146.逃げ出した者たち
146話目です。
よろしくお願いします。
鳥族の獣人フォワ。
夜でも問題なく飛行できるうえ、羽ばたきの音も小さいという理由で偵察を任されることが多い彼は、リーダーである熊獣人レナタが用意した罠の一つが動き出したと聞かされ、状況確認のために飛び立った。
そして、上空から状況を見ていたのだが、あまりの恐ろしさに早々に引き返したくなった。
「あれ、本当に人間……?」
まだ少年と言ってよい年齢のフォワは、眼下で繰り広げられる光景に唖然として、一度はバランスを崩しそうになった。
大きく旋回しながら、恐怖心を押さえて状況を見据える。
複数の人間を取り囲むように羊獣人たちが攻撃している。幾人かは倒したが、人間側の抵抗も激しい。
近隣の集落からもソードランテに組する者たちが大勢集まり、以前より指示があればすぐに攻撃を仕掛けるように、とされていた通りに数はどんどん増えている。
数に押されるようにして幾人かが逃げ出そうとしているのが見えた。
「……逃げるなんて、無理だよ」
ポツリ、とフォワは呟いた。
だが、彼の予測とは裏腹に、たった一人を残して全員が包囲を脱出した。
逃げた者たちは森の中に入り込んでしまい、上空からは確認ができない。
「一人だけを犠牲にしたのか……」
嫌悪感を覚えながらも、フォワは逆に、その勇気を羨ましくも感じていた。どうにもならない状況で、言われるままに生きている自分にはできないことだ。
逃げ出そうと思ったこともある。
鳥族としては数少ない夜間飛行ができるタイプであり、音も小さく密かに飛べる。ソードランテや荒野を抜け出すことができなくもないと考えていたが、それでも、置いて行った仲間がどんな目に遭うかわからない。
それに、飛行速度で言えば自信はない。万が一脱出の際に見つかれば、あっという間に捕まってしまうかも知れない。
「でも、誰かを犠牲にしてなんて……えっ?」
たった一人、味方を逃がすために残っただろう人物は、ソードランテのリーダーから荒野全体に通達があった人物の特徴に合致する。
多勢に無勢ですぐに圧殺されるだろうと思われていた人物だが、先ほどまでよりも余計に動きが早くなり、次々に獣人たちが殺されているのだ。
多くの獣人族が、それもソードランテ側にいる仲間たちが殺されていく。
だというのに、フォワはいっそ胸がすくような思いすら感じていた。抑圧された自分が、まるで殺戮によって解放されていくような気分だった。
しかし、フォワは傍観者でいることは許されなかった。
「……え?」
悠然と旋回しているフォワは突然、どん、と強い衝撃を肩に受けた。
バランスを崩しかけ慌てて翼を動かそうとして違和感を感じる。うまく動かせないことを不思議に思って見てみると、右肩に金属の刃物が深々と突き刺さっていた。
そこで初めて、フォワは強烈な痛みを感じた。
と、同時に気を失う。
フォワの身体は、落下を始めた。
☆★☆
「う……」
「目が覚めたか」
フォワはうっすらと目を開くと、声が聞こえた方へと視線を向けた。
誰かがいるようだが、まだ視界がぼやけてよく見えない。
「とりあえずは生きておいてもらう必要があったからな。簡単だが手当はした」
手当、という言葉で急速に意識が鮮明になっていく。
謎の刃物による攻撃を受け、それからのことが思い出せない。
「う、どうなって……」
「これで落とした。そして拾った」
隣にいた人物が、見覚えのはる刃物をひらひらと揺らしているのが見えた。
「あ、ああ……」
そして、その人物こそ上空から見ていたあの男であり、ソードランテが全力を挙げて叩き潰しにかかっている標的だ。
「俺は一二三だ。お前らは俺を狙っているんだろう?」
血を拭った手裏剣を懐に仕舞い、一二三は草の上に横たわるフォワへと顔と近づける。
「お前、森に住む連中とは違うんだろう。遠くから飛んできて、状況を確認しに来た。そうだろう?」
フォワは恐怖に身が凍り付いたように固まり、答えるどころか声すら出ない。
「随分久しぶりに荒野に来たんだが、中々妙なことになっているみたいじゃないか」
立ち上がった一二三が、袴に付いた草を叩き落した。
「正直に話せ。そうすれば、殺しはしない」
フォワは頷くのが精一杯だった。
☆★☆
「大丈夫でしょうか……?」
撤退し、森の中で密かに一晩を過ごしたカイテンたち。
陽が昇ったことを確認し、注意しながら集落から離れる方向へと歩みを進めて来た彼らは、再び休息のために固まって腰を下ろしていた。
そこで、一人の騎士が呟く。
「心配するだけ無駄です」
どうにか座れるようになったプーセが答える。
「殺そうと思って殺せる人物なら、八十年前にどうにかしてます」
「そうよね。いくら敵が多くても、殺されるところなんて想像つかないわ」
カイテンもプーセに同意し、小さく笑い声を上げた。
努めて明るく振る舞っているカイテンだが、ふと、ヴィーネへと向けた視線は杞憂を含んでいる。
「……心配なのはあの子よ」
ヴィーネはただ一人、食事もとらずに「見張りをやります」と言って、カイテンたちからやや離れた場所で文字通り聞き耳を立てていた。
言葉も届いているだろうことを承知で、カイテンは続ける。
「今はあの子が、あたしたちの中での最高戦力なのよ。嫌でも彼女に頼らなくちゃいけない。心苦しいけれど、これが事実」
そのヴィーネだが、一二三との別行動を言い渡されたことで、目に見えて落ち込んでいた。
集落を脱出する際も、森を進む時も、先頭に立ってカイテンらを導いたが、一度落ち着いたところで改めて考え込んでしまっているようだ。
「重傷ね……」
本来は快活なヴィーネだが、集落脱出以来必要なこと以外は一言も発していない。笑うことも無く、口を引き結んで考え込むような表情を見せている。
「ですが、危険な場所から逃げろと言われるのは、愛があるからではありませんか?」
「貴方良いこと言うわね」
部下の言葉に手を叩くカイテンだったが、ゆっくりと首を横に振った。
「それが普通の男女の関係であれば。もしくは師弟関係であれば、それで良かったかもね。でも、一二三さんたちは違うのよ。普通の間柄じゃないの」
「そうですね……。彼女たちの間にある絆は、戦いの中に共にあることなんでしょうね」
プーセの言葉に、全員が沈黙し、ヴィーネへと目を向けた。
戦場で共にあることが愛情であり信頼であるというのならば、戦場から離脱しろ、と命じられたヴィーネはどんな気持ちだろうか。
慮ることも難しいことだが、少なくともヴィーネの心中は辛いものだろう。
「……さあ、沈んでばかりもいられないわよ。これからどうするか、それを決めましょう!」
全員の視線が、プーセへと移る。
「ええ、決めなければなりません。ソードランテを目指すか、撤退するか、を」
プーセだけは、ヴィーネをまだ見つめていた。
ソードランテを目指せば一二三とどこかで合流する機会はあるかもしれない。だが、撤退となれば、それはかなり先の話になる可能性が高い。
一二三がソードランテへ向かわず、一度フォカロルへ来る可能性は高くない、とプーセもカイテンも考えていた。
それでも、プーセは決断した。
「私は、一度フォカロルへ戻ることを提案します」
皆さんは、どうですか?
その言葉は、当然ヴィーネにも向けられていた。
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