172.戦いの用意は始まっている
172話目です。
よろしくお願いします。
ウィルの目が覚めた時、ベッド傍に置かれた椅子にはヴィーネが座っていた。
「あ、目が覚めましたか!」
「ヴィーネ……? 痛たたた……」
痛みで自分が何をやったのかを思い出したウィルは、ヴィーネの手を借りて上体を起こしただけでも眩暈を覚えた。
「大丈夫ですか?」
「頭がぐらぐらする。……喉が渇いた」
水差しからカップへ注がれた水をヴィーネが飲ませると、ウィルは人心地ついたように小さく息を吐く。
「城に戻ってきたみたいだけれど……結局、どうなったの?」
自室のベッドであることを改めて確認したウィルの問いに、ヴィーネは一二三と共に亜空間から脱出した時のことを話した。
「わたしには理屈はよくわからないんですが、ご主人様が何か魔法陣を描いたら、ウィルさんの魔法陣に繋がったらしいですよ」
「あたしのは“魔法陣”じゃなくて“魔導陣”なの。そこを間違えないで。……水はもう良いわ。ありがとう」
どういたしまして、と水差しをテーブルへ戻したヴィーネは、さらにオリガを追って一二三も出て行ったことを伝える。
「あら、あの男にも父親としての責任感があったのね」
「ご主人様は最初からお優しい方ですよ?」
ヴィーネの反応にウィルは疑いの目を向ける。
「……洗脳でもされているの?」
「そんなわけないですよ」
ウィルはそこそこ本気で疑っていたのだが、ヴィーネは冗談だと受け取ったらしく、ころころと笑っていた。
「あれだけたくさんの人を殺しておいて、優しいとか……冗談でしょ」
「うーん、とですね。なんというか、うまく整理できないんですが」
ヴィーネが両手を振って何かの形を作ろうとしている。恐らくは言い表せない何かを伝えようとしているのだろうが、その間抜けな動きが余計にウィルを混乱させた。
「とりあえず、思ったことを言いなさいよ」
「敵じゃなければ優しい、ですかね?」
聞かれても困る、とウィルは苦笑したが、なんとなく言いたいことはわかった。
オリガから自慢話のように何度も聞かされたことだが、一二三は領主として実に優秀だったらしい。
聞いた話を整理していくと、決して彼自身に政治の才能が有ったというわけではなく、単に有能な人材を見繕って配置することが上手だっただけのようだが。
「ご主人様は単純なんです」
と、ともすれば悪口とも取られかねないことをヴィーネは言う。
「殺す相手は“敵”という条件をちゃんと決めておられて、それ以外に対しては普通の人より優しいくらいなんですよ」
説明できましたという顔でふふん、と鼻を鳴らすヴィーネ。
「それがわかっている相手は敵対せず、味方になるか距離を取るか、ということね」
ウィルは小さく呟いた。
耳の良いヴィーネにも聞こえていたが、彼女は何も言わない。
「とりあえずあたしはもう少し寝ておくわ。あんたはどうするのよ。一二三たちを追いかけて行くの?」
「そうしたいのはやまやまですけれど、ご主人様から受けた仕事があるんです」
ヴィーネは立ち上がり、ウィルの胸元に布団をかける。
「仕事?」
「はい。五年後の戦い……他の国次第ではちょっと早まるかもしれませんが……それに備えて、軍の訓練を行います。その指揮を執るのです」
えへん、と胸を張ったヴィーネに、ウィルは不安げな目を向けた。
「あんた……それで良いの? 他の国全部と戦うかも知れないのに……今度こそ死ぬかも知れないのに」
「違いますよ。死ぬかも知れないから、そうならないように訓練するんです」
なるほど、とウィルは思った。
しかし、納得したのはヴィーネの言葉についてではない。
ヴィーネの考えが、すでに一二三によって完全に汚染されていることを納得したのだ。
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