147.彼を追いかけて
147話目です。
よろしくお願いします。
狼獣人のナバムは、ヴィーネやカイテンたちが集落を脱出している間にはぐれてしまっていた。
元々森に住んでいる者でもあり、カイテンもプーセも彼のことは放っておくことにしたが、ヴィーネだけは気にしていた。
一二三が彼を生かし、ソードランテの状況について聞いていたのだ。逆に言えば、一二三が来ているという情報はナバムからでも伝わる。
「……昨夜、ナバムさんはどこにいたのでしょう?」
羊獣人に襲われた、と怪我をして逃げて来た。
怪我は間違いなく本物で、彼自身は自分をソードランテの主流はではなく、体制に対する反対派に属しているというようなことを一二三に語っている。
「でも、それが嘘だとしたら?」
一二三は勘が鋭い。異常なまでに。
だが、自分が感づいたことに対して語ることはあまり多くない。聞かれれば答えるだろうが、楽しみを自分で独占したがる“癖”があることも、ヴィーネは良く知っていた。
「どうして、私は一緒にいけなかったんだろう」
何度か呟いた言葉だが、ヴィーネはまだ答えがわからない。
彼女は今、荒野に出てイメラリア共和国の首都フォカロルへ向かってプーセやカイテンと共にゆっくりと進んでいた。
カイテンらはヴィーネを気遣って何かと話しかけていたが、ヴィーネは短く答えるだけで、考えはずっと一二三の行動について支配されている。
「そういえば、一二三さんの訓練でカイテンさんは随分強くなったのですね。あの集団の中で、私を背負って戦えるほど」
「そうね。騎士らしく戦うなんて放り捨てて、とにかく身体全部、いえ、他にも周りにあるものはなんでも使うわ。尤も、それだけやっても一二三さんには勝てる気がしないけれど」
カイテンは肩をすくめた。
どうにか歩ける状況にまで戻ったプーセは、騎士たちの手を借りながら歩いている。
「勝てるとしたら……以前、一二三さんは自分を殺すには大量の人数が必要だと話した」
プーセは人づてに聞いたことを話し始めた。
「彼とて無尽蔵に体力があるわけではいし、大勢が何日もかけて攻め続けることができれば、いずれ押し勝てるでしょう。これは本人も認めていることですよ」
プーセ本人は一二三を好ましいと思ったことは無いが、今生きている人物の中でオリガに次いで一二三に詳しい人物でもある。本人との面識があるのもあるが、イメラリアの求めに応じて一二三の足跡を調べていたことがあるからだ。
「でも、イメラリア様を含めて多くの為政者はその方法が取れなかった」
「当然ね。数百人から数千人。下手したら万の兵力を失うわ。それも戦士として訓練を受けた者たちを。それで得られるのが一二三さん一人の打倒としたら、割に合わないわ」
「倫理的な問題もあります。……いずれにせよ、思いついたとしても現実的じゃない」
「……もし、それが可能だとしたら?」
先導していたヴィーネが振り向いた。
「ヴィーネ?」
「ごめんなさい。ちょっと気になったんです」
「まあ、当然よね」
苦笑して、カイテンはプーセに目を向けた。
「あたしが思うに、一二三さんならば戦場から一時的に離脱して休息をとるわ。それくらいの芸当、難なくこなすわよ」
「私も同じ意見です」
カイテンに同意したプーセは頷く。
「そして、自分を探し回る連中をあざ笑うようにして姿を現しては、無残に敵を殺戮していくでしょう」
「なら、理解はできるわね」
カイテンがヴィーネの肩をぽん、と軽く叩いたが、ヴィーネは理由がわからない様子だった。
「どういう意味ですか?」
「潜伏と戦闘。密かに森に隠れて休息し、目覚めれば多数を相手に大暴れ。一人じゃないと難しいわ」
ヴィーネは、カイテンが自分を慰めていることを感じとって、微笑みを浮かべる。
「笑えるじゃない。その方が素敵よ」
「ありがとうございます」
大きく息を吸い込んだヴィーネは、自分の頬を叩いた。
「今、気付いたことがあります。ナバムさんは怪しいんです。私たちとはぐれたにしても、森に慣れているはずの彼ならばすぐに合流できるはずです」
別行動をとるにしても、何か言っていく可能性が高い。
「だというのに、黙って私たちから離れました。それに、彼が本当にソードランテの体制に反対しているなら、敵対する可能性が高い私たちに協力を求める可能性も高いはず」
「あるいは、一二三さんに頼るかも」
「私は、もっと早くそこに気付くべきでした。そうすれば……ご主人様が一緒に連れて行ってくれたかも」
果たしてそうだろうか。
プーセは一二三が女性に対して好意を持つ人間であったと仮定しても、だからと言って獲物を分け合うようなタイプには思えなかった。
しかし、ヴィーネはそう確信している。
「一二三さんの試験ってことね。姉弟子さん」
カイテンが言うと、ヴィーネは頷き、プーセは睨みつけた。
「そんなことを言ったら……」
「私、ご主人様のところに行きます。今からでも、一人で走れば間に合うはずです」
足には自信がありますから、大丈夫だと言うヴィーネにプーセは大きくため息を吐いた。
「プーセ様。ここは行かせるべきじゃありませんか?」
カイテンがヴィーネを後押しするように語ると、プーセはしばらく目を閉じて、小さく頷いた。
「……ここからなら、私でも道はわかります。随分昔ですが、通ったことがある場所ですから」
プーセは、騎士が持っている荷物から食料と水を一部受け取り、ヴィーネへと手渡した。
「私たちはフォカロルへ戻ります。ここで護衛の依頼は終了とします。お疲れ様でした」
「プーセさん……」
「ただし、一二三さんには私が怒っていたことをしっかり伝えてください。彼は私たちを守って逃がしたように見せて、自分の楽しみを優先したのです」
まったく、と怒っているプーセに、荷物を受け取ったヴィーネは笑って見せた。
「わかりました。ご主人様にはしっかりお伝えします」
「それと、必ずフォカロルへ戻って、報告をしてください。貴女は確かに魔王の愛人で弟子でしょうけれど、私の友人なのですから」
「はい。わかりました」
固く握手を交わしたヴィーネは、全員に向かって深々と一礼し、走り出した。
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