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186/204

186.見えない腕

186話目です。

よろしくお願いします。

「……貴女は行かなくて良いの?」

「主人の楽しみを横から奪う妻などおりません」

 と、オリガはミキの質問に答えながら自分へと飛んできた攻撃を鉄扇で払い落とした。

「こちらに来た敵は対処いたしますが、そうでなければ一二三様のために用意された敵ですから……」


 オリガはミキに対しても一二三の邪魔をしないように、と釘を刺そうとした。だが、一二三が背中越しに視線を向けて制止したのを受けて、口をつぐんだ。

 ミキの今の戦い方や実力を見たいのだろう、と理解したオリガは、ミキがサーベルを握ったまま一二三を追って国境へと進み始めたのを見送った。

 面白くない、という気持ちはあったが、それが一二三の希望であるなら否やは無い。


 敵は見えているだけで三人。

 しかし、オリガの探知魔法には残り二人が隠れていることを看破している。一二三も同様に気付いているだろう。

 それをあえてミキに伝えていないのは、一二三がミキの実力を知るために良いだろうと考えたからだ。


「一人、こっちに来ますね」

 オリガは探知に反応した一人が国境側からこちらへ向けて身を隠したまま進んできていることに気づいた。

 ミキが反応しないのは、気付いていないからだろうか。

 一二三が動かないのは、その一人をオリガに任せるつもりなのだろう。


 不思議なのは、敵襲がわかりやすいように開けた場所に作られた国境の関所前だというのに、近づいてきているはずの敵の姿が見えないことだ。

「姿を消す魔法などがあるのでしょうか?」

 言いながら、オリガは虚空から突き出された刃に対して鉄扇を添えるようにして切っ先を逸らす。


「気付かれたか……」

「私にはかくれんぼは通じません」

「ならば、真正面から切り伏せるのみ」

 ぬるり、とオリガの目の前に痩せて背の高い男が姿を現した。

 何かの粘液の様なものが流れ落ちると、黒目の無い瞳を持った頬のこけた顔があらわになる。


「気持ち悪い……」

 オリガは顔を顰めたが、敵は気にせず鋭いナイフを両手に握って襲い掛かる。

「動きも遅く単純。これでは確かに主人の相手としては……っ!?」

 目に見える動きにオリガが落胆しかけたところで、敵の動きが変わった。

 両手で繰り出されている突きの他にも、攻撃を受けている感覚があるのだ。


 オリガは感覚を頼りに鉄扇で攻撃を弾いたが、その正体は掴めていない。

「魔法?」

「いいや、違うなぁ」

 ニヤリと笑った敵は、これ見よがしに大振りでナイフを左右から振るう。

 首筋に刃を突き立てようとする動きに対し、オリガは軽く下がって様子を見ることにした。明らかに怪しい動きだったからだ。


 しかし、それでも敵の攻撃を防ぐことはできなかった。

「うっ!?」

 痛みを感じた瞬間に身を捻ったことでどうにか大きなダメージは免れたが、それでもナイフの切っ先がオリガの腹部に横一文字の傷をつけた。

 そのナイフは、敵が両手に持っている物とは“別のもの”だ。


「ナイフが、増えた……?」

「いいや。元から持っていた」

 笑っている男の様子を注意深く観察しながら、オリガは魔法を使っても敵の形状を確認した。

「……腕?」


「気付いたか」

 オリガは敵の腹部に目に見えない妙なふくらみがあることに気づいた。

 それは当初、服の下にある身体の一部だと思っていたのだが、注意深く観察すると、ふくらみの形状がおかしい。

 種明かし、とばかりに男は腹部から生えた一本の腕から粘液を落とした。


「魔人族の擬態要素を持つ粘液を分泌し、姿を隠す能力を持ったオレの動きは、いくら探知魔法が使えると言っても対応できようはずもない」

 やせ細って骨ばった腕に、再び粘液がまとわりつく。

 ナイフにまで流れた粘液は、腹部からの腕を完全に隠してしまった。

 オリガにはその存在を空気の動きで感知することはできるが、目には見えないというのはどうしても判断を鈍らせる。


 一合、二合と刃を交えながら、オリガは少しずつ傷を負っていく。

「確かに、戦闘技術で言えばオレは一二三には届かん。お前にも劣るだろう。だが!」

「……っ!」

 顔を逸らしたオリガの頬に、薄く一筋の傷が奔った。

「顔を……」


「おっと。顔を傷だらけにした死体をお前の夫に見せてやろうと思ったが、殺してからの方が良さそうだな」

 両手のナイフに隠し腕のナイフを当てているのか、ちゃきちゃきと音を立てる。そして、男は見えていた両腕にも粘膜をまとわりつかせ、全ての腕とナイフを隠した。

「さあ、見えない三本の腕に対応できるかな?」


「しません」

「はあ?」

 諦めたか、と男が顔を顰めると、オリガは深いため息をついて鉄扇を下した。

「貴方のレベルに付き合って近接戦闘をやりましたが、もう良いでしょう」

「一体、何を言っている?」


「わかりませんか?」

 オリガは鉄扇を畳み、相手を冷たい視線で睨みつけた。

「貴方が戦っている私は、戦士ではありませんよ? それを相手にして近接戦闘で劣ると理解しているのに、どうしてこれがわからないのです」

「あ……?」


 男の足元で、つむじ風が巻き起こる。

 それがオリガの魔力によるものだと気付くまで時間はかからなかったが、その時点でもう遅かった。

「うああ!?」

「私は魔法使いです。近接戦闘に付き合うのはあくまで訓練のためです。相手を間違えましたね」


 オリガは冷静に語る。

 その目の前では、足元にまとわりつく風が勢いを増し、風の刃で足元からズタズタに引き裂かれていく男がふらつき始めていた。

 風の刃が膝を越えたところで、転倒する。

 それでも、土埃を巻き上げながら、風の刃を孕んだつむじ風は男の身体をじわじわと削り取っていく。


「や、やめろ! やめてくれ!」

「嫌です」

 オリガは鉄扇で口元を隠したまま、汚らしいものを見るような目で男を見下ろしていた。

「血を失って死ぬまで、たっぷりと後悔しなさい」

「ぅぐああああっ!!」


 腹部までを切り裂かれたところで、男は絶命した。

「意外に長く持ちましたね……あら」

 男の死体を見ると、腹部からの隠し腕は二本あったらしい。どうやら、最後まで隠して留めを刺すつもりだったようだ。

「最初の一撃を失敗した時点で、逃げるべきでしたね」


 さて、とオリガは一二三たちの戦闘へと目を向けた。

 一二三が戦いの充足している様子をじっくりと観察しなければならない。それが、オリガが考える妻としての使命であり、趣味であり、生きがいだった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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