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190/204

190.仮説として

お待たせいたしました190話目です。

よろしくお願いいたします。

 ホーラントと魔国の間にある国境では、独特の緊張感を伴った取引が行われていた。

「はいはい。確かに受け取りました」

 物でも受け取るかのように受領のサインをしたウェパルは、寝不足の眼つきでホーラントの兵士達を見回した。

「傷などを付けていない、ということは確認したけれど、何かしらの魔法が仕掛けられていたりした場合は……」


「そのようなことは一切ありません。オーソングランデ国境からここまで、私共が片時も目を離さずにおりましたので、外部からの接触もありません。ご不安であれば、何なりと調査をしてください」

 同じように目に隈をつくっていた兵士の長は、悲痛な叫びをあげるかのような声で言う。

「わかったわよ。信用しているわ」


「ありがとうございます。それと、我がホーラント王国女王サウジーネよりご伝言が」

「なぁに?」

「“我が国は少なくとも積極的に魔国の敵に回ることは無い”とのことです」

「承知しました。さあ、後は任せて帰りなさいな。それとも、休むための宿でも用意してあげましょうか?」


 ウェパルの申し出を辞退し、ホーラント兵たちは一つの箱を置いて馬車へと乗り込み、足早に立ち去って行った。

 向かったのは当然ホーラント側であり、ウェパルも彼らの動きには密かに監視を付けているものの、あまり心配はしていなかった。

「……で、これがホーラントからの贈り物というわけね。良いわね? 箱を空ける事無く、極力揺らすことも無く、なるべく人目につかないように密かに城へと運び込みなさい」


 無茶苦茶な指示が出ているが、箱の中身が何なのかを敢えて知らされているウェパルの部下たちは、ただでさえグレーの顔色をさらに悪くしながらも、そっと木箱を抱え、馬車へと運び込んだ。

 このまま、馬車ごと乗り込める貨物車へと護衛である彼らも同乗し、少なくとも城へと到着して安置されるまでは緊張が続くのだ。


「なんであたしまで」

 積載の様子を見ていたウェパルに、後ろで小さくなって隠れていたウィルが愚痴をこぼした。彼女は魔導陣研究中のところをウェパルに無理やり連れて来られたのだ。

「異世界の知識から見て、所見を知りたいの」

「城に着いてからで良いじゃない」


「急いで知りたいの。というより、知っておきたいのよ」

 ウェパルはプーセにも連絡が行っていることをオリガからの連絡で知っていた。城に戻った時点ですぐに検証に入れる状況になっているとしても、知識的にリードできるならばしておきたい。

 そして、ウィルの見立てに隠すべき秘密があるのであれば、プーセという別集団の者に知らせる必要は無い。


「知識を秘匿しておきたいということ?」

「そうね。協力するにしても“必要な分だけ”が大人のマナーよ。頼りすぎるのもお互いに良くないわ」

 話をすり替えるな、とウィルはむくれてウェパルから木箱へと視線を向けた。

「……この世界のことを考えるなら、油でもかけて焼いちゃった方が良いんじゃない?」


「多分聞こえているわよ」

「もちろん冗談だから! 冗談よ! わかってる!?」

「ちょ、揺らさないでください!」

 叫びながら木箱に向かって駆け寄ってきたウィルに、魔人族たちは冷や汗を流しながらウィルに制止を呼びかけた。


 木箱の中では、身体の半分以上が樹木へと変質している一二三がいる。


☆★☆


 列車はゆっくりと進む。

 護衛の兵士達としてはなるべく早く進めて貰いたいと思っていたが、ウェパルもウィルも揃ってゆっくりと安全走行を優先することを選んだ。

 ウェパルとしては情報が漏えいしていた場合にイメラリア教からの攻撃がある可能性を考え、ウィルとしては調査の為にあまり揺れると手元がぶれる、という理由だった。


「じっとしていてね……といっても、動けないか」

 木箱の一部を開き、その前に座り込んだウィルはポーチから小さなナイフを取り出した。

「あんたでも、ピンチになることがあるのね」

 魔道具で小さな火を点けてナイフの刃を熱しながらウィルは呟く。

「待ってなさい。今度はあたしが助けてあげるわ」


 火を消し、小さな容器を取り出したウィルはナイフの両面をじっくりと見つめて余計なものがついていないことを確認し、露出している一二三の腕の一部へとそっと刃を立てた。

「痛くても少しくらい我慢してよね」

「……っている」

「えっ?」


 一二三が何かを呟いた気がしたウィルだったが、すでに顔のほとんどが樹化している彼が何かを言えるとは思えず、たんなる聞き違いだろう、とウィルは作業を続けた。

「魔力に反応する物質ね……それなら、多分……」

 ウィルの中には、一つだけ解決に向かう糸口が想像できていた。

 その為には、確認の為に実験しなくてはいけない。


「ちょっと良い?」

「はい。何でしょう」

 ウィルの作業を見るか見ないかの位置で待っていた魔人族の兵士は、突然声をかけられて首を傾げた。

「ネズミとか、小動物を一匹か二匹、捕まえて来てくれる? なるべく可愛らしい子は避けてね?」


「ね、ネズミですか……」

 現在は移動中の列車の上である。貨物車を探せば潜んでいるネズミくらいはいるかも知れないが、それを探して捕まえるとなるとかなり難しい。

 まして殺さずに生かして捕まえるとなると、さらに難易度は跳ね上がる。

「早くして。これは“必要なこと”よ」


 そうウィルに言われると兵士としても断りようが無い。彼女が何者なのか、何のために同行しているのかもウェパルから知らされているのだ。

 こうして、まる一日かけて一二三を“運んで”ウェパルたちが城へと戻ったときには、すでにプーセが到着していた。


「あら、久しぶり。早かったのね」

「ええ。非常事態……とうより、異常事態ですもの」

 型通りの挨拶を済ませたウェパルとプーセは、早速テーブルに向かいあって本題へと話題を移そうとした。

 そこにウィルが口を開く。


「一つ聞いて良い?」

「なんでしょう?」

 ウィルについてはプーセも聞き及んでいる。一二三の回収にどうこうしていたという話は聞いているが、彼女が何を掴んだかまでは当然知らなかった。

「人が樹木に変質する例の粉、他の動物には聞かなかったの?」


「そうですね……森の動物たちは特には。……ただ、魔力を持つ魔物たちには時折影響を受けた個体があったようです」

 それは一二三が封印されたあと、プーセが改めて調査のチームを向かわせて初めて判ったことだった。

 殆どの魔物が樹化し始めて行動が制限されてすぐに他の魔物や肉食動物の餌食になっていたことでわからなかったことだが、偶然そのチームが発見し、経過を観察できたのだ。


「その死体はどうしたの?」

「完全に樹化したあと、調査に持ち帰りましたが……すでに風化して遺失しています」

「むぅ……」

「どうかしましたか?」

 ウィルはプーセからの問いには答えず、ウェパルへと目を向けた。


「すぐにハジメちゃんを救出するべきよ」

「……そのようね」

 ウェパルはウィルが気付いた内容と、その実験の結果も目の当たりにしていた。そして、一二三を仮説として考案した方法で救う為には、ハジメの存在が不可欠なのだということも知っている。

「プーセさん。イメラリア共和国からも兵を出せるかしら?」


「突然ですね。私の一存では何とも言えませんが、持ち帰るためにも理由を聞かせてください」

「そうね。何から話そうかしら」

「簡単よ」

 ウィルは自分が書きつけたメモをプーセの前に広げた。


「一二三から魔力を“抜く”わ。そのための器として、ハジメちゃんが必要なのよ」

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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