149.ヴィーネの生き方
149話目です。
よろしくお願いします。
状況を俯瞰的に説明してしまうと、少々の休息を挟みながら全力ダッシュで荒野を駆け抜けたヴィーネは、一二三を追い越してしまっていた。
ヴィーネが追いかけてくる可能性は考えていた一二三だが、性格から考えてプーセたちをフォカロルへ送ってからだと思っていたのだ。
あるいは、オリガに怒られて引き返してくるか。
「おっ。あった、あった」
羊族を中心とした敵集団を蹴散らし、四分の一ほど殺したあたりで逃げられてしまった一二三は、とりあえずは満足して休息を採り、森の中を散策していた。
記憶を頼りに森を進み、泉の近くで見覚えのある木の実を発見する。
ボダンと呼ばれるその木の実は、血のように赤い果汁が鮮やかで、爽やかな酸味と共に柔らかな甘みが特徴だった。
以前に荒野の森でこの実の存在を知った一二三だが、その時に採集した分は全て食べつくしてしまっていたのだ。
一つ食べては一つ闇魔法収納に放り込む、ということを繰り返し、赤く濡れた両手と顔をキリッと冷えた泉の水で洗い流す。
喉も潤い、満腹感を覚えた一二三は泉の近くにある木に背中を預け、目を閉じた。
ヴィーネの扱いについて、一二三は自分の傍にいるうちはさておき、別行動が増えたり、さらに激しい戦いが始まるのであれば、これ以上は自分についてこられないのではないかと感じていた。
他の多くの者たちよりも強いのだろうが、一二三の見立てでは長い戦闘には向いておらず、羊族集落での戦闘のように多人数を相手に少数で戦う可能性はいくらでもあるだろう今後はどんどん苦しくなるはずだ。
特に、全ての国や集団を敵に回すと決めた今からは。
ヴィーネの戦い方は、常に移動しながら敵の攻撃を掻い潜り、緩急をつけた動きで敵を翻弄しながら攻撃と離脱を繰り返すものだ。長時間の戦いには向いていない。
「まあ、仕方がない。向いていないものはどうしようもないだろう」
一二三は、ヴィーネと次に出会ったときに伝えることに決めた。
今後は同行せず、拠点防衛に専念しろ、と。
☆★☆
主人と慕う一二三がそう考えているとはつゆ知らず、ヴィーネは記憶にある中でも最短の距離を走った。
途中に川や泉を経由して水分だけはしっかりと補給しつつ、食料は軽い干し肉や森で採れる果実などに噛り付くだけにとどめる。
満腹になれば、走れないからだ。
もはや日数など数えることも無く、昼も夜も体力が続く限り走り続け、憶えのある懐かしい光景へたどり着いた。
そこからはソードランテは目と鼻の先。
静かな森だが、ヴィーネがソードランテで奴隷にになったころは、人間も時折採集に来る場所であった。
ぐるりと周囲を見回すと、木の実はほとんど残っておらず、木の高い部分にだけわずかに残っているだけだった。
飛び上がり、枝を掴んでよじ登ると、ヴィーネはその実を齧りながら木々の隙間から見えるソードランテの様子を窺った。
「久しぶりですね。あれから八十年以上も経ったなんて、信じられません」
ヴィーネの脳裏に、一二三との出会いが思い出される。
彼女は幼少時に人間に捕らえられてから十年ほどの間、商売をしている人間の奴隷として労働させられて暮らしていた。
運良く穏やかな性格の人物に買われたこともあって、奴隷としては酷い虐待を受けることも無かったが、捕まった際に片耳を失うなどの大きな傷は受けた。
人間と獣人族はそういう間柄である、と長く考えていたし、他の生活を知らなかった彼女にとって、獣人族の生き方は“森で食べ物を探して敵対する獣人に怯えて暮らす”か“人間の奴隷として、与えられる仕事と食料で生きる”かの二つだけだった。
ところが、ある日彼女の持ち主であった商店主が死亡し、再び奴隷として売りに出された彼女を、一二三が買い取った。
ヴィーネを含め、大勢の奴隷を同時に買い入れた若い男。
若くしてそれだけの財を持つ人物である以上、同時に買われた他の獣人たちも彼をまともな人間だとは思っていなかった。どのような目に遭うかと不安だった彼女だったが、現実はまるで違った。
一二三から指導を受けているという羊族と兎族の少女たちとの出会いや、彼女たちと作り上げたスラムの町を思い出し、ヴィーネは顔がほころぶ。
「楽しかったです。あの時からずっと、楽しかった」
大変なことや怖いこともあったが、狭い狭い自分の世界がいきなり大きく広がったあの時の驚きは今でもヴィーネの心には新鮮に感じられた。
自分で町を作る。商売をする。仲間と協力して何かを作り上げる。トラブルを自分たちで解決するための方法を考える。
苦労の連続は、どうじに新しい経験の連続だった。
そして、その驚きと喜びは、いつしか一二三への思慕へと変わっていった。
「今思えば、あの二人も……」
獣人たちのリーダーとなった羊獣人のレニ。そしてその親友であった兎獣人のヘレン。彼女たちは一二三の影響を強く受けて、人間たちの社会との交わりに関しても主導者としての立場にあった。
ヴィーネは、彼女たちも一二三に対して恋愛感情があったのではないか、と今になって思うようになっていた。
当時は自分が一二三に対して夢中になりすぎていた部分があって周りの状況などほとんど見ていなかったが、今考えれば、そういう可能性もある。
だが、結果として彼女たちは一二三から離れ、ヴィーネが一二三たちと共に封印されたあとは獣人たちのまとめ役を全うしたらしい。
「う……」
だとしたら、彼女たちに我慢をさせてしまったのではないだろうか、と申し訳ない気持ちが湧き上がってきて、ヴィーネの目元に涙が浮かぶ。
ごしごしと涙を拭い、ぺちん、と両頬を叩く。
「だから、わたしは精一杯この世界を生きていかないと」
奴隷であったころには想像すらできなかった人生を、今ヴィーネは生きている。
枝から飛び降りてソードランテへと駆けだしたヴィーネの目に、ぐんぐんと近づいてくる城塞都市の正門が見えて来た。
「ご主人様と一緒に生きる! そして最後までご主人様とこの世界を楽しむんです!」
それがヴィーネにとっての幸福である。
以前よりもさらに向上した彼女の運動能力は、荒野の硬い大地をものともせず走り続け、目の前に迫った門へと向けてさらに加速していた。
が、急ブレーキをかけた。
「あ、あれ……?」
ヴィーネの想像では、先に到着した一二三がソードランテで大暴れしている最中か、もう終わってしまって死体が転がっている状況のはずだった。
ところが、ヴィーネの目の前で開いた町の門からぞろぞろと獣人族や人間の兵士たちが出て来たところに鉢合わせる形になった。
怪我をしているとか、逃げ回っているという様子ではない。
鼻息荒く、戦闘に対して士気が高いことをうかがわせる。
「どうしよう。予定より早くレニさんたちに会えちゃうかも……でも」
ヴィーネの姿を見つけたらしい獣人族たちは、誰かの命令を受けたらしく武器を掴んで迫ってくる。
「……戦うしかないですね!」
それでこそ一二三の従者としてのやり方だろう、とヴィーネは腰に提げた釵を抜いた。
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