16.馬鹿息子
16話目です。
よろしくお願いします。
グネの町にいた冒険者たちは、一連の殺戮檄を遠巻きに見ているだけで、一二三に対して攻撃を加えようとはしてこなかった。オーソングランデ兵士たちを助けようともしなかった。
それは彼らがあくまで個人の名声の為に戦場に来ているからで、戦場で華々しい成果を上げる機会であるなら命を賭ける事も厭わないが、街中での乱闘に巻き込まれて死んでしまうのは、割に合わない。
状況だけはしっかり確認しつつも、余計な危険は避ける、というのがこの場に居合わせた冒険者たちに共通する考えのようだ。
「まあ、懸命な判断だな」
刀を納めた一二三は、ホーラント軍の兵士たちがやって来るのを尻目に、近くの冒険者に声をかけた。
「ちょっといいか? こいつを知らないか」
緊張して身構えている一人の冒険者に近づき、一二三はセメレーの手配書を見せた。
「……セメレーか。コイツなら、この町のどこかにいるはずだが、詳しくは知らない」
「そうか。お前は?」
「俺も、詳しくは知らない。誰かとつるんでるとも聞かない」
それから数名にも確認したが、誰もが緊張した顔で同じような答えを返すばかりで、決定的な情報は得られなかった。
「仕方ない。こりゃ歩き回って探すしかないか」
思ったより面倒事を引き受けてしまった、一二三がぼやいていると、ホーラント兵の一人が近づいてきた。
「失礼。話を聞きたいのだが」
「ホーラントの兵か。俺も聞きたい事がある」
手配書を見せて、同じことを訪ねたが、ホーラント兵はセメレーの事を知らなかった。だが、別の場所に注目したようだ。目を見開き、腰の剣に手をかけた。
「このギルド書類は、亜人共が支配する町の物か! 貴様、反乱軍側の者か!」
「反乱軍? ああ、共生派の連中の事か」
「オーソングランデ兵たちも、お前がやったのか?」
一二三は手配書を片付けると、腰の柄頭を指で叩きながら答えた。
「ああ。俺に向かって武器を向けたからな。正当防衛だ」
「正当防衛? お前が反乱軍だと分かったから、戦いになったのではないのか!」
「俺はどっちの味方でも無い」
ニヤニヤと笑いながら、一二三は兵士と相対し、構えもせずに自然体でただ立っていた。視線は目の前に立つ兵士全体とその周囲までを同時に捉え、彼の後ろから、異常を察した他のホーラント兵もこちらへ向かってくるのもちゃんと見えていた。
「お前がその剣を抜けば、俺はお前の敵になる。すると、お前の仲間も俺の敵になるだろうな。その時、兵士の誰かが言うだろう。“そいつは敵兵だ。殺せ”と」
左手がそっと鯉口を切る。片手の時はこれが出来ず、難儀した事に苦笑した。
「そうすれば、俺一人対この町の全員という、とてもとてもお前たちに有利な戦闘の始まりだ」
正面に立っている兵士は、余計に動けなくなった。剣を抜くか否かを迷っている所に、近づいてきた兵士が声をかける。
「どうした?」
「この男が、オーソングランデ兵を殺害したらしいが……正当防衛だと主張している」
魔国ラウアール側から来たらしい事も伝えたが、例のセメレーのように反乱軍の支配地域から参加する冒険者もいるので、それだけでは敵だとは断定できない。
迷う素振りを見せたあと、応援に来た兵士は周囲の冒険者に状況を聞き始めた。
「俺は、話しかけたのも攻撃をしたのも、オーソングランデの連中のように見えた」
と、冒険者は概ね一二三の正当防衛を支持した。
実際に先に武器を抜いたのがオーソングランデ側であるというのもあるが、一二三の強さを見た後で「正面から戦え」と言われても困る、と考えたからだ。
「……どうやら、オーソングランデ兵側から攻撃を仕掛けたのは間違いないようだが……理由を聞かせてもらいたい」
「なかなか強引な連中でな。味方にならないと言ったら激高して襲い掛かって来た。いやいや、殺されるかと思った。兵士のくせに弱い連中で助かった」
ホーラントの兵士は、一二三が放った言葉の真意を測りかねていた。勇者の護衛であり、前線まで来る程の兵士が弱いはずが無い。事実、彼らは勇者に同行していくつかの戦場で大きな戦果を挙げているのだ。
周囲の冒険者たちを見ると、誰もが頷いている。
「……では、この町での目的はギルドが探している賞金首を探しに来た、という事だな。そして、我々の味方ではないが、敵でも無い」
「敵になる可能性はある。お前たち次第でな」
「そうか……」
ホーラント兵は息を吐きながら剣から手を離した。
「自分はタイサクという。貴殿の名前だけ聞いておきたい」
「一二三だ」
「では一二三。この町における仮の治安維持官として自分たちは派遣されている。問題が起きたら我々に任せてもらいたい」
「そりゃあ大変だ、お疲れさん」
ホーラント兵が戦う意思を見せなかった事で、一二三は妥当な判断だとは思いつつも、少しさみしい気持ちを抱えてその場を離れた。
「どこへ行くつもりだ?」
「賞金首探しだ。これでも、働いて金を稼がないといけない身の上でな」
金が無いってのは嫌なもんだ、と言いながら、一二三は去っていく。
「あの男、大丈夫か?」
「監視を付けて、上に報告だけはしておこう」
わかった、と言った同僚が、この場に来ていない誰かを見張りにつかせる為、仮兵舎へ向かってかけて行った。
「一二三、か。伝説の英雄を名乗るあたり、ふざけた奴だが……」
仲間たちが、惨殺されたオーソングランデの死体を検分しているのが見える。あれだけの兵士を一人で相手して、無傷で返り討ちにするあたり、それだけ腕に自信があるという事か、と納得できる部分があった。
「タイサク、ちょっと来てくれ」
「どうした?」
現場を見ていた同僚から呼ばれ、タイサクは駆け寄った。
兵士達の死体が集まる場所から外れた位置、地面に広がる血が生々しい。
「兵士の誰かの血か?」
自分で言いながらも、タイサクはその不自然な場所に広がる血に、首を傾げていた。
「目撃した冒険者の話に寄ると、これは勇者様の血らしいぞ」
「馬鹿な……だが、それが本当だとして、勇者様はどこにいる?」
慌てて声量を落とす。
ここグネの町を奪還した時もそうだが、前線におけるオーソングランデ勇者の存在は戦力としても士気向上のシンボルとしても大きな存在となっている。
他国からの援軍に頼る形になってしまうホーラントの兵としては複雑な思いもあるが、それで味方の損害が減るのであれば、それで良いとも考える事ができる。国家としての面子などは、国の偉い人たちに任せれば良い事だ。
「それがな、ユウイチロウ様を庇って、あの男の剣撃をミキ様が背中に受けたらしい。ミキ様はかなり深手を負ったはずだが、その直後に二人とも消えてしまったそうだ」
「転移、か」
ミキが転移魔法を使える事は有名な話だったので、タイサクにもそれはすぐに分かった。だが、問題はそこでは無い。
真実はどうあれ、目撃した冒険者から見れば“数名の兵を連れた勇者が、たった一人の冒険者に敗北し、逃げるように転移して退却した”事に他ならない。
すでに噂は広がり始めているだろう。止めようがない状態だ。まさか冒険者たち全員に喋らないように言って回るわけにもいかない。
「これは、大問題だぞ……」
青い顔をしたタイサクは、死体の処理を同僚に任せ、オーソングランデ側への連絡についても相談するため、上司が待つ仮兵舎へと向かった。
☆★☆
ギルド長から状況の説明を受けたトオノ伯メグナードは、膝から崩れるようにしてオリガへと頭を下げた。
「なんどお詫びを申して良いか……」
「立ってください。そのような事をしている時間はありません。ウェスナーはどこにいるのです」
「まだ、帰ってきていない筈ですが……」
メグナードが近くにいた使用人に顔を向けると、使用人は慌てて頷いた。
「では、待たせていただきましょう。その間に、彼の部屋を見せてください」
「息子の部屋を、ですか」
「何か証拠となる物が見つかるかも知れませんし、協力者がいる可能性もありますから」
すっかり観念したメグナードは、自らオリガたちをウェスナーの部屋へと案内する事にした。
手伝うと進言したギルド長は、ワイズマンを連れてオリガと共にメグナードの後ろをついていく。屋敷についてからずっと黙ったままのシクも、最後尾をついてくる。
「あいつは、何故このような真似を……」
「ウェスナー様は、向上心の強い御方ですが、同時に独占欲も強い方でした。それに、貴族の嫡男とはいえ、出自は孤児です。他の貴族家にいる御曹司たちとは、あまり良い交流はできていなかったようですね」
「……クロアーナ、気付いていたなら、もっと早く教えてくれれば」
「馬鹿な事を言わないでください、メグナード様」
「そうだな……君の言う通りだ」
ギルド長の言葉に、メグナードは力なく答えた。
立派な装飾が施されたドアの前に立ち、メグナードがカギを開けた。
「どうぞ。ここが息子の部屋です」
さっそく、書類がある棚から調査を始めたオリガ。メグナードは手伝おうとしたが、余計な事をして欲しくない、とオリガにキッパリと断られた。まだ完全にメグナードを信用する気になっていない彼女は、メグナードが何らかの証拠を隠ぺいする可能性を恐れたのだ。
調査はワイズマンとオリガが行い、メグナードはギルド長やシクと共に廊下で待つ事になった。
「このような無様、お母様が生きておられたら、大目玉では済まないだろうな」
「アリッサ様よりも、ミュカレ様の方が激怒なさるでしょうね……今はまだ、私達ギルドという第三者が入って調査した事で、オリガ様やヴィーネ様が手荒な真似から入る事無く進んでいますから」
「手荒な真似?」
わかりませんか、とギルド長クロアーナは笑う。
「怪しい所は手当たり次第に襲撃して、証拠なり証言なりを集めていくでしょう」
「しかし、それでは統治している我々の存在理由が」
「関係無いんです、あの人たちには」
ようやく、シクが口を開いた。
「貴族だろうと王様だろうと、その言葉になんの重みも感じないんですよ、あの人たち。何でもかんでも、自分たちの考える理屈に合うか否かなんです。それに引っかかるなら、敵も味方も無く、簡単に叩き潰す選択ができるんですよ」
シクの言葉は、古い記憶を掘り起こしての事だ。
人間もエルフも魔人族も、伝統や権威を滅茶苦茶に叩き壊され、最後に頼るべき強さで対抗できず、世界は人種が交じり合う状況になった。
シクやプーセ、そしてウェパルもだが、まともに一二三の存在を活用できたのは一部の獣人族くらいでは無いか、と当時を知る面々は、怒涛の時代を思い出して結論づけていた。
その筆頭であり、当時人間族と一番近しくしていた獣人グループを率いていた羊獣人のレニは、一二三封印後、何故か人間とは若干距離をとるような形で町を作った。交流すれど混じらずを通し、彼女が亡くなった後も、その基本理念は守られているようだ。
「一二三さんが不在だっただけ良かったかも知れません。ですがそれでも、オリガさんを止めるのはボクじゃ無理です。今の領内の兵力を集中しても、五分五分くらいかも……」
シクの言葉は、暗に“ウェスナーの事は諦めろ”と言っている。
領の軍隊を伴ってオリガと対抗するなど、メグナードは考えてもいないし、その結果として一二三を敵に回す事になるのは火を見るより明らかだ。
続けて、ギルド長も語る。
「ギルドとしては、今回の件でウェスナー様を守る様な依頼は受けられません。どう見ても、非があるのは彼の方ですから。裏の仕事を請け負う連中なら引き受けるかも知れませんね」
そうすれば、目障りな裏の連中が消えてくれて助かるのですが、とギルド長は笑う。
苦々しい顔でメグナードは彼女を見ているが、言い返す言葉も見つからないらしい。
そんな話をしている所で、扉が開き、オリガが姿を見せた。
「その裏の連中とやら、“隠し蛇”とかいう名前ではありませんか?」
「ええ、そう聞いています。その昔、王都で一二三様に壊滅させられた連中の名前を、ここフォカロルで名乗るあたり、ふざけた連中です」
淀みなく答えたギルド長の説明に、なるほど、と頷いたオリガは、一枚の書類をメグナードへ手渡した。そこには、隠し蛇に向けた書きかけの手紙があった。内容を一読しただけでも、互いに情報交換をしている事がわかる。
「その連中、どうやらウェスナーとつながりがあるようですね」
「馬鹿な……」
犯罪集団を追っているのは、ギルドだけでは無く、当然メグナード率いるトオノ領軍兵たちも同様だ。
これまで、ギルドと協力していくつかの拠点を潰した事はあるが、首魁や本拠地を押えるまでには至っていない。アリッサの死後、その活動は活発化しているのだが、中々尻尾を掴めずにいたのだ。
「捕まらないのも当然ですね、捜査する側とされる側、互いに通じているのですから」
「あの馬鹿者めが……!」
怒りと羞恥に老いた顔を真っ赤に染めたメグナードが、兵たちを使って最大限の協力を申し出たのも、当然の結論だった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




