158.虎の尾
158話目です。
よろしくお願いします。
「ははぁ、なるほどなぁ」
城の前に立った一二三は、開かれた城門の向こうにひしめく獣人族や魔人族、そしてわずかに含まれるエルフと思われる兵士たちを見て呟いた。
「多分、この城の主は阿呆だな」
肩が触れ合うどころではない大渋滞状態で、武器を満足に振るうことすらできないだろう。
「これがオリガなら、一発で“終わる”な」
広範囲の魔法を放たれたならば逃げ場も無いだろうに、と一二三は呟く。
それだけ一二三のことをしっかりと把握しているということでもあるのだろう。城の中で何が待っているのか、一二三は期待していた。
「ヴィーネ。全滅はさせるなよ。こいつらの大半は五年後には魔国攻めに加わってもらわなくちゃならん」
「わ、わかりました!」
敵から奪い取ったナイフと一二三から預かった短刀を両手に掴み、ヴィーネも気合いを入れる。
一二三の方は使い慣れた武器が無くなってしまったのと、室内戦闘に備えるためもあって寸鉄を握っているだけだった。
手に持った寸鉄をくるくると回し、一二三は首を回して解す。
「目指すは謁見の間だな。前に来たこともあって部屋の場所は知っているから、後ろからついてこい。後ろの敵は任せる」
「えっ……は、はい!」
何かとんでもなく重要な役割をさらりと任されたことに驚いたヴィーネだったが、より大きな声で返事をする。
「さて、行くか」
散歩のような気軽さで踏み出した一二三の正面から、圧力を持って敵が押し寄せて来た。
「ふふん。人数だけは揃えたな」
しかし、それでは防衛としての大した意味は無い。
一二三は目の前の敵を殺して進んでいくだけなので、敵がいくら多くとも必要な分だけ倒して前に進めば良いのだ。
「九割がたは無駄にいるだけだからなぁ」
「では、いるだけ無駄、と?」
ヴィーネの質問に、一二三は否定で返した。
「いや。恐らくこいつらの役割は俺たちの阻止ではなく壁役だ」
「壁、ですか」
その通り、と一二三は目の前に出て来た槍の穂先を寸鉄で殴りつけて逸らし、その持ち主の襟首をつかんで引き寄せ、頭頂部から頭蓋を叩き割った。
「恐らく城のどこかに罠を仕掛けているんだろう。そこまで俺たちを誘導するための壁だ」
怪我をしても死んでも物理的に道を塞いでしまえば進めない。そのために壁となって通り道を制限するつもりだろう、と一二三は言う。
「それじゃあ……」
「もちろん、隙あらば殺しに来るだろう。どこへ連れていくつもりか知らんが、そこが謁見の間でなければ、無理やり道を開くまでだ」
さらに一人を殺し、宣言通りに進んでいく一二三をヴィーネはナイフを振るって迫る攻撃をはじき返しながら追った。
☆★☆
「うああああ……!」
魔国内を逃げ惑うウワンの軍隊。その後方から幾度目かの悲鳴が聞こえてきたが、ウワンはそちらを見ることもせずにただひたすら足を進めた。
“混ぜもの”たちは体力的にウワンについてくることができたが、他の傭兵たちは単なる人間たちであり、その足は次第にウワンたちの本隊から離れてしまう。
そうなると、彼ら脱落者に待っているのは地獄だった。
追いつかないていどに、しかし見失わない程度の速度を保ちながらウワンたちを追い回すオリガの部隊は少数であったが、馬と馬車を使っており体力には雲泥の差がある。
そして、何よりも恐ろしいのが“見えない攻撃”の存在だった。
「うぎ……」
体力が尽き果て、倒れた傭兵は突然もがき苦しみ始めた。
その動きに反し、声は聞こえない。
両眼を見開き、喉を押さえて悶絶しているのだが、その悲鳴は仲間達には届かない。
「……また一人脱落しましたか」
「はっ。……今、絶命したようです」
馬車の上にいるオリガの言葉に、馭者を務める魔人族兵の男が報告した。
「死体は後続に片付けさせて、私たちは追跡を続けます」
「はっ!」
「あまり数が減っても困るのですが……」
オリガの呟きに、魔人族の兵は言葉を返せなかった。
オリガは馬車の上に立って敵を追い回しながら、ウワンたちの部隊の真後ろに真空の空間を作っていたのだ。
少しでもウワンの本隊から遅れれば、呼吸不可能な空間に取り込まれることになる。
走るのに疲れ、酸素を求める身体には酸素どころか空気すら与えられない。
「……!」
また一人、力尽きた傭兵が倒れ、もがき、動かなくなる。
オリガが連れて来た兵士たちが数名残り、その死体を処理する。万が一蘇生した場合は捕縛するためでもある。
「……国境まで、あと二時間と言ったところですね。ペースを少しずつ落として、追いつかないようにしてください」
そうして国境まで追い立てたオリガは、最終的に一人の魔力によって敵の三分の一を殺害し、三名を捕縛した。
ウワンたちはどうにか逃げ帰ったが、そのダメージは精神的なものが大きい。
「……くそっ!」
ホーラント王国領へと入ったウワンは地面を殴りつけ、自分の不甲斐なさを恥じた。
だが、その数時間後にはオリガの方が衝撃を受けることになる。
「ハジメが……?」
わなわなと震えるオリガの前では、フェレスとニャールが真っ青な顔で平伏していた。彼女たちではなく、城の侍女たちが見ている間のことではあったが、侍女たちを束ねる責任者としてそうしている。
「その……おやすみになられた直後には私もお姿を見ていたのですが……侍女の悲鳴が聞こえて駆け付けた時には……」
場所はハジメのための寝室だった。
そこには魔人族の侍女一人と護衛の兵士が二人、血の海に沈んでこと切れている。
そして、ハジメがいるはずのベッドの上は、空だ。
「あたしも迎撃部隊の処理で外にいたから侵入者には気づけなくて……ちょっと!?」
駆けつけたウェパルが言いかけた直後、オリガは直立のまま真後ろへと倒れた。
「ハジメが……一二三様……どうして、私のせいで……」
慌てて支えたウェパルの腕の中で、オリガは目を見開いてうわごとのように呟く。
目の焦点が合っていないオリガを見て、ウェパルは顔をゆがめた。
「あちゃ~……。急いで治癒魔法……フェレス、ニャール、貴女たちでやりなさい。それと捜索隊を出して。大至急よ。飛び去った方角もわからないから、四方八方に部隊を送って聞き込み。全ての情報はオリガさんじゃなくてまずあたしに送ること」
「はい」
「た、ただちに!」
二人がかりでオリガを抱え、彼女の寝室へと向かったフェレスとニャールを見送り、ウェパルは大きく息を吐いた。
「全く……連携した動きだとしたら大したものだわ。犠牲も大きいけれど、こっちの一番弱いところを突いてくれたわね」
ギリ、と奥歯を噛みしめたウェパルは、次の動きを考える。
「……もう一つやるべきことがあったわね。なるべく少人数で腕の立つメンバーを集めて」
近くにいた兵士を呼び止め、ウェパルはそう命じた。
特命であるので、すぐに招集して自分のところに来させるようにと命じると、兵士は全力で駆けていく。
「……一二三さんに父性がどの程度あるかは疑問だけれど」
ウェパルは、一二三に連絡をつけるつもりだった。
その結果として彼が動くかどうかは未知数だが、ウェパルの知る限り一二三は子供に対して冷たいわけでは無かった。
「誰の差し金か知らないけれど……どうなっても知らないわよ?」
一二三が動かずとも、オリガが復帰したらすぐに動き出すだろう。そうなれば、失われるのは一人や二人の命ではなく、町や国になるかも知れない。
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