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145/204

145.身体が憶えていること

145話目です。

よろしくお願いします。

 敵の集団。その只中に取り残された、と傍目には見える一二三だったが、本人はさほど気にしていなかった。

 護衛をする約束であったプーセたちを流れでヴィーネに押し付けることに成功し、自分一人でのびのびと戦えることに歓喜の震えすら湧き上がる。

 そして、もう一つ気になることがあった。


「届くはずだが、周りが少し鬱陶しいな」

 一二三は踏み込み杖を突き出して真正面にいた敵の顎を砕き、後ろへ向けて蹴りを突き出した。

「うぐぁっ!」

 悲鳴を上げて転倒した背後の敵は、殺到する味方に踏みつぶされて死んだ。


 足元の違和感に立ち止まった者たちは、その隙を襲う一二三の攻撃で次々に殴り殺されていく。

「しかし、キリが無い。このままだと武器も尽きるな」

 その時は素手で戦うだけだが、一二三とて無尽蔵のスタミナがあるわけでも無い。敵を全て殺す前に、自分の体力や集中力が切れて攻撃を受けてしまう可能性はあった。


 それでも悪くない、という気持ちもあるが、まだソードランテの現状も見ていないうえ、五年後に発生するであろう大混乱を目にしたいというジレンマもあった。

「我慢する、と決めたからな」

 と、一二三は近くの木へと駆けあがるように上り、殴り過ぎてがたがたに凹んだ杖を眼下にいる獣人に投げつけた。


 恐ろしい速度で真上から飛来した杖は、見上げながら開いていた獣人の口に突き刺さり、そのまま内臓まで貫いた。

 声も出せずに根元に転がって悶絶する獣人に、周りは恐怖の顔を見せながら距離を取る。

「さて」

 太い枝に足をかけ、一二三は眼下の獣人たちではなく、枝の隙間から見える夜空へと目を向けた。


 月が見える。

 不思議なことに、地球と然程変わらない大きさで見える月。

 そこにちらりと小さな影が通り過ぎたのを、一二三は見逃さなかった。

「よっ!」

 掛け声は軽い。だが、放たれた手裏剣の速度は尋常ではない。


 投げた瞬間に確かな手ごたえを感じる。

 それは投擲武器に精通した者に特有の感覚なのだが、今のところオリガ以外に「わかります」と言われたことはない。ヴィーネは時折釵を投げて攻撃するが、その精度や威力はまだ一二三の満足するところではない。

「ちゃんと教えているはずだが……」


 少しだけ、自分の指導方法に疑問を持ち始めた一二三の目の前に、上空から鳥獣人が落下してきた。

「ふむ」

 高度から見て、このまま墜落すれば死ぬだろう。

 だが、一二三としては自分を監視するように飛んでいたことから、ソードランテの状況や、現状の獣人大集合についても情報を得られるかも知れない相手だ。


 樹上から、跳躍する。

 杖に貫かれた者はすでに死んでおり、再び迫ってきていた集団の上を渡りあるいていく。

 その手には鎖鎌が握られていた。

「上だ! 突け、突け!」

 と、誰かが声を上げた。


「その判断は正しい」

 一二三は褒め言葉を呟いた。

 見上げる格好での攻撃は、上や左右から振り回す攻撃よりも、自分の正面に構えた武器をまっすぐに突き出すのが狙いやすい。

 また、得物を押し上げる格好になるため、自分の臍下で支えるような格好になると力が淹れやすいのだ。


「というのも、ヴィーネたちにも教えたんだが」

 たまに首をかしげている姿を目にするが、そういう時ほど理解できるまで実践させる。

 一二三は基本的に理論派であったが、訓練時間全体の八割以上を実際に身体を動かすことに費やす。

「知は血へとなり、身体を巡る」


 一二三が幼少のころに教わった言葉だった。

 教わった知識は、身体にしみこませてこそである。

 考えながら、一二三は敵の肩や頭を踏みつけて全力疾走していた。足元から悲鳴や驚愕の声が聞こえるが、そんなものに耳を貸す余裕は無い。

 目の前に、落ちてくる一人の鳥族の獣人。


 フクロウのような羽根を持ち、その方に鋭利な十字手裏剣が深々と突き刺さっている。

 完全に気を失っているのか、ピクリとも動かずに羽根の影響でくるくると回りながら落下するその人物に向かって、一二三はさらに足を速めた。

 目の前に、槍の穂先が現れると、鎌で切り落とした。

 剣の切っ先が下から迫ると、側面を蹴って逸らす。


 前に倒れんばかりの前傾姿勢で、揺れない上半身にはためく袴も相まってまるで空を飛んでいるかのような状態で、走る。

 距離は残り五十メートル。

 しかし、鳥獣人が墜落するまで距離はいくらも無い。

「ちっ!」


 走っても間に合わないと判断した一二三は、当初鳥獣人本人を巻き込んで捕まえようと考えていた分銅付きの鎖を、手近にいる敵に巻き付けた。

 たすき掛けのような格好で鎖に絡まれたのは、体格の良い熊族の獣人だった。

「あっ?!」

 何が起きたのかわからない、といった表情で目を白黒させている熊獣人は、直後にすさまじい力で引き上げられる。


「……ふうっ!」

 小さく息を吐き、一二三はへその下にある丹田たんでんに意識を集中させ、そこから広がる自分の肉体へと隅々まで意識を巡らせた。

 それはまだ一桁の年齢で教わった技。

 そして今日まで毎日のように繰り返してきた動き。


 息を吐くと同時に一二三の腰はぐるりと回り、腰から背中、肩、腕へと力の流れは滝のような勢いで連鎖する。

「う、うわああああ!」

 持ち上げられた経験などほとんど無かったであろう熊獣人は、細身の人間から引き上げられ、さらには遠心力のままに投げ飛ばされたのだ。


「うぎゃあっ!」

「ぎぃっ!」

 と、一二三に踏まれていた二人の獣人たちも悲鳴を上げた。

 それも当然で、熊獣人を引き上げた力が、そのまま二人にのしかかったのだ。

 鎖骨だけでなく、肋骨も踏み折られている。


 だが、それで遠慮する一二三ではない。

「バランスが悪くなる」

 などと悪態を吐きながら、落下する鳥獣人の方へ向かって熊獣人を放り投げた。

 直接当てることはしない。

 狙ったのは落下予定地点の向こう側に見える大木。その太い幹へと熊獣人はすさまじい轟音と共に叩きつけられた。


「……っ!」

 口を大きく開き、牙が並ぶ口内から唾をまき散らしてはいるが、声は出ない。

 全身の骨が砕かれ、気絶すら許されないほどの痛みに襲われながら、大木から転がり落ちる。

 その上に、鳥獣人は落下した。


「……間に合ったか」

 殺到していた者たちが動きを止めると、足元に倒れた獣人たちの喉を鎌で掻き切った一二三は、熊獣人の身体をクッションにして、地面へと転がるように落ちた鳥獣人へと近づいた。

 両腕の羽根は折れているようだが、息はしている。


「ふむ……」

 見ると、熊獣人の方は絶命していた。血を吐き、悶絶した表情でこと切れている。

「骨を砕いておくのはやはり正解だったな。それにしても、久しぶりに本気で合気揚げを実戦で使ったな」

 満足げに頷く一二三に、周囲の獣人たちは誰もが顔を見合わせているばかりで、もはや襲おうとしない。


「おや?」

 その様子に、一二三はぐるりと首を回した。

「どうした? かかってこないならこっちから、行くぞ?」

 鎖鎌の分銅をくるくると回し、鎌を振るって血を飛ばす。

 大きく深呼吸をした一二三がニヤリと笑うと、獣人たちは一斉に逃げ出した。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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