でも、余程訓練された人じゃないと、人一人分の魔力を吸い上げて、また戻すなんて無理よ、無理無理」
連呼するウィルに、ウェパルは険しい表情をする。
「オリガさんならできるんじゃないかしら?」
「難しいと思う。一二三の魔力総量がどれくらいかわからないけれど、まず一二三があれだけの量の食料や武器を運べる空間を常時維持しているあたり、相当な魔力を使っているはず。それに、オリガさんには闇魔法の適性が全然ない」
だからこそ、可能性として一時的にでも魔法敵性とは無関係に魔力を吸収できるハジメの能力が必要になる、とウィルは主張する。
「ほとんど賭けのようなものじゃないですか。それに、ハジメちゃんが魔力を吸収できたとして、魔力を再び一二三さんに戻すことができるかどうかは未知数です」
やったことがないのでしょう、とプーセが言うと、ウェパルはちらりと彼女の表情を見た。
さらりと言っているが、魔国の王子であるハジメの情報をイメラリア共和国もそれなりに掴んでいるらしいことが、今の言葉でわかる。
「ふぅ……」
ウェパルは余計なことを考えるより前に、行動すべきだと一呼吸おいて言葉を発する。
「すぐに動きましょう。その前に、一つ確認しておきたいのだけれど……。ウィル、ハジメが一二三の魔力を全て吸い上げることができたとして、その後、プーセが案じているように魔力を彼に戻せなかったときはどうなるの?」
「さあ。闇魔法が使えなくなったときの状況なんて知らない。記録があるのかも知れないけれど、調べている時間も無いし」
「そうじゃなくて」
ウェパルは頭を抱えた。
「魔力を完全に失った人間が……一二三がどうなるか、予想できるか聞きたいの」
この世界で魔力を持たない人間はまずいない。
全ての生物が魔力を使って何かしらの恩恵を受けており、獣人族たちも当然魔力を有している。完全に解明されてはいないが、獣人族でも魔法が使えることでそれも証明された。
その魔力を完全に失えば、ハジメから魔力を吸われた者たち同様に気絶するだけで済むかどうか。
「別に変らないんじゃない?」
「あんたね、気楽に言うけど……」
「だって、一二三は元々魔力の無いところから来たんでしょ?」
ウェパルの言葉を遮るように続けられたウィルの話を聞いて、ウェパルはプーセと顔を見合わせた。
「元にもどるだけよ。本人もあんまり気にしないんじゃないかしら。ちょっと不便になるってくらいで」
ああ、左手は形を保てなくなるかもね、とウィルは肩をすくめた。
☆★☆
プーセはイメラリア共和国として協力するべきかどうかを協議するために話を持ち帰ったが、返答を待っていられるほどウェパルもウィルも気の長いタイプではない。
状況は一刻を争う。
ウェパルはすぐに部隊を編成し、プーセを追うようにしてイメラリア共和国へと派遣する手はずを整えた。距離で言えばホーラントを抜けるよりイメラリア共和国を通った方が近いのだ。
通過の許可はプーセを通してヨハンナから得る予定になっているが、もし拒否されてもウェパルは押し通るつもりでいる。
それだけ彼我の戦力は差があると踏んでいたし、通過だけなら概ね問題なくいけるはずだ。
ウェパル自身が陣頭に立って指揮を行い、ウィルも一二三の看護約として付き添う。
総勢二百名。
数は大して多くは無いが、一部隊として他国を通るには大人数だ。
「騒ぎになるのは承知の上。それもイメラリア教の悪さを喧伝する良い機会になると思えば、ヨハンナも協力するでしょう」
「あたしまでついていく必要ある?」
「貴女の見解なんだから、貴女が証明するべきでしょう? 私も少しはあの粉について知っているけれど、今回はイレギュラー過ぎて手の出しようもないわ」
「……わかったけど、護衛はちゃんとつけてよね」
「任せなさい」
ぞろぞろと出ていく軍隊に、民衆は戦闘が始まるのかと思い恐々としていた。今回は突然の出陣で、民衆への説明はろくにされていない。
兵士達にとっても急な話であり、不安な出発ではあった。
それでも、ウェパルにとっては自分たちの心配よりも、オリガの動きの方が気になる。
「それで、オリガさんにはやっぱり伝えないの?」
確認するようにウィルが問うと、ウェパルは首を横に振った。
「彼女が状況を知った時、どういう行動に出るかわからないもの。結果として私たちまで危険に陥るかも知れないから」
良いのだろうか、とウィルは首を傾げているが、その間にも二人が乗っている馬車は駅へ向かって進む。
その馬車の後ろからは、一二三を載せた馬車が続いており、ウェパルの視線がちらちらと向けられていた。
「……ふぅ、貴方と再会してからこっち、心も体も休まらないわね」
そろそろ普通に休みが欲しい、とウェパルは嘆息した。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。