153.襲撃・反撃
153話目です。
よろしくお願いします。
「今までは町を襲わなかったじゃないか!」
警備に当たっていた魔国の兵は、突如なだれ込んできた敵を見て叫んだ。
これまで侵入して来た敵軍は街道を突き進みながら野営を繰り返しつつも、略奪どころか攻撃もほとんどせず、まっすぐに首都を、魔王の城を目指しているように見えた。
それが、首都の目と鼻の先にある町が突然襲われた。
早朝であることも手伝って、警備に配置されていた兵士たちは油断していた。
敵はこのまま魔王城へ向かうであろうし、戦闘が終わるまで敵の来ない町で警備し、敗走する敵が民衆を襲うのを阻止する仕事だけに集中すれば良い。
誰もがそう考えていたこともあり、町の門は数百名の人間たちにあっさりと破壊された。
「ど、どうすれば……」
城門近くにいた魔人族の兵士たちは瞬時に敵の軍勢に飲み込まれた。
運よく離れていた者たちも、突然の状況に硬直している。その間にも、城門近くにいた民衆は襲われ、殺されていく。
「何をやっているか! 町の奥へ入れるな! 封鎖しろ!」
誰かが大声を出すと、弾かれるように魔人族の兵士たちも動き出す。長年の訓練で培われた瞬発力が、ようやく発揮されたのだ。
しかし、多勢に無勢だった。
侵入者は八百名に近い。それに対して警備に当たっているのは二百名弱。それもすでに数十名が死亡している。
「封鎖って、どうやって!?」
「手押し車でも戸板でもなんでも良い! とにかく道を塞げ!」
だが、その指示も間に合わない。
民衆や門番を巻き込んで町中を闊歩する敵軍は、動き出した彼らの目の前へとあっという間に迫りくる。
「ぼ、防衛しろ!」
指揮官も他に言うことは無い。敵の動きは組織的とは言い難いもので、とにかく遮二無二走ってくる。
対する防衛側も近くに来た敵を斬る以外にない。
魔法が得意な者は懸命に得意な攻撃魔法を使うが、幾人かを倒しているうちに敵は近づき、強制的に接近戦へと移行する。
中には魔法使いとの戦いや街中での戦闘に慣れた者も多く、建物を盾にして側面から防衛側を襲うグループもいた。
「このままじゃ、長くは持たないぞ……」
首都へはすぐに応援の要請を送っているが、待っている間に町が壊滅する可能性も高い。
民衆を先に逃がし、兵士たちはじわじわと後退していく。
指揮官は焦燥感を味わいながらも、部下たちがかろうじて耐えているのを見ていた。しかし、状況は刻一刻と悪くなっていくのがわかる。
悲鳴が聞こえた。
逃げ遅れた民衆が殺されたか、女性が襲われたか。
確認のしようもないが、奥歯を噛みしめて指揮官も武器を取り、最前線へと飛び込んだ。
「もはや指揮も何も無い!」
そう叫んで剣を振るう。一人、二人と倒したところで、指揮官は腹に槍が突き立つのを感じて、倒れた。
「……くそっ!」
倒れながら、槍を掴んで持ち主の胸を貫いた。
大量の血を浴びながら、その向こう側から大勢の敵が迫るのを見て、指揮官は自分の最期を悟る。
「終わったか……」
腹の傷は、痛いというよりも熱いと感じる。
部下たちが周囲に殺到して敵を止めてくれているが、失血死よりも敵が到達する方が早いだろう。
「畜生め」
悪態を吐いた。
最後の言葉としては悪くないと思う。
だが、それが最後にはならなかった。
「ぶあっ……!?」
強烈な風が、指揮官を襲う。
突風というには不自然だ。渦巻くような風が敵が殺到する大通りだけでなく、建物の間をも吹き抜けていく。
体重七十キログラムはあり、金属製の鎧を着た指揮官をも転がすほどの強風は、周囲にいた者たちを敵味方関係無く転がしていった。
まるで軽い毛玉のように人を転がした強風は、その場にいた全員を土塗れにしてからあっという間に止まった。
その中で、たった一人が破壊された門のところに立っている。
「面倒です。一二三様の忠臣を辞任するならば、さっさとこの場を離れなさい」
オリガが宣言すると、魔人族の兵たちは腕が折れていようと足が傷ついていようと構わず立ち上がり、近くにいた民衆を引きずってその場から離れた。
逃げた、と言った方が適当かも知れない。
「隊長も、早く!」
転がっていた指揮官も部下に支えられて半ば引きずられるようにして通りを離れる。
「王妃陛下……!」
「殿下、と呼びなさい。私は一二三様と並ぶ者ではありません」
「も、申し訳ありません!」
一兵士のつぶやきを聞き取ったオリガに注意され、蒼白になった兵士が逃げ去る。
門の近くにいた多くの敵兵は魔人族たちとは違い、さらに強烈な風を受けたらしい。砕かれた建物の破片と混ぜ合わされたような無残な姿をさらしており、生きていてもまともに立てない状況にいる者が多かった。
約半数がオリガの魔法によって一度に戦闘不能にされた。
「突撃なさい」
バシャリ、と音を立てて畳まれた鉄扇が振るわれると、オリガの背後で待機していた魔人族軍本隊が一気に突入していく。
「おおおおお!」
「一人たりとも生きて帰すな!」
王城近くの町が襲われたことで、兵士たちの怒りは頂点に達していた。オリガが最初に強烈な一撃を加えたことも、彼らの士気を大きく上げている。
「オリガ様! 敵の本体と思われる部隊が近くにおり、急速に接近中です!」
「わかっています」
オリガはすでに察知していたことを改めて報告され、敵であることを確認する。
「それらは全て、私が相手をします。……町の中にいる敵は、全て殺しなさい」
「はっ!」
疑問も反論も無く、報告した兵士は剣を抜きながら町の中へと飛び込んでいく。
オリガがそうすると言ったなら、それが現実となる。それは一二三という存在よりも兵士たちにとってより近い事実だった。
「あなたは……!」
背後からかけられた声に振り向くとオリガの前にはウワンが立ち、その後ろには一千名以上の人数が隊列を作っていた。
「イメラリア教教団騎士の一人、ウワンですね」
鉄扇を開き、口元を隠したオリガの視線が目の前にいる軍団を見渡す。
「醜い」
「……なんだって?」
オリガの言葉に、ウワンは剣を抜かずに聞き返す。
「醜い、と言ったのです。例えば、そこの大男」
オリガが鉄扇で刺したのはシャトーだった。
「すでに死んだはずの男を、無理やり余計なものと混ぜ合わせて生かしている。他にも、同じように混じっている者が沢山……主人はそういうことを嫌います」
「勝つためだ。勝利してこそ願う世界が得られる」
「勝利などは結果に過ぎません」
ウワンの言葉を否定し、オリガは鉄扇を閉じた。
「自分自身の力を最大限に使った瞬間にこそ、価値があるのです」
「自分一人だけの願いなら、それでも良いかも知れないけれど……」
ウワンは剣を抜く。
直後、数十メートルの距離を一瞬で詰め、オリガの額に向けて剣を振り下ろした。
かろうじて鉄扇で受け止めたオリガは、上背のあるウワンの顔を涼しい顔で見上げている。
「なんて力……」
女性とは思えない膂力で受け止められ、ウワンは驚くと同時に懐かしいものを感じた。
「一二三さんと、同じ……?」
「気付きましたか? 力だけではないのです。必要なのは力と知識と技術の融合。視野が狭いままで強くなろうとするから、貴方たちのように余計な力に頼らないといけなくなる」
「ぐぐ……だけれど、僕にだって訓練で得た技術はある!」
「そう思うなら、試しなさい。仲間たちと一緒に、かかってきなさい」
オリガの言葉と同時に、ウワンの部下たちは一斉にオリガへと襲い掛かった。
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