176.手向けとして
176話目です。
よろしくお願いします。
今回は遅くなりまして申し訳ございませんでした。
「……違う!?」
驚きと共に、小屋の壁に耳を当てていたオリガは小屋から素早く離れた。
直後、小屋ははじけ飛ぶ。
「罠!」
誘い込まれたことを知ったオリガは、素早く周囲に索敵の魔力を流し込もうとしたが、爆風が吹きすさぶ周囲を正確に把握することはできなかった。
迷っている暇はない、とオリガは隠れていた茂みの方へと飛び跳ねるようにして退避する。
その足元に火炎弾が撃ち込まれ、足元がふらついたオリガは側転して次の攻撃を躱す。
「オージュ……!」
「急所は外したみたいね。でも、これでわたしが有利になった」
オリガは足首を怪我しており、膝を突いた状態でオージュが姿を見せるのを待った。
しかし、爆発を起こし、今は炎上している小屋の方からオージュの声だけは聞こえていても、姿は見えない。
オリガが周囲の空気を使って位置を探ろうとするのだが、立て続けに小さな火炎が吹きあがり、周囲の空気や温度はかき混ぜられてしまう。
「くっ……」
「やはり狙った通りね。風魔法の達人で空気の扱いに関して右に出る者はいないと聞いていたけれど、頼りにしている空気が炎で動いていると索敵もできないのね」
オージュは自分の考えが確信に変わったことに喜びながらも、移動をしながら火災を増やし、範囲を広げてオリガを半包囲していく。
時折自分を狙った火球や火柱が発生するのを、機動力を奪われたオリガは片足を使って飛び、転がるように移動しながら辛くも躱していく。
姿を隠したまま、嬲るように体力を削るのを狙っているのは明らかだった。
オリガは風魔法による刃を作り出し、見えない場所を数か所攻撃してみたが、手ごたえは無い。
いくつかの刃は火球によって相殺されてしまったが、消された刃もランダムで、オージュの位置を推測することはできなかった。
「貴女が風魔法の達人なら、火魔法で私の右に出る者はいないわ」
小屋が燃え上がり、周囲に残っていた木製の道具や炭も火が点いたことで、オージュはそれらの炎を操りオリガよりも有利に魔法を展開できていた。
オリガは鉄扇を掴み、火球を叩き落として再び転がる。足元が定まらないので、そうしなければ火球の威力を逸らせないのだ。
「そのまま、いつまでもつかしらね?」
「一つ、確認ですが」
すでに肩で息をしている状態のオリガだが、落ち着いた声で問う。
「小屋の中には、確かに数人の人物と一人の赤ん坊がいました。彼らはどうなったのです?」
「安心して良いわ。ハジメちゃんとは“違う”から」
オージュの言葉に少しだけ安心したオリガだったが、自分のそういった心の動きが事故に対する嫌悪にもなる。
「違う、というのは……」
「言葉の通り。別の赤ん坊よ」
オージュはオリガの追跡に気づいていた。
冒険者との接触以前、途中の町でオリガの存在を偶然だが目にしたらしい。
その時はオリガの執念に心底驚いたオージュだったが、逆にオリガを誘い込むことを決意する。
「手紙を使って先に部下たちを向かわせて子供とその親を攫って小屋に閉じ込めて眠らせておいたのよ」
そして、オージュは何食わぬ顔で小屋へ入り、自分は小屋の地下に潜り込んで小屋を爆発させたという。
「しっかり引っかかってくれて助かるわ。親子もわたしたちの役に立てたのだから、きっと良い死後を迎えられるわね」
「そういうことですか……」
「怒ったかしら?」
「いえ。それだけ貴女が必死だったということは理解しています。戦いは非情な方が有利であることも承知の上……いえ、怒っていますね」
オリガは大きく息を吐いて、自分の服を一部引き裂き、血が流れる足首に巻き付けた。
「易々と誘い込まれた自分の愚かさと、他人を巻き込んでしまった自分の迂闊さに」
怪我の痛みをこらえ、オリガは両足でしっかりと立ち上がる。
剥き出しとなった右腕には、しっかりと魔法媒体のナイフが固定されていた。
「貴女が犠牲になった親子の冥福を祈るなら、私は私なりに親子への手向けを用意しましょう」
鉄扇を片手に、右足を前にオリガは構える。
「貴女の命を添えて、彼らへの手向けとしましょう」
オリガは冷静になっていた。
痛みは感じるが、もう思考の邪魔にはならない。ただただ、オージュをいかに殺すか。それだけに彼女の思考は向かっていた。
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