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18.仕事

18話目です。

よろしくお願いします。


※今回から『呼び出された殺戮者』初期のように、

 若干の行間空けをしております。

 WEB上での読み易さを確認する実験です。

 ご意見等ございましたら、教えていただければ助かります。

「何かあったの?」

 フォカロルの街中を歩いているミキは、繁華街の裏手から騒々しい物音と悲鳴が聞こえてくるのに対して、意図せずその方向へ足を向けていた。

 目立つのは良くないと思いつつも、もし誰かが襲われているのであれば、助けなければ、という信条は、彼女が勇者としてここへ来る前からの物だ。


 繁華街から外れると、飲み屋だろう店舗が並ぶ歓楽街へと様子が一変する。看板を出してはいないが、いかがわしい雰囲気の店も多く、ミキは場違いな所にいる気分で歩みを進めた。

 すぐに人垣が出来ているのを見つけ、集まり始めている人々をかき分けて前に進むと、数人の兵士が縄を持って並び、とある店舗の周囲を封鎖しているところに行きあたった。

「すみません。何か事件ですか?」

「詳しい事はわかりませんし、説明はできません。ただ、捕り物が……」

「ぎぃあああ!」

 兵士の説明を遮り、野太い声で悲鳴が響き渡った。


「た、助けてくれ……!」

 先ほどの悲鳴を上げた男だろうか。建物の出入り口から血まみれで這いずる格好で、哀れに周囲の人々に手を伸ばす。

「大怪我してるじゃないですか! 助けないと!」

「あっ、ちょっと!」

 兵士が止める間もなく、ひらりとロープを越えたミキは、その男に駆け寄り、目の前で膝をついた。

「私も少しは治癒魔法が使えますから……あっ!」

 声を上げながら、ミキが展開したのは治癒魔法では無く、障壁だった。


 男を狙って飛来した何かは、硬質な音を立てて、魔法障壁に弾かれて地面へと落ちた。

「しゅ、手裏剣……?」

 現代日本にいた頃にも見たことが無い物を見て、ミキは呆気にとられたが、それどころでは無かった。二発目の手裏剣が障壁に弾かれたのだが、それはあきらかに彼女を狙っていたのだ。

「……展開の早さも頑強さも大したものです。この世界の魔法は、ここまで進んでいるのですね」

「いえいえ、オリガ様。これほどの障壁の使い手はそうおりません。プーセ様に近いレベルの魔力操作技能を持っている人物かと」

 男が這い出てきた入口から、二人の女性が姿を見せた。


 一人は左程背の高くない少女で、うすい青色の長い髪を揺らし、翠の瞳でミキと男を見下ろしていた。

 その後ろから、初老の女性が付いてくる。フォカロルのギルド長だ。

「オリガ……?」

 少女へ向けて女性が呼んだ名前を聞いて、ミキはその名前に憶えがある事に気付いた。

「貴女は、まさか……」

 ふと、ミキを見たオリガの視線が圧力を増した。見つめているというより、睨みつけている。

「……丁度良い機会です。邪魔立てするなら、共に死になさい」

 オリガの風魔法が、一枚板の形で展開した障壁を迂回するように飛来し、ミキの思考は中断させられる。

 急いで障壁を追加で展開し、変形させ、ドーム型にして怪我をした男と自分をすっぽりと包んだ。


「小癪な真似を」

「お、お待ち下さい! この女性は一般の方で、怪我をした者を見て飛び出しただけです!」

 魔法障壁への“対応”にオリガが進み出ようとする前に、先ほど現場封鎖をしていた兵士が慌てて飛び出した。

「関係ありません。邪魔をするなら敵でしょう」

「う……」

「お待ちくださいオリガ様。ここは私にお任せくださいませんか。どうやら、彼女も状況を理解していないようですから」

 オリガに睨みつけられて口ごもった兵士に代わり、ギルド長が前に出てオリガを諌めた。さらに、耳を寄せて何かを小声で伝える。

「そうですね……では、お任せします。建物内には他にも構成員がいるようですから、私は中に戻ります。男は殺さないようにお願します」

「分かりました」


 オリガが再び建物へと戻ると、ギルド長はミキへと近付いた。

「何か勘違いをなさっておいでのようですが、その人物は犯罪者です。私はこの町のギルドの長をしております、クロアーナと申します。初めまして、勇者様」

「えっ? ……あっ!」

 ロープを越えた時か障壁を発動した時か、いつの間にかフードが落ちてしまっていた。艶のある黒い髪が、陽の光で輝きを孕んでいる。

「まずは障壁を消していただけますか? その男へ治癒魔法をかけるのは構いませんが、逃がさないようにお願いしますね?」

 改めて男が犯罪者だと聞かされ、ミキは男を見た。

 額から血を流した男は、彼女と目を合わせる事無く、つい、と視線を逸らした。


☆★☆


 ブラブラとグネの町を見て回っていた一二三は、とうとうセメレーの姿を見つけた。

 一二三という男が彼女を探しているという情報は伝わっているはずだが、仲間たちと話している姿は、堂々としたものだ。

「見つけた。はあ、慣れない人探しは疲れるな」

 セメレーは町の一角にある食堂のような建物にある、テラス席で仲間と何かを飲みながら話しているようだった。酔った様子は見られないので、水でも飲んでいるのだろう。

隠れる気も無い一二三は、付近の様子を見て、逃走するとすれば裏手に回るかも知れない、とあたりをつけながらも、真正面からセメレーへと近付いた。


「お前がセメレーだな」

「あんた……噂になってるギルドの狗ね」

 不敵な笑みを浮かべて立ち上がったセメレーは、腰に提げた二本の短剣を両手に取り、構えた。

「いぬ? なんだそりゃ。俺はギルドの依頼を受けただけだぞ」

 しかも、と笑った。

「これが今のギルドに登録してから初仕事だ」

「ルーキー? こんなの寄越すなんて、ギルドの随分とあたしを馬鹿にしているわね」

 目深にかぶったフードの陰から、鋭い視線が一二三を捉える。


 その瞳を見て、一二三は首を傾げた。

「うん? ……お前、普通の人間じゃないな? 獣人……いや、ハーフか」

 珍しい物を見た、という一二三の言葉を聞いて、セメレーは歯を剥き出しにして怒りの表情を見せた。犬歯が、普通の人間よりも心なしか鋭い。

 周囲にいた冒険者たちも、やや距離を取った。

「あたしは人間よ! 馬鹿な事を言わないで!」

「まあ、どうでも良い事だな」


 一二三は刀を抜かず、素手のままでセメレーとの距離を詰めた。

「強い奴を殺せるなら、どっちでもいい」

「馬鹿にしやがって!」

 上下左右から縦横無尽に繰り出される短剣による斬撃は、一見して隙が無いように見える。

 一二三は少しずつ下がりながら、吹き荒ぶつむじ風のような剣筋を目の前にしながら、ギリギリ刃の届かない距離を保っていた。

「そんなにブンブン振り回して、無駄に疲れないか?」

「負け惜しみを……言うな!」

 突きが二つ、同時に一二三の腹と喉を狙う。

 顔を引いて喉への突きはギリギリ届かない。


「なんて奴……!」

 腹への突きに対して、一二三は左手で逆手に刀を抜き、柄頭を当てて止めていた。

「速さは充分。だが、妙に遠慮がちだな」

 一足飛びに距離を取ったセメレーに対し、一二三は右手に持ち直して刀を抜いた。

「殺そうとするのに、傷つくのを恐れているな?」

「傷つくのが嫌なんて、当たり前じゃない。だから反撃を受けないように用心して……」

「ふん、馬鹿たれ」

 単純かつストレートに罵倒され、セメレーは口をぱくぱくさせて言葉を探していた。


「そんな考えだから、お前の剣は中途半端なんだ」

 刀を大上段に構え、今度は一二三から距離を詰めていく。

「自分の命を餌にして、敵の目の前にチラつかせてこその戦いだろうが。いつ死んでもおかしくないから、殺し合いは楽しいんだ」

 強大な威圧感を以て迫りくる一二三に対し、セメレーは二振りの短剣を握りしめて額に汗を流した。

 武器は大きく上にある。見た目だけなら胴も足元も隙だらけのようだが、どうしても足が動かなかった。

 一撃を入れた瞬間、自分の頭は叩き割られているという予想が、頭から離れない。


 まだ距離がある、と思える間合いだったが、セメレー自身の嫌悪する虎獣人の血が、彼女に危険を知らせ、同時にその身体を動かした。

「おう、避けたか」

 一瞬、何が起きたのかセメレー自身にもわからなかった。

ただ本能に従って横っ飛びに逃げたのだが、直後に振り降ろされた刀は、信じられない速度で踏み込んだ一二三の勢いを伴って、セメレーがいた場所に振り降ろされていた。


「ちいっ!」

 正面切りだけで攻撃が終わるはずも無く、逃げ場所を奪うように、的確に突きや払いがセメレーを襲う。

 もはや体勢を立て直す余裕などなく、無様に地面を転がり続ける。

 その間、浅い傷こそ受けているものの、大きなダメージを負わないあたり、彼女の身体能力の高さが窺えた。

 しかし、それにも限界が訪れる。


 一二三の剣線を避けているうちに、壁際へと追い詰められたセメレーは、ようやく立ち上がって武器を構え直す事はできた。

 だが、状況は全く好転していない。

「悪くない動きだった。昔の獣人よりはマシだったな」

「ジジイみたいな事を……それに、あたしは獣人じゃない!」

 怒りに任せた短剣の突きは速いが、それだけに単調でもある。

 一二三が軽く足を引いただけで、切っ先は虚しく空を切る。


 だが、セメレーの狙いは一二三の刀だった。

「おっ」

 同時に付き出された二本の短剣は、そのまま十字に組み合わせて一二三の刀を引っかけ、弾き飛ばした。

「……えっ?」

 セメレーの計算がここで狂う。

 抵抗される事を考えて、相手の手を斬り裂く程の勢いで降りおろし、振り払った短剣は、想定外の軽さだった。

 一二三が、短剣が当たる前から刀を手放していたのだ。


 驚愕の表情を見せながら、セメレーは自分が振り抜いた腕の勢いで、体勢を崩した。

 そこに無手の状態で一二三距離を縮めてくる。

「こ、のっ!」

 伸ばされた一二三の右手に、倒れながらも短刀を振るう。

 だが、逆にその手首を掴まれ、もう片方の腕も合わせて、セメレーは一二三の右腕一本で上半身を拘束されてしまった。

 背中側から片手で抱えられる形になって、足を振っても一二三へは届かない。身体を捻る勢いで、自らの短剣が自分を傷つけているが、それすら気にならない程に焦っているようだ。


「終わりだな。まあ、割と楽しめた」

「や、止め……!」

 一二三の左手がセメレーの首を掴み、捻る様に締め上げると、鈍い音と共に暴れていた身体はあっさりと力を失った。

 解放され、地面へと落ちたセメレーは、首を真後ろに向けられて、完全に死んでいた。

「殺し合いに事情など関係無い。どっちか。もしくは両方が死ぬ。それだけだ」


 戦いが終わった瞬間、遠くからけたたましく打ち鳴らされる鐘の音が聞こえてきた。

 一二三の脳裏に、昔見た空襲の警鐘を思い出させる音だ。

「ひょっとすると、あれか?」

 本来の目的を果たせるかも、と思った一二三は、セメレーの死体を闇魔法で

収納し、刀を拾いあげて納刀すると、近くの建物へと向かった。


 そこには、こそこそと一二三の様子を窺うホーラント兵の姿がある。

「お勤めご苦労。で、この音は敵襲を知らせる鐘か?」

「な、なんで……」

 あっさりと、まるで以前から知っていたかのように話しかけてきた一二三に、監視役の兵士は疑問を口にした。

 彼にしてみれば、一度も振り向いていない一二三から、感づかれているとは思いもしなかったようだ。

「規則正しい歩幅で歩いてい来る奴が、ずっと同じ距離で後ろから来てるんだ。尾行だと大声で言っているのとかわらん。それよりも、質問に答えろ」

「……て、敵襲なのは間違いない。ホーラント王城側の門からの警報だ」

「そうか」


 背を向けて、戦場となるらしい町の入口へと向かいながら、一二三はあれこれと考えていた。

「しばらくは高みの見物でもしておくか」

 そして、気が乗れば飛び入り参加をすれば良い、と一二三は考えていた。

「しかし、人間と獣人のハーフがいるのか」

 フォカロルや、ここまでの移動中には見かけた覚えがない。あるいは、見た目がどちらかに寄っているだけで、気付かな方可能性もあるが。実際、セメレーもなんとなく虎っぽい顔つきと、目を見開いた時の瞳の雰囲気が人間とは違って見えた事から、なんとなくそうだと思った程度だ。


「ま、待て!」

 後ろから、先ほどの監視が声をかけた。

 一二三が振り向くと、腰の剣に手をかけて、一二三へと近付いてきている。

「さすがに、目の前で殺しがあれば見捨ててはおけん。事情はあるのかも知れんが……」

「で?」

「なに?」

 一二三は、聞き返してきた兵士にため息を吐いた。

「俺は今から戦場見物に行くんだよ。お前らの都合で邪魔をするな」

「ぐ……。私はホーラントの兵として、この地域の……」

 言いさした所で、兵士の首が胴から離れた。

 威嚇の為か、兵士がわずかに剣を鞘から抜いた瞬間、一二三が放った抜き打ちの一撃が、兵士の首を刎ねたのだ。


「剣を抜くと決めたなら、迷うなよ」

 刀身の血を拭った懐紙を放り捨て、一二三は戦場へと向かって再び歩き出す。

 ハーフに付いても考えたが、すぐに答えが出る物でも無いので、頭の片隅へと追いやった。

 今から始まる闘争の時間の方が、一二三にとってずっと大切で優先すべきものだと確信していたからだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


【お知らせ】

間が空きまして申し訳ありません。

今回より隔日0時更新となります。

よろしくお願い申し上げます。

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