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154.亡き友の意思

154話目です。

よろしくお願いします。

 両軍ともに分断された格好であり、状況だけ見ればオリガ一人が町の外に残された状況は不利に見える。

 だが、戦況は侵入者であるウワンたちイメラリア教側がじわじわと不利な方向へと傾いていく。

 町の中では警備隊とオリガの指揮下にあった部隊で挟撃をする形になっており、すでに民衆は逃げ散ってしまって戦闘に関して遠慮することは何もない。


 怒り狂った魔人族軍の兵たちが奮闘し、町の中での戦闘が一方的な虐殺に変わるまで然程の時間はかからなかった。

 そして、町の外である。


「なんて動きをするんだ!」

 ウワンは速度には絶対の自信があった。

 しかし、オリガ一人を捉えることができない。

 オリガは風を操ることで予測不可能な動きをする。細く軽い彼女の身体は風に弄ばれているかのように移動し、不意に地面や壁を踏み切って鋭い角度で飛ぶ。


 ウワンが手古摺っている間にも、オリガが放つ風の魔法は不可視の刃を形成して、ウワンの部下たちを次々と殺していく。

「なぜだ!」

 叫び声をあげ、幾度目かの空振りに舌打ちしたウワンは、ちらりと後方の部下たちを見た。

「なぜ、嬲るような真似をする!?」


「あら、気付きましたか」

 オリガの実力であれば、巨大な刃を作ってなぎ倒すような攻撃もできるだろう。情報では多くの敵兵を窒息させたこともあるらしい。

 それを知っているウワンは、魔法を出し惜しみしているかのように、一人ずつ斬り裂いて殺していくオリガの魔法に苛立っていた。


「全員を殺すつもりはありません」

「なんだと?」

「半分くらいは、帰ってもらうつもりですよ。ただ、指揮官がそこにいる必要はありませんけれど」

 オリガはそう言って、ウワンを殺すつもりであることを宣言した。


 当然のことのように言うオリガは、また一人、ウワンの部下を殺した。

 ウワンを助けようと他の者たちも殺到してくるが、誰一人オリガをまともに視認することすらできていない。

 目標はオリガ一人であり、そのことが余計にウワンの部下たちを混乱させていた。

 周りにいるのは味方ばかりであり、武器を振るうのも難しい。魔法を打ち込める状況でも無く、後方は何の動きもできない。


 動けず、逃げるタイミングもないまま、まるで気まぐれに選んだかのように、立ち位置も関係無く少しずつ減っていく味方に、ウワンの部下たちは恐怖した。

「全員、一旦離れてくれ!」

「そうですね。少々暑苦しくなってきました」

 ひらり、とウワンの目の前に下りて来たオリガは、ヒールを突き立てるような前蹴りでウワンを押し返すと、周囲の空気に魔力を混ぜて自分の声を広げる。


「今すぐに逃げるなら、殺しません。逃げなければ、殺します。……こんな風に」

 声が終わると同時に、何人かが首を斬り裂かれて死んだ。

 見えない風の刃は防御のしようも無く、オリガは視線を向けずとも的確に喉を狙ってくる。

「に、逃げろ……!」

「ま、待て! まだ目的は達成していない!」


 誰かが逃亡を叫んだ。

 ウワンは慌てて止めようとするが、安全なはずの後方にいても殺されるという異様な状況に置かれて過敏になっていた兵士たちは、ボロボロと集団から剥がれ落ちるように離れていく。

「待て!」


 ウワンの声は届かない。

 気付けば、あっという間に半数以上が集団の形すら見せずに逃げ散ってしまった。

 残り半数も、じわじわと離脱者が出ている。

「……残りましたか」

 では、とオリガは接近戦に踏み込む。


 ウワンの目の前に来たオリガに対し、ウワンに覆いかぶさるように巨漢のシャトーが拳を打ち下ろした。

 しかし、当たらない。

 拳に手を添えながら、身体をくるりと回転させて立ち位置をずらす。一二三がよくやる動きだが、オリガもほぼ体得している。


「ぅおおう!」

 分厚い鎧の奥からうなり声をあげて、シャトーはさらに拳を振るう。さらに、背に抱えていた大盾を掴むとオリガを叩き潰さんとばかりに強烈な叩きつけを放った。

「すごい力ですね」

 街道の石畳を砕く一撃に、オリガは一度下がった。


 そこへ、ウワンが突進する。

「おお!」

 雄叫びと共に、得意としている上段からの打ちおろしを放った。

 並の相手であれば、縦に両断されてわけもわからぬまま絶命しただろう。

 だが、オリガは並ではない。


 踏み込みから再び身体の軸を中心に回ったオリガは、ウワンの隣に並んだ。

「なっ……」

 気付けば自分の手を掴まれていたウワンだが、切り下しの途中であり動きを止めることはできなかった。

 縦に振り下ろした動きは斜めに逸らされ、オリガの肩がウワンのわき腹押す。


「わわっ……!」

 軸足を引っ掛けられた状態で、高速で踏み込んだ速度のまま転がされたウワンは、街道を出るほど転がり、町の壁に激突した。

「くっ……!」

 どうにか壁に対して受け身をとったが、ダメージは小さくない。


 両手から血を流しながら立ち上がったウワンは、首筋にぞわりと悪寒を覚え、素早く剣をふる。

 何かがあたり、剣を震わせる感触がある。

「気付きましたか」

 オリガの声を聴いて、ウワンは自分が風の刃に襲われたことを知った。気付かなければ、喉を斬り裂かれて死んでいただろう。


 ウワンは改めて、オリガという相手の危険性を感じていた。

 オージュとはまるで違うタイプの魔法使いであり、自分が接近戦で魔法使いに後れをとるという状況に焦燥感を覚える。

 派手な火炎で焼き尽くす攻撃を行い、自分自身はほとんど動くことが無いオージュと違い、オリガは遠距離も近距離も区別なく同時にこなす。


「なるほど。それなりに腕はたちますね」

 言葉と同時に振るわれた鉄扇は、確実にウワンの首筋を狙う。

「くっ、こんなところで!」

「終わるときは終わるものです。あっさりと……」

「お前は、一二三さん程強くない!」


 一二三の名前を出された瞬間、オリガの動きは一瞬だけ止まった。

 ウワンは距離を取ることだけに必死で気付かなかったが、シャトーがその隙を逃さなかった。

「くっ……!」

 細い腰を掴まれたオリガは、ミシミシと音を立てて握りしめてくる圧力に歯を食いしばる。


「シャトー、そのまま……」

 隙あり、と攻撃を加えようとしたウワンだったが、シャトーの空いている片手が背後を指差した。

「……逃げろ、というのか!?」

「ああああっ!」


 地面に叩きつけられそうになったオリガは、自分を掴んでいるシャトーの右腕を鉄扇と風魔法を合わせた長い刃で切断し、握られたままで地面へと落ちた。

 しっかりと握りしめられた拳から逃れようとオリガがさらにシャトーの手を細かく切り刻む間に、ウワンはもう一度シャトーを見た。

 一度完全に死んだシャトーは、脳の機能がほとんど使えなくなっており、今は自我もほとんどないゾンビのような状態のはずだった。


 しかし、ウワンはシャトーの瞳に確かな意志を感じた。

「シャトー……」

 もう一度後ろを指差したシャトーは、拘束から逃れようとするオリガへと残った左手を叩きつけながらもう一度ウワンと視線を合わせた。

 元々口数が少ないシャトーだった。その意思は目の表情からでも伝わる。


「……くっ!」

 ウワンは逃げ出した。

 シャトーが身を挺して止めるから、今のうちに逃げろ、と言っているのだ。後ろからオリガが追ってくる可能性もあったが、ウワンにとって頼りになるシャトーの雄叫びが彼の背中を押す。

「ゥオオオオオオオ!」


 地面を殴りつける強烈な音と地響きが、どんどん遠くなる。

 しかし、その音も数秒ほどで聞こえなくなった。距離が離れたせいだけではないだろう。オリガに、シャトーが殺されたのだ。

 兵士たちもまだ二百人以上は残っていた。残った者たちはシャトーと同じく、獣人や魔人族などの因子を追加された混ぜ物だ。シャトーと共に、死の恐怖も感じることなく敵と戦うだろう。


「ううっ……俺は、俺は……」

 その全てを打ち捨てて逃げた。

 一気に数キロを走ってきたウワンは、立ち止まって力なく膝を突き、オリガの攻撃で傷だらけになった両手を地面に着いた。

「シャトー……ごめん……ありがとう……!」


 こぼれるままに涙を落としたウワンはそのまま十分ほどむせび泣いた後、涙を乱暴に拭って立ち上がる。

「逃げた者たちを、まとめないと……」

 作戦は失敗した。だが、せめて生き残った者たちは国に帰さねばならない。ウワンは奥歯を噛みしめて、追い抜いてきた者たちなど、散り散りになった部下たちをまとめ始めた。


 そして、その逃走する集団を追って、シャトーたちを始末したオリガも、部下をまとめて行動を開始する。

 ウワンの戦いは、まだ終わっていない。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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