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144/204

144.彼の魅力

144話目です。

よろしくお願いします。

「ここから逃げるなら、手引きするけど?」

 談話室のソファでぐったりと倒れたまま、ニャールから飲み物を受け取るウィルにウェパルが声をかけた。

「あ、私にはシードルを頂戴」

 ニャールに飲み物を頼みながらソファに腰かけたウェパルは、ウィルをまっすぐに見ている。


 その視線には、憐憫というよりは小動物を可愛がるような面白がっている雰囲気がある。

「逃げる気は無いわよ」

 身体を起こし、爽やかな果実水を口に含んだウィルは、その酸味に口をすぼめた。

「うーっ、酸っぱい。でもおいしい」

「何がそんなに気に入ったのかしら。一二三のこと、気に入ったの?」


「うーん……」

 カップを置いたウィルは、腕組して首を傾げた。

「恋愛の相手としては、無いわね」

「でしょうね」

 オリガが聞いたら怒るかも知れない、とウェパルはふと不安になったが、逆にライバルではないと改めてはっきりさせておくのは悪いことでも無いとも思えた。


「ありえないもん。平気で人を殺すし、人の話を聞かないし、勝手にあれこれ決めるし」

 不満を並べるウィルの前で、ウェパルはオリガが近くにいないことをそっと水を張って確認する。

 どうやら、城外に出ているらしい。

 胸をなでおろし、ウェパルは口を開いた。


「でも、別の世界からここについてきたのは、彼を信用しているからじゃないの?」

「信用ね……。確かに、一二三は嘘をつかない。色々その時の気分で変更することはあっても、最初からだますつもりの言葉は口にしないわね」

 そこは認める、とウィルは頷く。

「でも、信頼はできない」


 ウィルは一二三の身勝手さを嫌というほど味わった、と言う。

「こっちに来てから気付いたけれど、誰にでも平等って言えば聞こえは良いけれど、誰に対しても遠慮しないってことなのよね」

 その結論に頷いたウェパルは、ウィルの言葉が続くのを待った。

「敵だからとか味方だから、知り合いとか他人とか関係無く、倒すべき相手か、それ以外か。例外なのはオリガさんとハジメちゃんくらいじゃない?」


「そのオリガだけれど」

 ウェパルは念のため、談話室の入口へ視線を向けた。

 オリガがいるはずは無いが、念には念を入れておくに越したことは無い。

「彼女も、封印前には一二三と戦っているのよ」

「嘘!? じゃあなんで生きてるの?」


 再び果実水を口にしていたウィルは、カップを勢いよく置いた。

「戦って、恋が芽生えた、みたいな感じ?」

「結婚した後のことよ」

「何それ。意味が分からない」

 顔を顰めたウィルに、ウェパルは微笑む。


「あの二人は、最初は主人と奴隷、それから師匠と弟子。そして夫婦になった。色々複雑で、他の人とは違うのよ。そうね、一言で言えば……考えるだけ、無駄ね」

 ニャールが運んできたシードルが入ったカップを傾け、ウェパルは自嘲気味に笑った。

「私もあれこれ考えたわよ。自分がいた魔人族の集落をガタガタにされて、無理やり王位に押し上げられて……最初こそ恨んだし、腹も立ったけれど、そう思うだけ無駄なのよ」


「わかる」

 二人の間に、しばし沈黙が佇む。

 ウィルもニャールやフェレスと過ごした期間も長くなり、魔人族を見慣れて来た。獣人族については、最初から忌避感は薄い。どちらかと言えば愛玩動物のように思えている。

「じゃあ、信用できるからこっちの世界についてきたってことね」


「あとは知識欲よ」

 ウィルは持っていた短い杖を掴むと、魔力を流し込む。

 小さな火が杖の上に灯り、数秒経って炎の色が赤から青へと変化する。

「……なに、それ?」

「オリガさんから教わった知識。空気の中にある“酸素”を取り込むと、炎はより強く大きくなる」


 ウィルはどちらかと言えば炎系の魔法に適性があるが、オリガの指導によって多少ならば風関係も扱うことができる。

「残念ながら、これは一二三がいた世界の知識で、オリガさんもまた聞きでしかないらしいけれど……それでも、これはあたしが知らなかったこと。あたしがいた世界では誰も気づかなかったことで、誰も使えなかった“魔法”よ!」


 興奮気味に立ち上がったウィルは、オリガからもらったと言う短い魔法杖をかざした。

 その先端にはいくつかの宝石がちりばめられており、直接攻撃に使えるようなものではない分、魔力の扱いがしやすいように工夫が施されていた。

「その分、貴女の魔導陣の知識も流出しているのだけれど」

「それがどうしたの? 技術として確立されたならば、それを活用するのは当然のことじゃない。そりゃ、危険な部分もあるかもだけれど、危険ばかり考えて利用を避けていたらいつまでたっても進歩がないわ」


 ウィルの考えとしては、知識を得るのに自分の知識を提供するのは当然らしい。

「想定外に厳しい訓練になっているし、魔導陣技術に関して過重労働気味であることは問題だけれど……素敵だと思わない?」

 疑問形だが、ウィルはウェパルやニャールの答えを待たずに続ける。

「あたしの中に、多くの知識が蓄積していく。そうすれば、また新しい何かを思いつくかも知れないし、既存の技術をさらに革新的なものに変えられるかも知れない」


「そのために、ここまで来たのね。いずれにせよ、一二三を信用しているからでしょうけれど」

「今、わかったわ」

「なにが?」

「一二三に対して、あたしが感じたこと」


 座り直したウィルは、果実水を一口飲むと、続きを話した。

「恋愛的な意味じゃなくて、一二三はある意味で魅力的なのよ」

 ウェパルは黙って聞いていた。

「あたしもそうだけれど、誰だって自分が得た技術や力は使いたくてたまらないものよ。ウェパルさんだって、王様として国で開発した技術とか魔法とかあるんでしょ?」


「あるわよ。でも、民衆への影響を考えて秘匿することもあれば、研究を中止することもあるわ。それが技術を前にした時の冷静な判断というものよ」

「大人ね」

 ウィルは頷いた。

「でも、技術者からすれば自分の研究成果がただ埋もれていくなんて考えられないわ。モノによっては、反逆してでも使ってみたいと思うはずよ」


 ウィルが言いたいことを、ウェパルは予測できた。

「その我慢をしないから、一二三が魅力的だと言いたいの?」

 危険な思想だ、とウェパルは首を振る。

「危ないのは承知の上よ。でも、彼は自分が鍛え上げた技と肉体を使わずに老いて死ぬなんて耐えられなかったのね。だから、誰に何を言われようと自分勝手に生きることにした」


 たとえそれが、最終的には破滅の道につながるとしても。

「彼は探究者として“吹っ切れた”人間よ。それが魅力なの」

「為政者としては、危険人物だとしか判断できないわ」

 ウェパルの反論に、ウィルは両手で指さした。

「それが“立場の違い”ってやつね。技術者はいつも、そうやって冷めた目で見ている人たちを説得するのが運命なのよ」


 ウィルとしては、同じ探究者タイプであるオリガが自分に魔法を教えてくれるのは、ある意味ではストレスが軽い、と言った。

 ウィルは果実水を飲み干し、立ち上がった。

「それじゃ、魔導陣作成を続けるわ。すっかり使い切っちゃったもの。早く補充しないと」

「まだやるつもり? それも探究心がなせる業かしら?」


「お恥ずかしながら、餌に釣られちゃったわ」

 ウィルは照れくさそうに笑った。

「計画が上手く進めば、あたしも一二三の世界に連れて行ってもらえるのよ」

 そこには“科学”という、また別の知識の蓄積があるらしい、とウィルは小躍りしながら談話室を後にした。


「……ウェパル様。あの子はなかなか強い子ですね」

 ニャールの評価に、ウェパルも同意する。

「そうね。きっと、どこの世界に行っても新しい知識を探して元気に走り回るタイプね」

 どうやら心配は不要だったらしい、とウェパルはシードルのお代わりを頼んだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


【お知らせ】

本日(13日)22時に新作『月刊・魔王 編集部』というタイトルを公開します。

軽く読める内容になっておりますので、良かったらこちらも読んでやってください。

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