167.天才魔導陣使いの決断
167話目です。
よろしくお願いします。
一二三が死臭漂う城の中で記憶に残る魔導陣の文様を思い出す作業に没頭していた頃、ウィルは城があった場所へと降り立っていた。
「とんでもなく大規模ね。でも……雑!」
オリガからの訓練もあって、魔力の残滓はある程度感じ取ることができるウィルにとって、ぽっかりとクレーターが残る城跡は異質な雰囲気に包まれていた。
魔力ごとごっそりと空間がえぐり取られた場所には、先に空気が入り込み、ゆっくりと周囲から魔力が流れ込んでくる。
通常、魔力が存在しない場所などほとんどない。違和感を覚える身体にしかめ面をしながら周囲の様子を確認していたウィルは、その状況が異世界への召喚と似た状況だと気付いた。
だが、やり方はウィルの魔導陣に比べて荒っぽい。
「恐らく、どこにも行けてないんじゃないかな……」
転移の途中、どこの場所でもない空間というのはウィルにもどうなっているか想像がつかない。放り出された即死するかも知れない。
何もない真っ暗な空間なのではないか、と思っているが、そんな場所に放り出されたら、自分ならすぐにおかしくなってしまいそうだ。
「頭が変に……ん?」
腕を組み、ウィルは自分の言葉に首を傾げた。
「一二三はとっくに頭おかしいんだから、心配ないかも?」
オリガが聞いたら激怒しそうな言葉を吐いて、ウィルはポーチを探る。
「一二三はともかく、ヴィーネも巻き込まれているみたいだから急がないと……」
虚無の空間からの呼び出しは未経験だが、一二三とこの世界をつないだことはある。
「あたしは天才魔同人使いだもの! できないことは……きゃぁっ!?」
すぐ近くに、一抱えはあろうかという岩石が落ちて来た。
驚きに蒼白になった顔でウィルが見上げると、くぼんだ城跡の周囲に兵士たちがひしめいていた。
「な、なんで……」
兵士たちの向こうに見える巨体を持つ骸骨のモンスターは町中で悲鳴を上げており、轟音を上げて飛来する火球が岩石を受けてよろめいている。
大きな左手を駆る騎士は、多くのロープにがんじがらめにされて、もがくように戦っていた。
そして今、上空を飛行しているモンスターに対しても、魔法攻撃が飛んでいる。
攻撃を受け、血を流しながらもモンスターはウィルの周囲を離れず、彼女に飛んでくる攻撃すらも尾や羽根で叩き落して守っていた。
「あんたたち……」
気付けば、ロープを引きちぎった左手乗りの騎士もウィルを守るかのように城跡近くまで近づき、兵士たちを蹴散らしている。
モンスターがこれ以上増えていかないというのが分かったのか、一時撤退した獣人族兵士たちが、魔人族やエルフの兵から魔法攻撃による援護を受けてモンスターに対して反撃を仕掛けているらしい。
元より数の上ではソードランテ兵士たちの方が圧倒的に多い。正体不明のモンスターが出たことと城を失ったことで混乱したが、それが回復したようだ。
「ど、どうしよう……」
迷っているウィルだったが、彼女を守るために奮闘しているモンスターを見て、自分の頬を叩く。
「なんとかする! なんとか!」
ポーチから道具を次々と取り出し、ウィルは地面に這いつくばった。
「あたしならできる! 天才なんだから……!」
太い鉄筆のような道具を手に、慎重に地面へ溝を掘っていく。
それは、彼女がこれまで大量に作ってきた召還のための魔導陣図形に酷似していた。だが、対象を指定する部分だけが違う。複雑であり、一二三という人物を指し示す魔力の特徴が刻まれている。
「まだ成功したことは無いけれど……」
自信はある、とウィルは手を動かし続ける。
がりがりと地面を削る間、周囲では兵士たちの悲鳴とモンスターの雄叫びが響き、時折ウィルの近くに何かが落ちて来た。
それは防御から漏れた魔法攻撃であったり、誰かが手放した武器であったり、その誰かであったりした。
それでも、ウィルは自分が召喚したモンスターを信じ、ひたすら魔導陣を描き続ける。
そして、刻み終えた魔導陣に、用意しておいた特殊な魔力吸収性能がある塗料を注ぎ込んでいく。
念のために持っていた分であり、量はあまりない。
ゆっくり、慎重に注いでいく。
すぐ近くに、左手に乗っていた騎士が墜落してきた。
鎧はあちこちがひしゃげ、焦げが付いている。腰から下は乗っていた左手とつながっているはずの部分から腸の様な肉がいくつも伸び、ぴくぴくと震えている。
ちらり、とウィルが上をみると、大きな左手が大量の件や槍で貫かれていた。
その向こうで、心なしか高さが下がった様子の骸骨が暴れている。
時間がなさそうだ、とウィルは直感した。
自分を守るモンスターたちもそう長くは持たないだろう。しかし、困難はまだある。
「……もうっ! どうしてもっと持っていなかったの!」
ウィルの叱責が向いているのは自分だった。塗料が魔導陣を描く途中でなくなってしまったのだ。
本来はもっと簡素な魔導陣を即席で作るための携帯分で、そのための量しかない。
最低限の量だけを使って描いているとはいえ、複雑な魔導陣を作り上げるには量が足りなかったのだ。
「何か、魔力を流せる液体は……」
ふと、ウィルの目に先ほど落ちて来た騎士型モンスターの死体が映った。
その身体からは血のような液体が流れている。
もしそれが血液と同じであるならば、魔力を流す媒体になるはずだ。人の身体は魔力を保つタンクになる。その中で液体として流れる血液ならば使えるはずだ。
しかし、ウィルが手を伸ばそうとした瞬間、騎士の身体はかき消えてしまった。
彼女が見上げると、先ほどの倍はあろうかという数の武器に刺し貫かれた左手も消えていっている。
遠くに見える骸骨には血液は流れておらず、身体に少しずつ残っている肉は、腐りきって使えない。
「あとは……」
見上げると、傷を負いながらもウィルを守る飛行型のモンスターの姿。
しかし、そのモンスターに下りてきてもらって血液を貰うような余裕は無い。
「仕方ないわね……。一二三、帰ってきたら色々と借りを返してもらうからね!」
ふん、と大きく鼻から息を吐いて、ウィルは早鐘のようにうるさい鼓動を押さえながらポーチを探り、小さなナイフを取り出した。
☆★☆
「うん?」
思い出しながら書き足していた魔法陣に魔力を通して試していた一二三は、何かが“つながった”ような感覚を覚えた。
「これは……成功した、のか?」
一二三にしては珍しく断定できない様子で首をかしげる。
自分の魔力が何かを発動しているというよりは、自分の魔力が何かに反応しているような感覚だった。
それと、身体の中に感じる奇妙な感覚には覚えがある。
「召喚か」
道場から呼び出されたとき。そしてウィルがいた世界へと転移したとき。この世界へ戻ったとき。経験で言えば一二三ほど世界を越えた回数が多い者はそういないだろう。
「どこに飛ばされるかわからんが、ここにいるよりは良いだろう」
疲れ切っているのだろう、未だに眠っているヴィーネの身体を抱え、召喚の瞬間を待つ。
待つ間に、頭の中に自分が今持っている武器を思い浮かべる。ゆっくりと光り始めた魔導陣の中で、手首から先が失われた左手を見る。
「うーむ。どうにか新しいのを調達しないと、不便だな」
もちろん、日常生活についてではない。
一二三はただ、戦うのに不便だと言っている。
「まあ、不利は不利として、楽しむとしよう」
願わくば、戦いが待っている世界が待っていれば、と一二三はヴィーネをしっかりと抱えたまま召喚に身を任せた。
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