169.脱出へ
169話目です。
よろしくお願いします。
「あーっはっはっは!」
一二三は思う存分状況を楽しんでいる。
巨大なモンスターを倒した兵士たちは勢いづいており、瓦解して逃げ出そうという動きは無かった。
誰もが血走った眼で一二三を目掛けて殺到し、そして死んでいく。
いや、ただ死ぬのではない。一二三の相手として、彼の心を満たすために死んでいく。
「うぬぅ!」
勢い込んで身体ごと槍を突き付けてきた兎獣人の男は、一二三の持つ短刀の峰で槍先を救い上げられ、がら空きになった胸に刃を突き立てられた。
「おのれ……」
憎悪の目が、光を失っていく。
それを真正面から見ながら、一二三は手首の無い左腕を振るって、後ろから爪で攻撃してきた虎獣人の手のひらに肘を打ち当てた。
「あぐっ!?」
衝撃で手首を砕かれた虎獣人は、たたらを踏んでいる間に脳天に追撃の肘を受けて昏倒する。
倒れた虎獣人を数人の兵士が踏みつけ、味方を踏み殺したことにも気づかず次々と一二三へ迫ってきた。
「こいつは魔法を使わない! 全員で押しつぶせ!」
ずっと観察していたのか、それとも一二三のことを調べていた人物なのか、誰かが一二三の弱点ともいうべきことを口にした。
「使わないわけじゃないけどな」
と、一二三は足元に闇魔法の収納口を展開した。
「うおっ!?」
生き物は入れないが、無機物は通す。靴底を吸い込まれ、僅かな段差にバランスを崩し、自分に向かってくる相手を一二三の短刀が斬り裂いた。
「どの程度残すかな」
最初から、全員を殺そうとは考えていない。
彼らの憎悪をしっかりと自分へ向けたところで、そして今の一二三の強さを十二分に伝えたところで撤退する。
そうすることで、五年後の戦いに“目標”を作らせるのだ。
減らしすぎては敵の力が弱まってしまう。かといって、残しすぎても甘い見積もりで攻めてくるかも知れない。
「とはいえ、そう余裕があるものでもないな」
ちらり、と一二三がウィルを抱えるヴィーネを見た。
怪我をしているウィルは言うまでもなく、ヴィーネの方も休息をとったとはいえ疲労は残っているだろう。
とはいえ、左手が無い状態で武器も短刀や寸鉄などリーチが短い物しか残っていない。
敵の剣を奪うという手もあるが、と一二三はふと自分の足元にも魔導陣があることを思い出した。
特殊な塗料からは魔力がすっかり抜けきっているようだが、塗料そのものは溝の中に残っている。
「ひょっとすると」
一二三は城内で自分の魔力が籠ったパウダーで魔導陣を作ったことや、以前に魔導陣へ魔力を送るのにパウダーで形作られた左手を伸ばして使ったことを思い出した。
膝を突いた一二三が、どん、と左手首を魔導陣の一部に押し付ける。
「今だ!」
一二三が疲労で膝を突いたと思ったのか、殺到した兵士が短刀で切り刻まれた直後、さらにその周囲にいた兵士たちもバラバラに切り刻まれた。
「ご、ご主人様?」
「ボチボチ町を出るぞ。ウィルを背負ってついてこい」
ヴィーネが尋ねたかったのはそういう内容ではなかったが、ウィルを助けるのに異論はもちろん無い。
「わかりました!」
と、とりあえず一二三の異変には目を瞑り、ヴィーネはウィルの軽い身体をひょい、と抱えあげた。
背中に背負っていると攻撃を避けることができないので、胸の前に横抱きにする形だ。
「さぁて、これの使い心地を試してみるか」
一二三は、左手から四方八方に伸びる魔力塗料をぐりぐりと変化させながら、刻まれた死体によって舗装された道を進み始めた。
お読みいただきましてありがとうございます。
申し訳ありませんが、活動報告に書いた通り小さなお店を開業します。
間もなくプレオープンでばたついているため、数日更新をお休みします。
なるべく早く再開しますので、次回もよろしくお願いします。




