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162/204

162.成すこと

162話目です。

よろしくお願いします。

「さて。語るべきことは無くなりました。この城は百名ほどの兵士の他は私たちがいるのみです。城は永久に“どこでもない空間”を漂い続け、いずれ貴方も死ぬでしょう。……ヴィーネ」

 オルラから急に水を向けられ、ヴィーネは慌ててカップを置いた。

「な、なんでしょう?」


「貴女の選択をどうこう言うつもりはありませんが、その結果がこういう形での死です」

「死、ですか」

 オルラは一二三と共にヴィーネもここで終わることを確信しているようだが、当のヴィーネの方は今一つ実感がわかなかった。

 ちらり、と隣を見ると、一二三は悠然と紅茶の入ったカップを傾けながら、いつの間にか取り出した焼き菓子を齧っている。


「多分ですけれど……何の根拠も無いんですけれど、ご主人様もわたしも、そう簡単には死にません。というより、不思議とわたし、今の状況に危機感を感じないんですよね」

 首をかしげるヴィーネに、オルラは不愉快そうに眉をひそめた。

「……武器や魔法が迫っているわけではないのです。そう思わなくとも不思議ではありません」


「違う、そういうことじゃないぞ」

 一二三が口を挟む。

「こいつは奴隷出身で、今以上に厳しい環境を経験しているからな。“どうにかなるだろう”という気楽さが根底にある。それが勘から来ているなら褒めても良いんだが……」

 一二三と目が合ったヴィーネは期待した目をしていたが、すぐに目を逸らされてガックリと肩を落とした。


「こいつは生来、絶望的な状況に対して心の動きが鈍いからな。何とも言えん」

「そんなぁ」

「だが、そこは俺も同じだ」

 一二三は立ち上がる。

 その手には短刀があった。


「とりあえず、戦いに備えて食い過ぎたからな。腹ごなしをしたいんだが、誰か死出の土産に俺と戦いたい奴はいるか?」

「まったく……」

 そういう性質なのはわかっていたが、とオルラも立ち上がる。

 玉座へと戻った彼女は、部下の一人からナイフを受け取った。


 自ら戦うつもりか、と思った一二三だったが、直接的な殺意を感じない。

「兵士たちがどうするか、それは彼らの自由です。ですが、私は貴方に殺されることを望みません。生き続けて、いずれ貴方の食料にされるなどというのも御免です」

「誰がお前なんか食うものか」

「極限状態になれば、人間はそうするものです。実例を見ています」


 オルラはソードランテにおいて人間を制圧するのに様々な経験をしたのだろう。表情を少しも崩すことなく言ってのけた。

「ですから、私は一足先に退場させてもらいます。先に地獄で待っていますよ。衰弱しきって死に絶えた貴方が追ってくることを」

「ひえっ……」


 ヴィーネが小さく悲鳴を上げた。

 オルラは少しのためらいも無く、ナイフを押し上げて自らの喉を引き裂いた。苦痛に多少口の端をゆがめた程度で、流れる血もそのままに一二三を見据えたままに死にゆく。

 そっとナイフを兵士に返し、血が溜まっていく膝の上に両手を重ねる。

 もはや言葉も出ず、光を失っていく瞳。


「……ヴィーネ」

「はい、ご主人様」

「俺はああいう死に方は評価しない」

「……はい」

 完全にこと切れるまでオルラと目を合わせていた一二三は、ヴィーネへと吐き捨てるように言った。それは彼女へ向けた言葉のようでいて、実は自分のいらだちを表していることをヴィーネは知っている。


「……それで、お前らはどうする? じっと座って、俺たちが餓死するのを待っているつもりか?」

「冗談ではない」

 オルラから受け取ったナイフを布で拭い、自分の腰にある鞘へ納めた兵士が振り向いて呻った。

 虎獣人らしく、鋭い牙が口の間で鈍い光を放つ。


「俺たちはオルラ様の最期を見届けるために残った。そして、一つのわがままを聞いていただいたのだ」

 そう言うと、虎獣人だけでなく残りの兵士も武器を抜く。

「俺たちは仲間を殺したお前がただ弱るのを待つような気長な真似は出来ん。この手で殺してこそ成就する復讐もあるのだ」


「お、それは良い考えだ」

 くるり、と順手に握っていたナイフを逆手に持ち替え、一二三はにやりと笑う。

「誰かにやってもらう、とか、自然の流れを待つ、とかいうのは大嫌いだ。相手を殺すに足る理由があるなら、自分でやらないとな」

 ヴィーネも短刀とナイフを両手に構え、臨戦態勢に入った。


「時間はたっぷりある。あまりすぐに死んでくれるなよ?」

 一二三の挑発が終わるや否や、虎獣人がいの一番に飛び出した。


☆★☆



「何が起きたのよ、これ……!」

 呻くように声を出したウィルは、文字通り飛んでソードランテの真上へと来ていた。

 長い蛇の様な体に大きな翼を六対持ったモンスターにまたがり、荒野を一気に飛び越えてきたのだ。

 ものの一時間程度で到達したということイメラリア共和国の者たちが知れば、頼るべき相手を間違えた、と痛感するだろう。


 ウィルの眼下には、高い塀に囲まれたソードランテの町があった。

 だが、城が無い。

「一二三って、あんな大規模な破壊攻撃できたっけ?」

 それに、と城があった場所の周囲をぐるりと周回しながら状況を確認したウィルは、また首を傾げた。


「何の騒動……というより、戦争しているの?」

 城が無くなった場所はごっそりとえぐられたように土がむき出しのクレーターができており、その周辺にはソードランテの兵士たちがいた。

 彼らは一二三を誘導した後、大半が城の外へと退避したのだ。

 そして、その周囲にはその兵士たちの半数ほどの獣人や人間たちが押し寄せ、戦いが始まっている。


 それはオルラ体制に対する反対派の暴動だった。

 象徴であった城が無くなり、兵士たちが呆然としているところに反対派がどんどん集まってきて、いつの間にか戦闘になっていたのだ。

 最初から反対派に組したわけではないが、不満を持っていた者たちもその騒ぎに乗じて武器を奪い、兵士たちを殺しにかかっている。


 元が戦闘力の高い獣人が多く、素手でも戦える。

 魔人族やエルフは魔法を使って互いに攻撃しているが、混戦状況は次第に悪化を続け、誰が味方なのかすら判別が難しいほどだった。

 助けを求めて兵士に近づいて殺されるものや、逃げて来たと見せかけて兵士に近づき、武器を奪って殺害する者もいる。


 オルラに近い者。つまり指揮官として上位の者が根こそぎ城ごと消えてしまったこともあり、兵士側は状況の収集を指示する者すら存在しない。

「どどど、どうしよう?」

 背中に乗っているウィルに向かって、長い首をぐるりと回したモンスターは、呆れたようにぐるぐると空を飛び回っている。


「とにかく、何が起きたのか、一二三がどこに行ったのかを調べないと……。でも、どっちの味方をしたら良いのかな」

 状況がまるで分らないまま飛び回っていたウィルも、とうとう兵士の一人に見つかった。

 地上にいる者たちは、見たこともない大きな魔物が飛んでいると気付いて大騒ぎになっている。彼らにとっても、ウィルが乗っているモンスターが味方か否かわからず、困惑している。


「うわっ、来た!」

「に、人間が乗っているのか!?」

 確かめるために数人の鳥族獣人が飛んできたが、一様に人が乗っていることに驚いている。

「あ、あんたたちは何?」

「それはこっちのセリフだ!」


 槍を構えた鳥獣人が近づくと、ウィルが乗っているモンスターが短いながらも鋭い爪を持つ腕を振るった。

「うわっ!?」

「こ、攻撃された!」

 モンスターは単に振り払っただけだが、巨大な魔物から攻撃されたと騒ぎ始めた鳥獣人たちは、一斉に攻撃を開始する。


「ちょ、ちょっと待ってよ! どうなってるの? 一二三! 一二三ぃ~!」

 ウィルは頭を抱えてモンスターにしがみつく。

 指示が無いまま、攻撃にさらされたモンスターは仕方なく反撃に出た。

 結果として、ソードランテ兵側は空のモンスターと地上の反対派を同時に相手することになり、人数差による戦力差も小さくなった。


 こうして、空と大地で始まった戦いは、終わりの見えない泥沼へと入っていく。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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