161.城ごと
161話目です。
よろしくお願いします。
「がふがふ、がふがふ……」
戦場とは思えないほどに充実した食事内容にヴィーネがいつしか夢中になっている間、一二三は食事を続けながら周囲の兵士たちをさりげなく観察していた。
悠然と食べ続ける二人を睨みつけてはいるが、一人がしびれを切らして以降は誰もがじっと一二三たちを監視しているだけだ。
随分と統率が取れている、と一二三は感じていた。
ヴィーネが戦っているときにも同じ感想を持っていた。彼女が随分と数を殺した時点でも、獣人族を中心としたソードランテの兵たちは整然としており、後退の命令はしっかりと伝達されているようだった。
命令に忠実な兵士たちであり、軍事組織としては完成されている。
その分、一二三はつまらなかった。
「軍というのは、そういうものなのだなぁ」
そう独りごちた一二三の心境は複雑だった。
軍隊というのは戦うための組織であるはずだが、ここまで統制が取れていると逆に戦闘に対してブレーキがかかりやすいのかも知れない。
単に突撃して戦わせるだけであれば、命令系統など無くとも良い。ただ後ろから「行け!」と命じて、逃げようとした奴を数人見せしめで殺せば良い。
後方へ逃げれば必ず死に、前方へ行って敵を殺せば生き延びる機会がある、と思わせる。
軍はいずれ略奪に向かう野盗と化すだろうが、それが敵の領地であれば問題は無い。
それが、本来のこの世界における軍隊の在り方であった。
ところが、一二三が以前に作り上げたトオノ伯爵領軍同様に、このソードランテの軍は上に忠実で攻撃にも後退にも組織としてしっかりと機能している。
危機となれば素早く退ける。
強い軍隊の条件を持っている、と一二三としては高評価したいところだが、やはりそうなると命をぶつけ合うような戦いにはなりにくい。
「俺の軍隊なら、それで良かった。本当の戦場は俺の物とするために、邪魔しないように退かせる必要もあったからな。だが、敵となるとなぁ」
ソードランテの軍隊組織の作り方がトオノ伯爵領軍を参考にしているとしたら、一二三にとっての失敗だったかもしれない。
「軍隊が増えれば、戦いの規模が大きくなると思ったんだがなぁ」
満腹になったところで一二三がヴィーネを見ると、彼女も食べ終えたらしい。どこからか取り出したハンカチで丁寧に口を拭っていた。
「……さて」
立ち上がった一二三に、つられるようにヴィーネも腰を上げた。
「行くぞ」
一二三は、少し考えを変えることにした。
多くの職業兵士を作り出し、多人数を巻き込む軍隊ではなく、オリガやヴィーネのように個人技で多勢を圧倒できる者を育て上げることを目指すべきではないか。
そうしてこそ、より戦いは濃密で楽しいものとなる。
「ふむ。ハジメが戦いに興味を持つならば、あいつにもその方向で教育するか」
大勢の敵に見守られ、一二三は教育方針について思いを巡らせながら謁見の間へ続く重い扉を押した。
☆★☆
謁見の間では、十名ほどの兵士に囲まれてオルラが玉座に座ったまま一二三の来訪を待っていた。
「遅い」
兵士の誰かが口にした。
部下たちの連絡から、すでに一二三は城内に入り、猛然とここを目指していることはわかっていた。その時点から、妨害よりも誘導を優先するように指示している。
だが、待てど暮らせど一二三は到着しない。
何もせずにじっと待っている分、長く感じる部分も大きいが、それにしても待たされている。
そして、使用人のための裏口からそっと入ってきた部下から状況を聞いて、先ほど声を出した兵士はいよいよ激高した。
「飯を食っているだと? ふざけているのか!」
「落ち着きなさい」
オルラの言葉に、とりあえず口は閉ざした兵士だったが、興奮は収まらない様子だ。
「では、食後のお茶でも用意しておきましょう。すぐに準備を」
オルラの指示を受けて、伝令に来た兵士はすぐに退室していく。
そうして、お茶の用意ができる頃にようやく扉がゆっくりと開いた。
「一二三・トオノですね。待っていました」
「お前が今の王か?」
「王というのは、些か語弊があります。私は彼らのリーダーであり、導き手としてこの国をまとめているにすぎません。ここに座っているのも……」
オルラは玉座のひじ掛けを撫でた。
「ただ、この場所とこの建物が国をまとめるのに都合が良かった。そして……貴方をこの世界から消し去るための罠を作るのに都合が良かった。それだけです」
「ふむ……わからんことが二つある」
一二三は用意された椅子を引いてティーセットの前に座り、片手でポットを掴むと無造作に紅茶をカップへといれた。
出遅れた、と思ったヴィーネは一二三に倣って自分の分を入れて、彼の隣に腰かける。
敵の前でリラックスして見せる一二三に戸惑う兵士たちだったが、オルラだけはそっと立ち上がり、一二三と向かい合うように腰かけた。
「お前は確かに強い獣人族だろう。しかしなぁ、俺をそうまで目の敵にする理由がわからん」
一二三の疑問に、自ら紅茶を淹れたオルラは少しだけ奥歯を噛みしめた。
「八十余年前……この城で城主である王と一人の熊族獣人が差し違えました。……しかし、後程わかったことがあります。あの時、城には一人の人間が乗り込んでいたことが……貴方のことです」
「それが?」
「死んだ熊族の獣人は私の父です。私は、貴方が父を殺したと確信しました。いくらソードランテの王が鍛え上げた人物だったとはいえ、父に勝てるほどだったとは思えません」
それは希望も混じった推測であったが、真実を言い当てていた。
ソードランテの王は獣人族に対して差別的であり、戦闘訓練と称して奴隷にした獣人族たちを殺害していた。
一二三にそそのかされたオルラの父は、単身王城へと夜襲をかけ、警備の兵を皆殺しにして王を追いつめるも、一二三が乱入して王を回復させたことで三つ巴の戦いに巻き込まれたのだ。
そして、王とオルラの父は死に、ソードランテは政体が瓦解して獣人族たちの勢力が増した。
「復讐というわけか」
「私は、答え合わせを求めています」
「ああ、なるほど……」
一二三は納得した、と頷く。
「正解だ。その時の王も、お前の親父も、俺が殺した」
「……理由を窺っても?」
わずかに震えた声で問うオルラに、一二三は答える。
「俺が最初に見た時、お前の親父はもうおかしくなっていた。人間は憎い、だが獣人族たちは人間と仲良くなりつつある……その現実を受け入れられず、その“間違い”の原因を探して人間も獣人も殺して回っていた」
「そんなはずが! ……父は冷静で度量の広い人でした。虎獣人の兄妹を救い、獣人族たちが奴隷にされているのを見かねて行動したのです」
「だが、やり方を間違えた。自分の考える正義を信じるあまり、それ以外の幸福を掴んだ獣人を受け入れられなかった」
わなわなと震え出したオルラに対し、一二三は淡々と事実を語った。
「別に信用しろとは言わない。だが、理由を聞かれれば……戦いたがっていた王と獣人を引き合わせて、それに飛び入りで参加させてもらっただけだ」
「貴方は……貴方は、父を殺したことを認めるのですね」
調べたとおりだった、とオルラは一筋の涙をこぼした。
この数十年、一二三の性質については調べつくしていたオルラ。この結果はわかりきっていたことだったが、それでも涙をこらえることはできなかった。
「それでは、ここへ来たのは?」
「おお、そうだった」
忘れるところだった、と一二三は言う。
「魔国は……俺の国は五年後に世界を征服するための動きを開始する。全ての国家、集団を飲み込み、この世界を全て統一するつもりだ」
「聞いております」
「妙な話だが、イメラリア共和国はこのソードランテへの使者を護衛する役目を負った。尤も、その使者たちはお前の部下にやられて撤退したけどな」
「では、何故ここへ?」
「今の話を伝えるためでもある。気が向いたらイメラリア共和国に打診でもしてみると良い」
他に、と一二三はぐるりと周囲を見回す。
「俺のための罠が用意されていると聞いて、それを見に来たんだがな」
「なるほど……」
「魔力の流れは城全体にあるのがわかる。しかし、その正体が掴めん」
一二三の言葉に、涙を拭ったオルラは満足げに頷いた。
「それは良かった。……すでに罠は発動していますから」
「えっ?」
ヴィーネが立ち上がったが、一二三は落ち着けと言って座らせた。
「……そういうことか。お前らも死ぬつもりか? それも、大量の兵士を巻き添えにして」
一二三の鋭敏な感覚は、城の外の気配が消えたことを察していた。
「我々はイメラリア教やオーソングランデが握っていた情報をかなりの部分得ることができました。そこで、一つの罠を思いついたのです」
城ごと世界から切り離した、とオルラは語った。
「転移魔法のできそこないを利用した方法ですが……このまま、この城はどこの世界でも無い場所を流浪します。私も皆も死にますが……貴方も道連れです」
一二三とて無尽蔵の体力や寿命があるわけでも無い。食料を持っていると言っても、無限にあるわけでも無い。
「私は、イメラリア女王が選択した方法について、考え方としては賛同する者です。殺せないのであれば、世界から切り離すということについては」
しかし、封印では甘い、と一二三を見据えた。
「二度と戻れない。二度と復活できないところへと連れていく必要があります」
「方法としては、まちがっていないんだろうが……」
ため息交じりに背もたれに身体を預けた一二三は、不満げだった。
「つまらんなぁ」
戦いが待っていると思っていた一二三は、期待はずれな罠にため息を漏らした。
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