163.モンスターたち
163話目です。
よろしくお願いします。
ぐるり、としがみついているモンスターが空中で身体を捻ったせいで、ウィルは遠心力で引きはがされないように両手両足に全身全霊の力をこめるだけで精いっぱいだった。
その間、ウィルが何もせずともモンスターの方が勝手に鳥獣人を撃墜していく。
「一体なんなんだ、この魔物は!」
「しかもこの動き……うわあっ!?」
背後に回り込んだ鳥獣人が長い尾に叩き落された。
その威力は強烈で、血をまき散らして墜落する鳥獣人は見ただけでも翼と足が折れ、意識はもう無いことがわかる。
「とんでもない複雑な動きをしやがる! 乗っている奴は何者だ?」
鳥獣人たちには、小柄な女性が魔物を乗り回しているように見えるらしい。
「上の奴を落とせ!」
「ひえええ……」
口々に言いながら襲い掛かってくる鳥獣人の声を聴いて、ウィルはさらにべったりとモンスターの背中にしがみついた。
ごつごつした爬虫類の様な皮膚に頬が当たると痛いのだが、魔法も飛び交い始めた空中で顔を上げることはできない。
「もっと人数を連れてこい!」
鳥獣人たちの誰かが叫ぶと、地上から他の獣人たちを引き上げて鳥獣人たちが群がってきた。
「とびかかれ!」
「敵はでかい! 乗れ、乗れ!」
鳥獣人に運ばれてきたのは豹や猫の獣人で、自らの爪だけでなくナイフのように取り回しがしやすい武器をそれぞれ持っている。
ウィルが全身で貼り付いているモンスターは、全長が二十メートルあり、三対の翼の他に細く短い手足がある。
その胴体部分に次々と下りて来た獣人たちは、ウィルを目指して胴体部分を走り始めた。
だが、それもあっという間に足止めされてしまう。
モンスターは雄叫びを挙げたかと思うと、頭からいきなり落下し始めた。
「ちょ、ちょ……」
何が起きたかわからないウィルは、言葉すらまともに発せず、飛び降りるなどという選択肢も当然選べない。ただただ、落ちないように全力で貼り付くだけだ。
「何をするつもりだ?」
ウィルの後方で彼女と同じようにモンスターの胴にしがみついている獣人たちも、身を低くして動きを止めた。
だが、彼らにとってはそれが悪手だった。
突然大型で正体不明の魔物が急速に落ちて来たことで、地上からは悲鳴が上がった。
魔法などで迎撃しようとするものもいるが、するすると長い胴体を捻るモンスターに悠々と躱されてしまった。
「落ちてくるぞ! 逃げろ!」
誰かが言う前に、オルラ派も反対派も戦闘を忘れて逃げ回る。
再びモンスターが雄叫びをあげた瞬間。その長い胴体が残っていた城の塀すれすれをかすめるようにして流れていく。
墜落するかに思われた胴体はぐるりと車輪のように回り、逃げ惑う人々の頭上を舐めるように滑空していく。
もはや声も出ないウィルは頭の上を何かが通り過ぎるのを感じながらも、状況を見ることすらできない。
彼女の後方から、悲鳴が聞こえて来た。
身体に貼り付いた虫を擦り落とすかのように、モンスターは城壁を使って獣人たちをそぎ落としてしまったのだ。
そして急上昇したモンスターは、上空で呆然としていた鳥獣人を次々に噛み殺し、胴体で弾き飛ばし、羽根で叩き落していく。
敵も味方も無く、謎のモンスターに逃げ惑うソードランテの住人達。兵士だけでなく一般の住人達も、戦闘からではなくモンスターから逃げていく。
獣人や魔人族たちは荒野に逃げていき、荒野で生きる術を持たない人間は都市の隅へと逃げていく。
攻撃してきた鳥獣人たちが全て落とされ、地上からの攻撃も収まったところでようやくモンスターも安定飛行に戻った。
振り回されなくなったことに気づいたウィルがチラチラと目だけで周囲を確認し、ガバッと勢いよく起き上がる。
「ちょっと!」
べしべし、とウィルはモンスターの背中を叩いた。
「あたしを殺す気なの? もう少し扱いを考えてよ! 先にどう動くか教えるとか!」
無茶苦茶なことを言うウィルに、モンスターは喉を鳴らして困ってしまった。言葉がわからなし、言葉を話せないのだ。
「とにかく、状況がわからないと……」
一呼吸おいて眼下を見下ろしたウィルは、先ほどよりもさらに混乱の様相を増した地上の様子に首を傾げた。
「何かあったのかな?」
自分が乗っているモンスターのせいだとは思っていないウィルは、地上へ下りるかどうかを迷ってぐるぐるとソードランテの城跡周辺をぐるぐると回る。
「とにかく、誰かに聞いてみるしかないか」
そう言って、ウィルはモンスターに乗ったまま地上へと下りていく。
その際、さらに地上では大きな悲鳴と混乱が広がった。
「狼狽えるな! これも魔王軍の攻撃だ、撃退しろ!」
崩れなかったソードランテ兵力の一部が、ウィルが下りてくる場所へ終結を始めた。
「もう、邪魔になるったら!」
どいて、と大声で叫ぶウィルに対し、矢や魔法による火球が殺到する。
「ひゃああ!? 何するのよ!」
慌ててモンスターに高度を上げさせ、ウィルはポーチの中を探る。
飴を一つだけ取り出して口に放り込み、続けて手を突っ込んだポーチから魔導球を取り出す。
「いい加減に頭来た! こっちは何にもしてないのに!」
それもこれも一二三が暴れたせいだろう、と決めつけたウィルは、うっぷんを晴らすかのようにクレーター状になった城跡へと、魔力をこめた魔導球を放り投げる。
地面へ叩きつけられると同時に展開した魔導球から、大きな魔法陣が形成される。そのサイズは以前の直径一メートルほどよりも数倍の大きさだ。
「新しい魔導召喚陣の威力を味わいなさい!」
ずる、とクレーターから這い出してきたのは、二体の大型モンスターだった。
一体は身長二十メートルはあるかという人間型の骸骨で、身体のところどころに腐肉が残っており、悪臭と同時に黒くくすんだ猛毒を放っている。
もう一体はサイズこそ五メートル程度の人型の鎧で、長い馬上槍の様な装備を持っているが、乗っている物が異様だった。
「うわぁ……」
召喚したウィル本人が顔をゆがめるそれは、巨大な人間の左手にまたがっており、指をカサカサと動かして地面を走る様は、まるで何かの虫のようだ。
よく見ると、手の上に乗っているフルプレートアーマーは、隙間のあちこちから血のような赤いドロドロした液体を流している。
たった二体だが、ソードランテの兵士たちはその圧倒的な迫力と異様な雰囲気に委縮してしまい、次々に命を落としていった。
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