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15.殴り込み

15話目です。

よろしくお願いします。

「アモン隊長~。わたしたち、いつまでここにいないといけないんですかぁ?」

 フォカロルにある宿の一室で、ふわふわとした金髪を揺らした女性が、同室で難しい顔をして報告書を見ている男に声をかけた。

「うるさいな。暇なら自分の部屋に帰って寝てろ。用事があったらこっちから呼ぶ」

「少しくらい、街に遊びに行きましょうよ。王都に無いお菓子とか売ってるらしいですよ?」

 どこから手に入れたのか、女性は『フォカロル観光案内』と書かれた一枚の紙をひらひらと見せびらかすように揺らしている。

 そこには、駅を始点とした観光地図が記され、名物料理や旧領主館をはじめとした観光スポットが書き込まれていた。


 女性の方はオーソングランデ皇国騎士マリアで、男は近衛騎士隊長のアモンだ。二人は魔法顧問プーセ及び王女ヨハンナを捜索するためフォカロルへ入ったのだが、先行していた騎士隊とその部下たちはほぼ全滅し、状況を確認して尾行していた者たちも数が減らされていた。

 それを王に直接報告するのが嫌だったのもあるが、別の勢力も動いているらしく、せっかく見つけたプーセを襲撃する輩も現れた。

 状況がどう変化するかもわからないので、報告書を送ると同時に要請して数名の皇国軍兵士を変装させた形で呼び寄せ、自らもフォカロルに残って王女たちの監視を続けている。

 正直に言えば、ヨハンナもプーセも目立つ。監視や追跡は“楽”の一言だった。

「……もう少し緊張感を持て」

 書類を置き、アモンはため息をこぼした。

 観察対象の二人は、トオノ伯爵とその息子に接触し、伯爵の持ち物らしい屋敷に宿泊している。

「緊張って言っても、何にも仕事がありませんもん」

 ぷぅ、とほほを膨らませている女性は、ベッドの上にころりと転がる。

「仕事は嫌という程あるんだよ。問題は、どれから手をつけるか、だ」

 アモンは自分の額を指でつつきながら、宿に備え付けの小さな机に放った書類を睨みつけた。

 問題は二つ。自分たち皇国騎士隊とは別に動いている勢力がある事だ。これについても調査をしたいのだが、襲撃者は殺害されるか、昨夜王女たちが滞在する屋敷を強襲した連中も、どうやら捕えられたか殺されたか、今の時点で外まで出てこなかった、と見張っていた兵士は報告してきた。

 そしてもう一つの問題が、そこで発覚したのだ。

「英雄が復活した可能性……」

 一二三・トオノという名の伯爵については、アモンも当然知っている。監視していた兵士が見たのは、その妻であり、現在の魔法技術の基礎を作ったとまで言われるオリガの姿だった。

「見間違えとかじゃないんですか? 夜だったわけですし、遠くからだったわけですし」

「そう決めつけるのは危険だ」

 アモンは決断を保留してはいたが、かなり高い確率で本人ではないかと考えていた。闇夜に現れた小柄な容姿。逃げる二人の男の首を落とす魔法操作の精密さ。そして握られた鉄扇。

 魔法使いがあえて重い武器を持つ事は少ない。魔法があくまで補助としての手段で、他の武器を主体に戦うのであれば別だが、魔法を専門とするならば、短い魔法杖か魔法短剣を使うのが一般的だ。

「それに、今回の調査で、英雄の方も復活した可能性も高まった」

 書類は街中で調査に回っている者からの報告書だった。彼は“別勢力”について調査を命じられていたのだが、その中で、魔国ラウアールへ向かう列車に、濃紺の変わった上着と、ひらひらとした黒い服を身に着けた男性が目撃されている。

 それを聞いて、調査していた兵士はすぐさま王城前広場に飾られていた英雄の像を思い出し、念のためアモンに報告を上げたのだ。

「そして、ウェパル女王が退位。なぜかプーセ様と合流した、と」

 アモンはひどく迷っていた。

 この町のとある建物に、恐ろしいまでの戦力が集まっている。対応を王城に打診しているが、返答はまだだ。魔国へ調査に入るのはリスクが高い。今できることは、フォカロル内で監視するだけだった。

「失礼します」

 ノックをして入ってきたのは、調査に動いている兵士だった。今は一般人の格好をして、ふらふらと遊びまわっている振りをして街中を回っている。

「どうした?」

「冒険者ギルドも動きがありました。ギルド長が調査官と思しき人物を引き連れて、早朝より例の屋敷を訪問しています」

「トオノ伯爵側は?」

「少なくとも屋敷へは訪れていません」

 報告を聞いて、アモンは頭を抱えた。

 謎の集団による襲撃の直後、ギルド長自らの訪問、そして調査官。

「仲間割れか?」

 共生派の最大の弱点が、彼らが多くの種族の集まりであるという点にある。人間と魔人族、人間と獣人族が友好的だからと言って、魔人族と獣人族やエルフが必ずしも友好とは言えない。

 実際、他種族と距離を置こうとする動きは魔人族に顕著に表れているし、獣人族の中でも、人間とのなれ合いを避けて、以前と変わらず森の中に暮らす者たちもいる。

 理由は別にあるかも知れないが、王女ヨハンナたちとトオノ伯爵との間に、何かしらの問題が発生していても不思議ではない。

 アモンは立ち上がった。

「お前たちは、引き続き例の屋敷を見張っていてくれ。マリア、出かけるからお前もついてこい」

「どこに行くんです?」

「ギルドだ。俺たちも、ちょいと冒険者になってみようじゃないか」

 訳が分からないままだったが、部屋に籠っているよりは良い、とマリアは準備するために自室へと戻って行った。

「やだねぇ……」

「何がです?」

 まだ室内にいた兵士が、アモンが漏らした言葉に反応した。

「おれが現役の間に、面倒事が重なるってのが嫌だなって話さ。先代はのほほんと護衛やら警備やらの仕事をこなして、今は楽隠居。不公平だと思わないか? あと二十年もすればおれも引退できるってのに、英雄も復活が早すぎるぜ」

 ぶつぶつ言いながら、フォカロルで手に入れたショートソードを腰に佩き、アモンは町へと繰り出した。


☆★☆


「伯爵家所属の者たちではありましたが、現当主は関わっておりませんね」

「ということは……」

「はい。養子であるウェスナー様の指示で動いた、と白状しました」

 談話室で待っていたウェパルとプーセの元へ戻ってきたギルド長は、来た時と同じ場所に座るなり、そう語った。

「理由まではわかりませんが……」

「そんなものは、知る必要がありません」

「オリガさん」

 プーセは突然現れたオリガに驚き立ち上がって迎えた。

 身体を気遣う言葉を発する為に開いた口が、オリガの後ろにいるシクの姿を見てぱくぱくと音を出さずに開閉する。

「ぷ、プーセさん……」

 シクは怪我こそしていないが、すっかり憔悴した様子で、涙をぽろぽろと流しており、プーセの姿を見るなりへたり込んだ。

 彼女の監視をしていた片耳兎のヴィーネも、苦笑いでその後ろに立っている。

「オリガさん。彼女に何を?」

「小一時間ほど、まっすぐに目を見てお話させていただきました」

「お話?」

 拷問でもされたかと心配したプーセだったが、疲れ果てているだけで、打たれたような跡も見当たらない。

「“貴女は裏切り者ですか?”と目を見ながら小一時間繰り返し聞いただけです。大したことはしておりませんが、泣きながら否定しましたし、私が見る限り、シクさんは今回の件には無関係ですね」

 何をやっているのか、とプーセは呆れたが、自分にしがみついておいおい泣いているシクと、汗びっしょりでプーセと目を合わせようとしないヴィーネを見る限り、単に見ていただけでは無いのだろう。

 例えば、とプーセはオリガが持つ鉄扇を見たが、それ以上は追及しない事にした。

「シク様は一二三様の事をご存じの方ですから、ウェスナー様とは多少距離を置かれていたはずです。それに、自白した者たちもシク様が無関係であると証言しております」

 言いながら、ギルド長は立ち上がり、オリガ達へと丁寧に頭を下げた。

「オリガ様、ヴィーネ様。お初にお目にかかります。フォカロルの冒険者ギルドを任されております、クロアーナと申します。八十余年前のご活躍は存じております。お会いできて光栄でございます」

「これはご丁寧に。ですが、私もヴィーネも一二三様のお手伝いをしただけです。力不足な事も多かったのと、もう貴族でもありませんので、様付けは結構ですよ」

「わ、わたしもです! ギルド長なんて偉い人に頭を下げられても困ります!」

 それで、とウェパルは座ったままでオリガを見遣る。

「これからどうするの?」

 プーセではなく、オリガに対して聞いたのは、ウェパルは刺客の主な狙いはオリガや一二三では無いかと見ていたからだ。

「ギルド長、侵入者は何と?」

「……一二三様と、それに連なる方の殺害を命じられていたようです。どうやら、一二三様がフォカロルを発たれた事はご存じないようですね」

 この事で、ウェパルとプーセは当代のトオノ伯であるメグナードはシロであろうと考えた。領主が屋敷を貸し与えている人物が出国した報告が当主に行っていないとは考えにくい。

「では、この件は私に処理をお任せいただいてもよろしいですね?」

 自分たちが狙われたのだから、仇を処理する権利も自分にある、というオリガの主張は、いつの日か一二三が言った彼の考えそのままだ。

 ヴィーネも、いつの間にか真剣な顔をして、同意するように頷いている。

「ご主人様を狙ったとあらば、わたしたちでやらねばご主人様に叱られます!」

「良く言ったわヴィーネ。それじゃ、行きましょうか」

 しゃき、と音を立てて鉄扇を開き、口元隠したまま微笑んだオリガは、ヴィーネに支度をしてくるように命じた。

「どこへ行くの?」

 ウェパルの質問に、オリガは口元を隠したまま目を細めた。翠の瞳が、冷たく光る。

「決まっています。現在のトオノ伯爵邸です。シクさん、案内をお願いしますね」

「ぼ、ボクが、ですか?」

「当然です」

 勢いよく閉じた鉄扇を向けて、オリガは静かに怒りを露わにした顔でシクを睨みつけた。

「貴女の身内の不始末でもあるのですよ? それとも、無関係な顔を決め込むつもりですか?」

「ぷ、プーセさん……」

 助けを求めるように、しがみついたままのプーセを見上げたが、返答は「諦めなさい」だった。

「貴女に責任が無いとも言えません。警備についても伯爵から貴女が一人されていましたでしょう? 警備兵が裏切り行為を行った点についても、貴女は釈明し、原因を追究し、伯爵と共に詫びねばなりません」

「わかりました……」

「私は部下と一緒に留守番しておくわ。久しぶりの休暇だもの、わざわざトラブルに首を突っ込むつもりは無いし」

 ウェパルは同行しないと言い、留守の守りは任せてね、と請け負った。

「お許しいただければ、私も彼を連れて同行します」

 ギルド長は、ワイズマン調査官を差しながら言った。

「侵入者がどのように証言したか、私共が証人として領主様へお伝えいたしましょう。それに、丁度馬車を待たせていますから、領主館まですぐに行けます」

「では、よろしくお願いいたします」

 オリガは、すぐに出立すると宣言した。

 トオノ伯メグナードの私邸とトオノ伯爵領の中央官庁を兼ねた現在の領主館は、目と鼻の先に在る。


「まさか、こんな事で魔法障壁を頼りにされる機会があるとは……」

「仕方ありませんよ。領主の息子が逃げる可能性があるんですから」

 プーセとヴィーネは領主館の前で待機していた。怪しい人物やウェスナーが館から逃げるような事があれば、プーセが魔法障壁を使って捕まえる、という役を任された。

 ヴィーネはプーセが万一取り逃がした場合の追跡役だ。今回の同行者の中で最も足が速いために、オリガから指示されて渋々従っている。

「わたしだって、もっとお役に立ちたいんですけれどね……結局、今回も待ちぼうけの役ですし、力が無いって悲しいです」

 ヴィーネは、自分が何もかも中途半端である事に悩んでいた。

 獣人族としての身体能力はあるが、力で言えば他の熊や虎の獣人に比べて弱い。魔法は本職の魔法使いに比べれば発動も遅く、安定しない。武器の扱いは苦手だった。

「このままだと、ご主人様の役に立つ事無く死んじゃう事に……」

 自分の言葉で沈んでいくヴィーネを見て、プーセはどう声をかけるか迷っていた。魔法は努力すればある程度は使えるようになるが、才能次第で上限はある。魔力量は一朝一夕で増える物でも無いし、魔力操作も長期間操ってようやく慣れてくる。

「んん……一二三さんも、戦場レベルで魔法を使えるようになれ、なんて無茶な事を言い残したものよね……そうだ!」

 自分は闇魔法という特殊な魔法を使えるくせに、便利な収納スペース程度に考えて、攻撃には碌に活用しようともしない事が不満だったプーセは、ふと一二三の戦闘風景を思い出した。

「一二三さん、武器が無くても戦ってたんじゃなかったっけ?」

「そうですよ。ご主人様はどちらかというと刀を振るうより体術の方が得意だそうです」

 何故か自分の事のように、満面の笑みでヴィーネが答える。

 なんでこんなに良い子があんなのに……と残念に思いつつも、プーセは自分の考えを伝える。

「武器が苦手でも使える技を、一二三さんなら知ってるじゃない。それに、彼から教わった戦闘術をしっかりと守り通している人たちがいるのよ」

「本当ですか!?」

 彼が帰って来るまでそこで修行したらどうか、とプーセは提案した。

「でも、わたしが行って、教えてもらえるでしょうか?」

「大丈夫よ。だってそこは、トオノ伯爵領内にある、獣人族の町だもの」

 それは、一二三という男の薫陶を色濃く受けた、とある羊獣人の女の子が作り上げた町だった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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