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164/204

164.阻むもの

164話目です。

よろしくお願いします。


※間が空きまして申し訳ありません。

 更新を再開いたします。

 巨大な左手首が、まるで虫を潰すかのように人々を指で押さえつけて、ただの肉塊へと変えていく。その上に乗る鎧騎士が突き出す馬上槍は、複数の人間を突き飛ばして粉々に打ち砕いた。

 騎士が動くたびに鎧の隙間からどろどろと流れる血の様な赤い液体がまき散らされ、触れたものを人でも物でも無関係に溶かしていく。


 巨大な骸骨の方はさらに激しい破壊を行っていた。

 近くにいた者たちは腐肉から放たれるガスを吸い、血反吐を吐いてのたうち回る。

 自らの肋骨を折り取って両手に一本ずつ握り、ザクザクと町の建物や人を、無関係に突き刺していく。

 その動きは無邪気な子供が砂場で遊んでいるかのように不規則で、なおかつ遠慮がない。


 阿鼻叫喚の地獄絵図を見ながらも、ウィルはなるべく血の色が見える場所から目をそらしつつ、武器を捨てて逃げている兵士を見つけて急降下していく。

「ひいっ!?」

 引きつったような悲鳴を上げて、一人の犬獣人兵士がウィルの乗るモンスターの短い脚に捕らえられた。


 そのまま急上昇していくモンスターに引き上げられ、両足をばたつかせる兵士は遠く離れていく地面を名残惜しく見ていた。

「ちょっと!」

「ひえっ!?」

「状況を教えて!」


 モンスターの背中から身を乗り出したウィルが声をかけると、宙づりの兵士は恐る恐る上を見上げた。

 大きく波打ちながら上空を優雅に飛び回るモンスターの身体から突き出たウィルの顔を見た時、兵士は人の首が生えた魔物だと思ったのだろう、顔面を蒼白にしながらも目を逸らせずにいる。


「あうあう……」

「言葉わかんないの?」

「わ、わかります! わかります!」

 ぐらぐらと揺さぶられて、悲鳴交じりな兵士の叫びがこだまする。

「良かった。じゃあ、一二三とヴィーネはどこに行ったのか、教えて?」


 ヴィーネの方について名前ではわからなかったが、ウィルが説明を付け足したことで一二三と共に城を訪れた片耳の兎獣人である、と兵士にもわかった。

「その二人なら……」

 城ごと消えた、と言おうとした兵士が口ごもる。一二三たちの仲間だとしたら、事実を伝えた瞬間に殺されるのではないか、と。


「早く言ってよ!」

 ウィルに急かされ、話さなかったら殺される、とも思えて兵士は混乱し始めた。

「まったく、もう!」

 口をとがらせ、ウィルは町から離れるようにモンスターに伝えると、悲鳴がとどろく場所から離れたところで、相変わらず兵士をつるしたまま尋問を始めた。


「ちゃんと教えてくれたら、ここでそっと下ろしてあげる」

「……答えなかったら?」

「もっと上まで行ってから落とす」

 さすがに身軽な犬獣人でも、限度はある。

 もはや選択肢も無い、と犬獣人は途端に滑らかになった舌でぺらぺらと話し始めた。


☆★☆


 草むらの中に打ち捨てられた鳥獣人の死体を発見し、近くに墜死の痕跡を見つけたオリガは鉄扇を勢いよく閉じた。

「見つけました」

 周囲の空気に魔力を流し、近くに打ち捨てられた木箱の数々と、その中に混じる数人の死体があることを発見する。


 ニャールやフェレス、そして魔人族の兵たちを連れてその場所を確認する。

 魔法による感知の時点でわかってはいたことだが、改めてその死体の中にハジメがいないことで胸をなでおろしたオリガは、死体や荷物を調べていた兵士たちへと向き直った。

「調査は無駄です。食料などと共に馬車を奪って、向こうへ向かったのでしょう」

 打ち捨てられた荷物の中身は衣類や生活道具の類であり、食料は見当たらない。衣類が多いのは、殺されたのが行商たちで、その商品なのかも知れない。


 不自然に無理やり向きを変えたらしい馬車の轍を見つけ、その向かう先もわかったオリガは、すぐに追跡を命じた。

 兵士たちは無言で敬礼し、すぐに走り始めた。馬を取りにいくのももどかしく、自分で走った方が早い、と判断したのだ。

「オリガ様……」


「私たちも行きましょう。……そろそろ、ハジメにご飯をあげなくては」

 用意した離乳食をいれたバッグをそっと抱え、オリガも走り始めた。

 ニャールとフェレスも、彼女を無言で追う。

 そして、ホーラントとの国境も間近というところで、先行していた兵士から怪しい馬車を発見した、と報告が入った。

「赤ん坊の泣き声がしますが、あやすような声が聞こえず、黙々と街道から外れた裏道を進んでいます」


 特に護衛がいるわけでもない状況で野盗の類が出る可能性もある目立たない裏道を通っていることも、兵士たちが怪しいと断じた理由だった。

「手出しはせず、監視と追跡を続けております。ご判断を仰ぎたく思います」

「わかりました。では、私が足止めを行いますから、馬車が止まったら突入すること。ハジメには触れないように」


 即座に指示を出したオリガは、さらに走る。

 風魔法によるアシストで飛ぶように進むオリガは、服をはためかせながら報告を受けた方向へと駆け抜けた。

「見つけた」

 馬車を発見したオリガは、即座に魔力を使って馬車内を探知する。中にハジメがいることを確認すると、さらに速度を上げて馬車の前へと回り込もうとした。


 その瞬間、馬車とオリガの間を巨大な火炎球が通り過ぎた。

「くっ……!」

 強烈な熱気が突風となってオリガを襲う。

 立ち止まり、地面を踏みしめながら風を操作して熱風を逸らしていくが、周囲に追いすがっていた兵士たちはまともに熱風を吸い込んでしまった。


 喉を焼かれて七転八倒する兵士たちに、ようやく追いついたフェレスが慌てて治癒魔法を発動する。

「……ここは任せて、早く行きなさい」

「た、助かった!」

 オリガの前に立ちはだかったのは、たった一人。目深にフードを被った女性だった。


「退きなさい」

「そのお願いは、聞けないわ。ここで邪魔されたら、ウワンの“陽動”も無駄になるもの」

 フードを払い、露わになったオージュの顔には緊張感が浮かんでいた。

「五年後にすべての陣営を敵に回すなんて、ふざけたことを宣言してくれたけれど……それでも自分が殺されないなんて、甘い考えだとあなたの夫に伝えるべきね」


「誤解があるようですが……そんなことよりも、今はハジメのことです。もう一度言います。退きなさい。これはお願いではなく、命令です」

「退かないわ」

 イメラリア教聖騎士のオージュは、オリガの危険性を知悉していた。だが、予定以上に手間取ったハジメの誘拐が失敗に終わるよりは、力づくでも足止めをしてしまう方が良いと判断したのだ。


「不法入国に誘拐。そして妨害。退かねば殺すまでです」

 オリガがそういうと、オージュは周囲の空気が途端に薄くなり始めたことに気づいた。その攻撃は予想していた。

 対策もある。

「器用なものだと思うけれど、炎を扱う以上は空気が薄い状況も慣れているの。それに……」


 周囲に炎をまき散らし、空気を拡販する。

 魔力で操作しているとはいえ、強烈な風が吹けばそうそう空気の偏在を維持できる者ではない。

 オージュの周囲を熱い風が駆け抜け、呼吸も楽になった。

「捜索の様子を見ていて、貴女の探知範囲も割れたわ。完全に見失うまであと一時間も馬車を走らせれば大丈夫ね」


「なら、その前に貴女を殺して追いかけるまでです」

 じり、と鉄扇を掴んだ右手を前にした構えを取り、オリガはオージュとの距離を詰めていく。

「そう簡単に殺されるわけにもいかないのよ」

 対するオージュは、ごつごつとした鈍色のガントレットを両手に装着していた。


 鋭くとがった指先は刺突にも使え、引っ掻けば皮膚は破れ、肉も切り裂くだろうことが容易に想像できるほどに研ぎ澄まされている。

「炎を振り撒くだけが芸じゃないの。こっちだって、なかなかの腕なのよ」

「そうですか。では、死になさい!」

 話を聞く気もない、という態度で、オリガは畳んだままの鉄扇を握りしめ、オージュへととびかかった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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