157.夜の町に潜む
157話目です。
よろしくお願いします。
「うぎっ!」
「ぐっ……!」
くぐもった悲鳴が立て続けに上がったが、夜のソードランテに空しく響いたのみで、誰の耳にも届かなかった。
その場で刃を拭っている一二三とヴィーネ以外には。
夜になって目を覚ました一二三。
そして彼に叩き起こされたヴィーネは、自分が彼を追いかけるに至った経緯を説明した。
「やっぱり一緒に戦いたいのです」
という言葉だけだったが。
「ああ、そう」
返答もそれだけだった。
だが、やることはお互いに決まっている。一二三は城を目指して戦い、ヴィーネは彼について戦う。
夜の闇に恐れることなく、二人は静かな町の中へと飛び出した。
寝静まっているというより、息をひそめているという雰囲気の町の中では、明かりすらつけずに身を寄せ合っている家庭がいくつもある。
豪胆な者は眠っているが、いずれにせよ普通の家族に対して一二三は用が無い。
静かな町には、他にも歩いている者たちがいる。ソードランテの兵士たちだ。
「見つかったか?」
「いえ……」
「ちっ、俺たちの番が来る前に捕まっていたら、楽だったんだが……」
愚痴を言う者たちと違い、交代して引き上げていく巡回の兵士たちはホッとした顔をしていた。彼らは昼間の騒動を知っているので、上からの命令で町中を歩いて探し回っている相手がどれだけ強いのかを良く知っていたのだ。
このように、町中に兵士たちが巡回しており、夜の闇の中で松明を片手に目を皿のようにして一二三とヴィーネを探し回っていた。
「まったく、上も勝手な……」
言いかけた兵士は、暗闇から伸びた手に口を塞がれ、悲鳴を上げる前に喉笛を斬り裂かれた。
あっさりと絶命した男がぶくぶくと血の泡を傷口から垂れ流して倒れたとき、もう一人の兵士は別の人物から首を絞められていた。
「速くしろ」
闇からぬるりと出て来た一二三が不機嫌そうに言うと、ヴィーネは首を絞めている相手の頭部をごりごりと動かして、どうにか首を折ることができた。
「で、できました」
「最初の手の置き方が悪い。肘の部分で喉を絞めるようにして、相手の髪か兜を掴むように深く腕を回せ」
あっちにまだ敵がいる、と一二三がするすると歩き始めると、ヴィーネは慌てて死体を路地に放り込み、後を追った。
すぐに別の敵が見える。
「わざわざ俺たちのために相手を出してくれるのは良いが」
建物の庇によって作られた闇の中に溶け込んだ一二三は、敵に聞こえない程度の声で呟いた。
建物の陰であり、松明の光も届かない。
目の前を通り過ぎようとする二人の敵。その背後に出た一二三は、左ひじの内側に敵の首を引っかけるようにして引き寄せた。
「うぐっ!?」
「どうした?!」
隣の同僚が不意に上げた苦し気な声に振り向いた兵士は、目の前に探している男がいるのを見て一瞬凍ったように固まった。
一二三に締め上げられた犬獣人は、長い鼻先を掴まれてぐるりと首を半回転させられて絶命する。
「うっ……え……?」
どん、と衝撃を受けた兵士が見開いた目で、同僚の犬獣人が倒れて地面に倒れるのを追う。その視線が、自分の胸から血に塗れた刃が生えているのを見つけた。
「な、んで……」
ずるり、と刃が引き抜かれると同時に兵士は倒れた。
「見たな?」
「はい」
刃を拭いながら姿を見せたヴィーネはしっかりと頷いた。
一二三から直接戦闘技術を教わるのは初めてではないが、これほど息が詰まるような緊張した環境で行うのは初めてだ。
「このまま城へ行く。途中で出会った敵は全部殺していくからな」
一二三が指さした王城を見上げて、ヴィーネは再び頷いた。
☆★☆
ソードランテのリーダーであオルラは、夜になっても謁見の間にて待機したままであった。食事も簡素なものをこの場に運ばせ、最低限の離席以外はひたすらこの場で一二三を待っていた。
「オルラ様。お休みになられては……」
「ここに残るわ」
取り巻きの言葉に、きっぱりと断りを入れる。
「この罠は私がここにいてこそ。一二三という人物を長いこと調査しましたが、彼はただひたすら戦いを楽しむ時と、目的のために最短の方法を採るときがあります」
都市の前での戦闘は前者であり、今は後者である、とオルラは見ている。
一二三が封印されたあと、オーソングランデ内の獣人の町にいる間、オルラは一二三の足跡を調べていた。
そして、一二三が復活した時に対応できる、いつか父の復讐を果たせるように準備を進めていた。
調査の中で、父の最期を知ったオルラは、人間に対する憎悪と落胆を同時に感じていた。オーソングランデでレニやヘレンといった人間との関係を好意的に進めていた者たちと交流していた間はそうでも無かった。
しかし、ソードランテで行われていた獣人に対する扱いや一二三が加担したと思われる父親の最期、そしてその後の人間の分裂と騒乱を知り、さらに現地で目の当たりにすることで、オルラは今の地位を築くための意思を固めた。
「私が生きているうちに一二三が復活し、今この町にいるということは、運命だったのではないかと思うのよ……」
罠が発動した時、自分がこの場にいれば確実に一二三を倒せる。
そう語ったオルラに、その場で報告を待っていた者たちは動揺の色を見せた。
「自らの命を賭けて、一二三を倒される、と……」
「そうでなければ、殺せる相手ではない。あの強かった父ですら敵わなかった。他の誰もが無しえなかったことなのだから、私の命くらいは賭けなくてどうするの」
そのためにここで待つ。いつ一二三が来ても良いように。
オルラはそう宣言すると、両眼を閉じた。待っている間に体力を消耗したくないのだろう。取り巻きたちはそれ以上声をかけることなく、互いに顔を見合わせた。
「……なんとしても、ここに来る前に止めねば……」
「城の防備をさらに増強しよう。この歳、傷病兵でも動ける者は使え」
「このまま、どこかへ消えてくれれば良いのだが」
希望的に過ぎる言葉であったが、誰もがその思いを感じていた。
だが、彼らの願いは空しく、一二三の姿は深夜のうちに城の前へと現れた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




