151.魔王の妻が往く
少し短めですが、151話目です。
よろしくお願いします。
魔国ラウアール。今は主である魔王が不在であり、その妻オリガが代わりを務める国。人員の出入りは制限されているが、国内での活動は特段の制限はされておらず、また、魔王への挑戦という名目があれば入国はできる。
また、一部の許可を得た商人も通ることができ、鎖国状態という割には魔国において経済的な困窮は訪れていない。
ただ、今回の侵攻に関しては国境を無理やり押し通る形で侵入している。
構成としては人間がほとんどの軍であったが、一部には獣人とも魔人ともつかない者が含まれていた。
国境を警備していた魔人族の兵隊長は、それらをしっかりと観察して城へと伝令を送ると同時に、部下たちを全員一時的に退避させている。
「指示通りの動きですね」
次々にやってくる伝令からの情報を整理しながら、オリガは王城を出て王都の前に布陣する魔人族軍本隊の先頭に立っていた。
その傍らには、ウェパルとウィルがいる。
「こちらの人数は、王都待機部隊と周辺の町から警備部隊を集めて千五百。少し少ないわね」
「ど、どうするの……?」
ウェパルは慣れた様子で落ち着いているが、ウィルの方はそわそわとしている。こちらの世界に来てから初めての本格的な集団戦闘なのだ。
「一千名は王都の守備に残し、残りはもう少し街道沿いに前進して広い土地で布陣します。布陣と言っても、すぐに動けるように」
会議でも話したことを再度口にする。
ウェパルたちは知っているが、中級指揮官たちは初めて聞く命令だった。だが、ウェパルが細かな配置を伝えると、誰もが素直に従う。
「で、相手の四分の一の勢力で、追いかけまわすということだけれど」
「その通りです。ですが、まずは相手の足を止めます。ただ追い回すだけでは、この国に挑む意味を伝えることができません」
相手の正体は未だに不明であったが、この戦いが多くの国家・集団にとって注目されているものであることは間違いなかった。
「敵が何者か、というのは数人捕まえて吐かせればすぐにわかること。それよりも、私たちの、魔王軍のやりかたというものを見せるのです」
「それで、挑戦者がいなくなるのはまずいんじゃないの?」
ウェパルの言葉に、オリガはそっと微笑む。
「その程度で諦めるようなら、最初から主人を楽しませることはできません。城に辿りついたところで、私かヴィーネが処理して終わりです」
オリガとしては、今回の戦いは“様子見”であろうと考えていた。
「少し刺激すればすぐに逃げ出す可能性が高いと思われます。ですが、それでは駄目なのです」
話している間に、侵攻を続ける敵の情報が次々に入ってくる。
国境警備の兵は半数が予想進路上の一般市民を守るための各警備部隊と共に、避難誘導や町の封鎖を手伝っていた。
そして残りの人員全てを使って、敵集団の行動を完全に把握し、逐一報告が上がる体制が作られている。
「進行速度から、あと二日でここに到着すると思われます」
「では、そろそろ用意をしましょう」
新たな報告に「ありがとう」と返したオリガは、列車と馬を乗り継いで疲れ果てた様子の伝令に休むように伝えると、ウィルの名を呼んだ。
「ウィル。予定通りにやってください」
「わ、わかった」
「ウェパルさんも、防衛の指揮をお願いします」
「はいはい」
二人が離れていくと、オリガの周囲には魔人族の兵士たちが待機するだけだ。心なしか、誰もが緊張した様子を見せており、オリガの方を見ようとしない。
「一日で所定の位置へ移動します。その後、敵が来るまでに兵を伏せます。詳しくは現地で説明をします。時間との勝負になりますよ」
「はっ! では、行軍を開始します!」
近くにいた兵が答えると、それぞれの部隊に向けて旗を振る。
あちこちで行軍開始の声が上がり、五百名の部隊はゆっくりと進み始めた。
オリガは馬上にいる。
そして堂々と部隊の先頭を往く。
兵士たちは誰もが押し黙ったままオリガの馬に続き、それぞれの武器や防具をチラチラと点検しなおしながら、頭の中ではこれからの戦いに対する期待と不安が入り混じる。
オリガの実力を知らぬものは、女が率いる戦いに不安を覚え、彼女を知る者はどれほど過酷な戦いになるかが不安だった。
しかし、敗北の可能性は誰の脳裏にも無い。
整然と、オリガが指示する通りに動けば問題ない。ウェパルがそう言って全ての兵士を慰撫していた。
さらにウェパルが伝えていたことがある。
「この戦いで死ぬ可能性があるとすれば、それはオリガに対立した場合のことよ」
魔人族たちがウェパルに寄せる信頼は厚い。
その言葉はまじないのように伝播し、全ての兵士が敵に対してよりもオリガに対して緊張していた。
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