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17.公然の秘密

17話目です。

よろしくお願いします。


※お知らせ

 諸事情により三日前後更新をお休みさせていただきます。

 ご迷惑をおかけいたしますが、なにとぞご了承のほど、

 よろしくお願い申し上げます。

 華美な装飾が施された馬車が止まり、そこから顔を覗かせたウェスナーを見た時点で、プーセとヴィーネは一瞬虚を突かれたように固まった。

「あ……」

 伯爵邸の前で、馭者が降りてきて敷地内を馬車が通る旨を番兵に伝えたところで、ウェスナーは間抜けな声を出してから、ヒクついたぎこちない笑いを浮かべた。

「これは、プーセ顧問と英雄の従者様。このような所で何を?」

 何か警戒でもしているのか、それともその必要も無いとでも言いたいのか、馬車から降りようとはしないウェスナーに、プーセは文句の一つも行ってから捕まえようかと踏み出したが、ヴィーネが袖を掴んで彼女を止めた。

 見ると、片方だけの長い兎耳がぴくぴくと動いている。

「こっちを窺っている人がいます。二人組で、わたしたちが彼と接触した事を怪しんでいるようです。ひょっとすると彼の仲間かも知れません。トラブルが起きたと見せるより、屋敷の中まで引きこんでからにしましょう」

 そっと顔を寄せて、小声で提案されたヴィーネの言葉に、プーセは頷いた。

「ああ、失礼しました。少し領主様とお話しようと思って伺いました。シクと合流する為に、ここで待っております」

「そうですか。では、失礼」

 さっさと話を追わらせたウェスナーは、馬車を進ませて屋敷へと向かった。

 中央省庁でもある領主館の周囲には一般の人々も多く、当然門の内側にも多くの人が出入りしているのだが、番兵が呼びかけ、馬車は人込みをかき分けるように進んでいく。

 人々は、口々に領主の息子についてあまり良く思っていないような話をしているが、最終的には「彼は貴族だから仕方ない」という認識で従っているらしい。

「ヴィーネさん、まだこちらへの監視は続いていますか?」

「はい」

「それじゃ、その人たちを捕まえるか、どこに住んでいるか後をつける事はできますか?」

「戦うよりは、そっちが得意ですね」

 あはは、と自虐を交えた笑みを浮かべ、ヴィーネは人込みに紛れながら監視の視界を切る為に、近くの建物の裏へと回り込んで行った。

 そして、プーセの方は館へと向かう。

 正面からでは無く、ウェスナーが入って行った建物の横にある、伯爵たち専用の入口へと。


 プーセがその入口の前に立ち、ノックをするとすぐに使用人の一人が顔を見せた。

「オリガさんの同行者です」

 中年男性の使用人は、ちらりとプーセの尖った耳を見ると、すぐにドアを全開にして迎え入れた。

「プーセ様ですね。どうぞお入りください」

 話はちゃんと通っていたようで、プーセは礼を言いながら入ると、使用人の案内で三階のウェスナーの部屋へと向かう。

「ひゃあ!」

 階段を上っていると、上から小さな悲鳴と誰かが倒れるような音がして、ウェスナーが血相を変えて駆けてきた。メグナードやギルド長、そしてオリガが自分の部屋の前に居るのを見て、慌てて逃げたのだ。

「どけっ!」

 悪態と共にウェスナーの右手が、階段で鉢合わせになったプーセを押しのけるように伸ばされたが、つい、と身体を引いたプーセには触れる事すらできなかった。

「観念しなさいな」

 プーセが床についた杖の先から魔力を伸ばし、一瞬でウェスナーの足元に小さな魔法障壁を作ると、慌てていた彼は残り五段ほどの階段を、足では無く胸や顔で降りて行った。

 突き当りの壁に激突して、気を失ったようだ。

「ぼ、坊ちゃま!?」

 案内していた使用人は慌てているが、プーセは見た目で大した怪我はしていないと判断できたので、白けた顔でそれを見下ろしていた。

「誰かと思えばプーセさんでしたか」

「オリガさん。ウェスナー様が逃げようとした、という事は……」

「ええ。後ろ暗いところがあるようです」

 オリガがひらひらと見せたのは、先ほど見つけた“隠し蛇”とのつながりを示す文書だ。

「ところで、どなたかが倒れたような音がしましたが……まさか、メグナード様に何かあったのですか?」

「メグナードに詰め寄ったウェスナーが、私の顔を見て逃げ出す際に、進路にいたギルド長に殴りかかったのです」

「大変! すぐに治療をいたしましょう」

「ああでも、倒れたのは彼女ではありませんよ。流石はギルドの長。身のこなしはまだまだ現役にも劣りませんね。ウェスナーの拳など、いとも簡単に避けてしまわれましたよ」

 オリガは、元冒険者として誇らしい事です、と嬉しそうにしている。

「それでは、倒れたのは?」

「ギルド長の後ろでぼんやり立っていたワイズマンです」

 ギルド職員の癖に情けない、とオリガは吐き捨てるように言った。


 使用人は困惑していたが、メグナードの指示により気絶したままのウェスナーは拘束され、建物内にある留置室に放り込まれる事となった。

 今は誰もいないので都合が良い、というとで鉄格子の中に放り込まれたウェスナーだったが、今度は彼を見張る者がいない事が問題となる。何しろ、オリガを始めとした全員が、フォカロルにいる兵士達を疑っているのだ。

「では、兵士には見張りのみやらせて、鍵は私が持っておきましょう」

「私が預かります」

「……わかりました」

 結局、留置室の鍵はオリガへ渡された。

 メグナードは、雰囲気的にも実力的にもそうだが、義理の母であるアリッサの養母という立場のオリガには、全く抵抗する気すら湧かなかった。あるのは、畏敬の念と畏怖の念が半々だったのだが。

 そして、屋敷内の談話室に集合し、プーセが門の前での出来事を説明し、隠し蛇への対応を話し合おうというところで、ヴィーネが戻ってきた。


「怪しいお店?」

「そうです、そこに入ったので、すぐ知らせようと思って」

 ヴィーネは、二人の監視が歓楽街にある一軒の店へと、裏口から入って行った事を伝えた。慣れた雰囲気で入って行ったので、店の関係者だろうと考えたヴィーネは、店の表にある看板を確認して戻ってきたらしい。

「怪しい、とはどういう意味でしょうか?」

 何か思う所があるのか、ギルド長が鋭い視線を向けてヴィーネに尋ねる。

「飲み屋さんなんですけど、布が透けるほど薄いドレスを来た女性が立っていて、でも客引きって感じじゃないんです。誰にも声をかけないし、逆に話しかけてきた男性を追い払ってしましたよ。それに、二人の男が入った裏口もそうです。見た目は板張りの壁にしか見えない所に、押すと開く取っ手があるんです」

 まだ昼の時間なのだが、人が多い分、フォカロルでは昼から飲んでいる人口もそれなりにいる。歓楽街は夜の方が当然賑わっているが、昼間に酒を出す店も多い。

「店の名前は?」

「“ユシェール”と看板に書いてありました」

 ヴィーネの答えを聞いて、ギルド長は大きく頷いた。

「一度ギルドが調査をした店です。その時は目ぼしい成果はありませんでしたが……裏口があったのですね」

 ギルド長は、ヴィーネの発見を現地で確認できたら、情報料を支払う事を確約した。また、このまま隠し蛇の主だった人物を捕える事が出来れば、報奨金も支払われる。

「本当ですか! 奥様、ご主人様が帰って来る前に、何か美味しい物でも用意しましょう」

「良い考えですね、ヴィーネ。では、不埒な連中は早々に片付けねばなりませんね。時間もお昼ですから、途中で何か食べて行きましょうか」

「賛成です!」

 唖然としている伯爵たちを尻目に、オリガとヴィーネは立ち上がり、部屋を出ようとしている。

「お、お待ちくださいオリガ様! その、昼食を食べている間に、逃げられる可能性が……」

「メグナードさん。アリッサから何を教わったのですか。いつ死ぬかわからないという気持ちを忘れる事の無い一二三様は、戦いの前こそ、しっかり食事をされています。逃げるなら追えば良いのです。小物を前に慌てる事こそ、恥ずべき事と知りなさい」

 オリガは自信満々で披露しているが、別に一二三はそこまで考えているわけでは無い。殺し合いが日常の中にあるので、別に食事が入らないとか我慢したりとかの発想が無いだけである。

 それに気づかず、ヴィーネもしたり顔で大きく頷いている。

「では、私は行きます。ついてくるならお好きに」

 プーセとギルド長は同行し、メグナードとシクは兵を用意して後を追う事となった。気を失っていたワイズマンも復活し、ギルド長からの叱責を受けた後、ギルドへ戻って応援を呼ぶ事となった。


☆★☆


「着いた……けど、すごい都会。迷子になりそう」

 フォカロルの駅に降り立った一人の少女。マントで全身を覆い、目深にかぶったフードからは、口元だけが見えていた。

「プーセさん。そしてウェパルさん、ね」

 確認するように呟くと、駅を降りてすぐの場所に兵士の詰所を見つけたので、視線を逸らして足早に通り過ぎる。

 声をかけられるような事も無く、駅前の雑踏に紛れて人の流れに沿って店の並ぶ道を歩く。

「すごい。獣人もエルフも、魔人族もいる」

 その誰もが活気あふれる町を行き来し、笑ったり怒ったりしながら、同じ場所で生活をしている。食堂を除くと、人間と同じテーブルで同じものを食べている亜人の姿も珍しくない。

「クラクラする……。色々と自分の中の価値観が壊れそう」

 城で、戦場で、憎き敵として戦い、殺してきた相手が、笑顔で人間たちと交流している光景は、彼女の頭を混乱させるに十分だった。

「とにかく、真実を見つけなくちゃ」

 力が抜けそうな膝を叩き、まだ貧血の症状が残る身体に気合を入れて、勇者ミキはフォカロルの町を歩き続けた。


 彼女がフォカロルへ向かったのは、疑問を解消するためだった。

 ミキがベッドの上から動けない間、用意されたいくつかの本を読んだ時点で思った感想は、「美化されすぎじゃない?」だった。

 いくらなんでも、日本から来た一二三という人物が聖人君主のように描かれていると、違和感を感じる。勇者としてもてなしを受けている身として、現実はこうじゃなかっただろう、としか思えない。

 イメラリアという人物も、年若いうちからやたらと有効な政策を打ち出しているのも気になった。聖女と言われている所以も、もとより持っていた召喚魔方陣を扱い、古代魔法を操れる程の魔力があった事に重ねて、男性との交わりを持たずして子供を産んだ事も理由として書き添えられている。

「これって……」

 ベッドの上で、ミキは眉を顰めて唸った。

「今の王様や王女様の黒い目を見たらわかるよね。この世界、あの一二三って人と私たちくらいしか黒目黒髪がいないし……」

 んん? とそこでミキは首を傾げた。

「あの、知っていたら教えて欲しいんですけれど」

「はい。何でしょう?」

 控えていた侍女に話しかけると、にこやかに返された。

「一二三……さんは、魔人族に封印される前に、結婚してたんですよね?」

「ええ、オリガ様という、今日の魔法体系の基礎を築き上げられたといわれる方とご結婚されたと聞いております」

「それって……」

 ミキは言葉を続けるのを咄嗟に止めた。侍女やその周囲の人物に、一二三の大ファンなり敬虔なイメラリア教徒だという人物は間違いなく存在するだろうからだ。うかつな疑惑は、黙っていた方が賢明だ。

 だが、言葉を少なくした分、頭の中は饒舌になっていた。

 完全に、浮気して子供を作った事を誤魔化してるよね? お姫様は一二三さんに弄ばれたの? 貴族だったから、多妻はいいのかな? でもお姫様は駄目だよね?

 頭の中をぐるぐると疑問が回る。

 ミキの中では、一二三はすっかり手癖の悪い奴になっていた。斬られた事はユウイチロウが簡単に挑発に乗った面もあるので、実際はそこまで気にしていないが、それよりも女性関係の事で嫌悪感を覚える。

「やっぱり、本の内容はイメラリア教や国の都合が良いように変えられてる、と見るべきかな?」

 侍女に聞こえないように小さく呟いた直後、ミキの部屋に一人の訪問者が訪れた。

「具合はいかがでしょうか?」

 ミキが転移して王城へ逃げ帰って来た際に居合わせた、騎士エヴァンスだった。彼は多忙なようで、彼女が静養を始めてから、顔を見せたのは初めてだった。

「ええ。おかげさまで大分良くなりました。私は意識が無かったのですが、ユウちゃ……ユウイチロウから話は聞きました。その節は、大変お世話になったようで……」

 ミキが頭を下げると、エヴァンスは慌てて手を振った。

「いえいえ、頭を下げるなんて、止して下さい。勇者様をお救いできたおかげで、私も昇進できましたので」

 そのお礼も兼ねてお見舞いです、と無邪気に笑う様子を見る限り、ユウイチロウをビシッと注意した人物には見えない。女性の部屋を訪問するのに、わざわざ女性騎士に頭を下げてを同行して貰ったなどと苦笑いしている。

「そう言えば」

 折角騎士が来たので、ふと思いついた疑問を口にしてみた。

「プーセさんとウェパルさんと言う人物をご存知ですか?」

 ミキが質問を口にすると、エヴァンスと同僚の女性騎士は固まった。

「え、と……その名前を、どこで? いや、ちょっと待ってください」

 エヴァンスは侍女に一度外に出るように伝えると、扉が閉まるのを確認してから口を開いた。

「正直に言いますと、勇者様には言わないように、と命令されていまして……」

「ちょっと、大丈夫なの?」

「固い事言わない。勇者様の希望だよ? お応えしなくちゃ」

 手を振って同僚を諌めたエヴァンスは、すす、とミキへと近付いて、声を押えた。

「ウェパル様は魔人族の女王で……した。最近退任されたそうです。プーセ様は、我が国の魔法顧問をされています」

「じゃあ、プーセさ……まにはすぐに会えるんですか?」

「いや~……」

 顔を歪めて頭を掻いたエヴァンスが同僚に目を向けると、女性騎士は背中を向けた。聞かなかった事にするらしい。

「ここだけの話、プーセ様はエルフでして……亜人に対する国の姿勢がご存じの通りなので……ちょっと前に、出て行ってしまわれました」

「エルフ……」

 数は少なかったが、ミキが参加した戦いでも、敵の中にエルフが混じっていた。まさか、そのエルフと同族の人物が城にいるとは思わなかった。

「ん? ちょっと待ってください。エルフが城にいるのは変じゃないですか?」

「これ以上は、私もお答えできません。一応、この国の騎士をやらせてもらっていますから」

 エヴァンスは口ごもった。

 彼の立場もある、とミキは理解を示したが、それでも疑問がある以上、落ち着かない。

 何を言うべきか、と口をもにょもにょさせているミキに、エヴァンスはさらに小さな声で伝えた。

「ただ、噂ではフォカロルという町にプーセ様もウェパル様もおられるとか? そんな話を聞きましたよ。あくまで噂ですから、私は本当の事は知りませんが」


 それから、数分ほど語り合った後、エヴァンス達はミキの部屋を後にした。

「良かったの? あんな事教えて」

「なんの事かな?」

 誤魔化して歩き出すエヴァンスを、ふくれ面をして女性騎士が追う。

「何を考えてるのよ」

「別に。ただ、勇者様に本当の事を隠しているのは、良心が咎めたってだけだよ」

「……どうなっても知らないわよ」

「どうなるだろうね。それにしても、隊長はまだ帰って来れないかね……あ」

 はた、と立ち止まりエヴァンスは顔色を変えて引き返した。

「勇者様が万一フォカロルで隊長にあったら、バレちゃうね。ちょっと口止めしてくる」

 小走りで廊下を戻るエヴァンスに、女性騎士はため息を吐いた。

お読みいただきましてありがとうございます。

ちょっとだけ間が空きますが、次回もよろしくお願いいたします。

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