165.人質として
165話目です。
よろしくお願いします。
「ちっ! 小さいくせに、なんて力なの!」
ガントレットでオリガの鉄扇を受け止め、金属が擦れる音を響かせながら耐えているオージュは、右足でオリガの腹を蹴り飛ばして距離を取る。
「小さいは余計です」
自ら下がることで蹴りの威力を殺したオリガは、自分と入れ替わるように背後から風の刃を飛ばした。
「あたしにも魔力は見えるのよ」
見えるという表現はやや間違いだが、一二三やオリガ同様、オージュも魔力の流れを感じることはできた。
その感覚を頼りに見えない風の刃をガントレットで叩き落し、お返しとばかりに火球を飛ばす。
こぶし大の火球が四方からオリガへと襲い掛かる。
前へ後ろへと身体を移動させながら鉄扇で叩き落としていくオリガは、同時に次々と風の刃を生み出してはオージュを襲った。
「器用な真似をするわね……!」
互いに武器を使って防御をしながら魔法で攻撃を加えるという状況だが、オージュの方が不利だった。
身体を動かしながらも魔法の風を縦横無尽に操るオリガに対し、防御の動きをする時には火球をコントロールできないオージュ。
火球の数と発動の位置を工夫することでどうにか拮抗している状況を作っているが、細やかな部分でオージュの方には“粗”が見えてくる。
「ワンパターンです」
火球の動きを見抜いたオリガが、鉄扇で弾くことなく火球の隙間を潜り抜け、風の刃と共にオージュへと迫る。
「そう来ると思ったわよ!」
と、オージュは近づいてきたオリガの足元、地面から火球を飛び出させた。
予め地中で生み出していた火球だったが、そのせいでオリガには気付かれている。
自分の足と火球との間に圧縮した空気を挟み込んだオリガは、火球の勢いに乗って飛翔する。
「信じられないことをする! でも、飛び上がったなら串刺しにするだけよ!」
吐き捨てるように言いながら、オージュは片手で風魔法に対応しながら、もう片手のガントレットを使ってオリガの迎撃を試みた。
「そう簡単にはいきません」
オリガは自分に向けて突き出された腕の上を転がるように避け、腕を絡めとりながらオージュの背中側に着地した。
その細い腰の上に、オージュも腰を乗せて海老反りになった形だ。
「ああっ!」
悲鳴と共に、何かが折れる音が響く。
後ろ向きに投げ飛ばされ、地面へ激突したオージュは、痛む腕に顔を顰めながらも素早く立ち上がり、オリガから距離を取った。
「はぁ、はぁ……」
「倒れたままにならなかったのは、流石と言ったところですか」
「褒められても、嬉しくないわね」
オージュは治癒魔法が得意ではない。このまま暢気に折れた腕を治療していては、オリガの風魔法でズタズタに引き裂かれるだけだろう。
「どうにか立っているようですが、次で終わりです」
「そうね。終わりにしましょう」
と、オージュはオリガが足を踏み出そうとしたところで、巨大な火球を生み出し、頭上に浮かべた。
激しい熱気が、周囲の温度を一気に引き上げる。
「無駄です。私にはその程度の火球を避けるのは難しくありません」
「貴女はそうでしょうね。でも、ハジメはどうかしら?」
ハジメの名前が出たことで、オリガは眉間にしわを寄せた。
「ここから、火球を当てるつもりですか? しかも貴女の仲間も巻き込まれるでしょう」
オリガは言いながら、改めてハジメを乗せた馬車がまだ数キロ先にあることを探知している。
「当てられるわ。退避のルートはあたしが指定したものだから、その道を辿れば確実に当たる。これだけ大きければ、道のどちらに寄っていても確実よ」
息を荒げながら、オージュは続けた。
「部下の命なんて、この場であたしが無事に離脱できるならいくらでも見捨てるし、あたしが死ぬくらいなら、任務の失敗はどうにでも挽回できるもの」
「……」
言葉を発することなく、睨みつけるオリガをオージュは薄く笑みを浮かべて見ている。
「手出ししない、ということで良いかしら?」
「……」
オリガは答えない。
「そのまま黙っていてね。攻撃されたら、うっかりこの火球を飛ばしてしまいそうだから」
舌打ちが聞こえる。発したのはオリガだ。
「その表情」
オージュはゆっくりと後退りながら、折れていない腕でオリガを指差す。
「どうやったら、この火球を止められるか考えているでしょう? 無駄よ。あたしの魔力の大部分を込めているもの。魔力で追跡のための道も作ったから、あたしの制御を離れた瞬間、何があっても馬車を焼き尽くすまで止まらない……いえ、予定のルートを全て真っ黒に焦がしていくわ」
「絶対に許しません」
絞り出すようなオリガの声が響く。
「ここを逃げ遂せたとしても、すぐに貴女を見つけ出し、相応の報いを与えます。そして、ハジメに何かするというのなら……楽に死ねると思わないことです」
金属がきしむ音が聞こえ、オージュが視線を向けると、オリガの手の中で鉄扇が歪んでいた。
「貴女の顔は憶えました。声も。魔法も。魔力の特徴も憶えました。私の近くで魔法を使えば、すぐにわかります。すぐに殺せます。これから先、怯えて暮らしなさい。いつどこで、どこから襲われるかわからないまま、食事のときも、眠るときも、周囲に充分に警戒しながらにしなさい。どうでなければ……」
再び、鉄扇が歪む音が響いた。
「すぐに死ぬことになりますよ」
固唾を飲み、オージュは頭上の火球による熱さではなく、緊張による汗を流しながらどうにかオリガを振り切って離脱に成功した。
☆★☆
オルラの主敵に対して、このまま餓死を待つほど彼女の部下は気長では無かったし、自分たちの方が先に力尽きる可能性を考えると、じっとしてはいられなかった。
謁見の間にいた者はもちろんのこと、部屋の外で残っていた者たちもまた、オルラの死後、一二三に対して殺到した。
それこそ一二三の望むところであったのだが、一度勢いがついた攻勢を止めようとする者は存在しなかった。
「死ね!」
「これじゃあ死ねないな」
勢い込んで振り下ろされた爪の攻撃を、手首を掴んで脇へ逸らすことで避けた一二三は、短く答えながら相手の胸へと膝をたたき込んだ。
メキメキと骨が砕ける音が聞こえ、血反吐を吐いて倒れた獣人を踏み越えるようにして、次の敵が一二三へと迫る。
「数だけはいるな」
獣人が多いが、エルフなども含まれており、時折魔法攻撃も来る。
雷撃が来るのに対して方向を予測して素早く避けながら、近くにいた敵を引き寄せて避雷針代わりにする。
倒れる敵の陰から滑るように飛び出し、一二三が持つ寸鉄が雷撃を放ったエルフの頭部を叩き潰した。
「ご、ぶっ……」
鼻血を噴き出しながら、陥没した頭部を床に叩きつけるようにして倒れたエルフを一瞥し、絶命を確認した一二三は次の得物をすでに決めており、身体は動き始めている。
囲まれた時に立ち止まらぬこと。
これが一対多数の基本であり、その動きによって敵集団をコントロールし、自分の戦いやすい形にする。それは一二三が師より教わったことであり、またこの世界でも伝えてきたことだ。
当然、ヴィーネもそれは叩き込まれている。
「わわわっ!?」
一二三に比して多少危なっかしいが、ヴィーネも立ち止まることなく集団の中をスイスイと動き回り、攻撃を受けずに敵の混乱を生み出している。
彼女は一二三と違い地面を移動するよりも跳躍している方が得意なので、その動きはより立体的だ。
「ご主人様! これからどうするんですか?」
戦いの中で声を出せるあたり、ヴィーネも多数相手の戦闘に慣れて来たのだろう。
「とにかく殺せ。目の前に迫る敵は全部。帰る方法はそれから考えれば良い」
「わかりました!」
一人の敵の上に着地した瞬間、その肩から心臓を貫く角度で短刀を差し入れ、倒れる前に飛び退く。ヴィーネの動きを捉えようとした槍は、彼女が着地するための足場となって持ち主を襲う踏み台となった。
歯を食いしばるような悲鳴を上げて、眼球から刺し入れられた刃で脳を破壊された槍兵は、そのまま泡を吹いて倒れた。
その時点で、ヴィーネはすでに別の敵へと向かって飛び上がっている。
「どれくらいの相手がいるですか!?」
「大した数じゃない。残りほんの八十ちょっとだ」
ヴィーネは「多い!」と言いかけたが、町の外で対峙した数に比べたら少ないのでどうにも反応に困りつつ、次の敵へと襲い掛かった。
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