143.撤退は許さない
143話目です。
よろしくお願いします。
「大丈夫ですか?」
「ああ、なんとか……」
ナバムはヴィーネと共に奮闘していたが、腕の傷に加えてさらに足に棍棒を受けてしまい、転倒してしまった。
ヴィーネが彼をかばうように戦っていたが、それでもいくらかの敵はナバムの前にたどり着いてしまう。
「ご主人様のように上手く立ち回りできれば良いのですけれど」
「そんなこと言わないでくれ。あんたは強い。あんたが居なかったら、おれはとっくに死んでる……よっ!」
だんびらのような幅の広い片刃剣を振るい、ナバムは近づいてきた猫獣人を斬り捨てた。
「他の連中まで来たか」
「これ、一体どうなってるんですか。わたしの知る限り、羊族の人たちはこんなに好戦的じゃありませんでしたよ」
「そりゃあ……」
ナバムが口ごもったことに疑問を感じたヴィーネだったが、彼女にしても今の状況はまるで余裕が無く、追及する余裕は無かった。
「上からも?」
鳥族の獣人からも攻撃を受け、ヴィーネは意を決して大地を踏みしめ、飛び上がる。
「おおおおお!」
雄叫びと共に、目の前にいた羊族の膝を踏み、肩を踏み、さらに高く飛翔する。
「なにっ!?」
充分な高さを確保し、下からの攻撃に注意していた鳥族も、目の前にヴィーネが来たことで慌てた。
翼をはためかせて後退しようとしたが、遅い。
「貴方に恨みはありませんが!」
ヴィーネはそう言いながらも、一切の躊躇なく釵を振るって鳥族の翼になっている両腕を切り落とした。
墜落した鳥族が首の骨を折ったことを確認しながら、突き出された槍を蹴り飛ばし、ヴィーネはさらに一人の羊族を着地しながら切り伏せた。
「す、すげぇ」
「感心してないで、ちゃんと後ろを見ていてください!」
一二三に向かって助けて欲しいと叫びたい気持ちを押さえながら、ヴィーネは奮闘する。
柔軟で軽い身のこなしで、上に飛び下に潜り込むヴィーネを、誰の刃も捕らえることはできない。
まして、大振りの棍棒ならなおさらだ。
熊族の棍棒はヴィーネの身長を優に超えるサイズだったが、当たらなければ意味は無い。
「ひゃ~」
風を切る迫力に声を上げながらも、ヴィーネは冷静に熊族の手首に傷をつけ、ひるんだところで喉へと釵を突きいれる。
その動きは、見る者が見れば一二三の手ほどきを受けたことがすぐにわかるだろう。
彼女の防御における身体操作は兎飛翔拳の影響を強く受けているが、こと攻撃においては一二三の指導が色濃く出ている。
毎日自らの手で手入れをしている釵の切れ味は鋭い。
狙いも硬い骨を極力避け、効率よく命を奪っていく。必要が無ければ、敵を生かしておくような真似はしない。
「冷静な嬢ちゃんだな……」
「こうすることで、反撃の可能性を無くすのだと教わりました。命を奪うことは決着をつけることです」
釵を振るい、血を飛ばす。
それが目に入ったことで足が止まった一人が、次の瞬間には心臓を貫かれて絶命した。
「同じ獣人族ではありますが、敵となった以上は……わたしやご主人様を襲った時点で、すでにその運命は決まっています」
「運命?」
「ご主人様に殺される、ということです」
あえて自分であるとは言わなかった。
ヴィーネは自分にそこまで言い切るほどの実力があるとは思っていなかったし、最終的には一二三が生き残るためならば自分を犠牲にする覚悟もある。
「あの御仁は……」
ナバムは夜目が利く。
首を巡らせると、遠くで数人の騎士を背後に置いて獅子奮迅の活躍を見せる一二三の姿が見えた。
そこに危うさは少しも感じられない。
ヴィーネの動きに驚嘆していたナバムだが、一二三については最早評する言葉を持たない。
「人間ってのは、あそこまで強くなれるもんなのか?」
「わかりません」
ヴィーネは即答した。
「あのお方は、普通の人間じゃありませんよ。きっと」
「そうか……」
ナバムが納得しながら、膝立ちの状態で敵の一人を殴りつけた時だった。
ヴィーネの前に来た羊獣人が叫ぶ。
「お前も、反対派の手先か!」
「なんのことです?」
問い返したヴィーネだったが、同時にその腕が突き出した釵が、叫んだ男の喉を貫いていた。
「ナバムさん、この人たちが言っているのは……」
「こいつらは、ソードランテの連中とつながってやがるんだ」
「えっ?」
「おれはこいつらの動向を調べるために森を廻っていたんだがな……」
ついでに体勢に反対する者を糾合できないか、と話を聞いて回っていたらしい。
「じゃあ、羊族の集落を襲ったわけじゃなく……」
「いや、襲ったのは事実だ」
ナバムは一瞬振り向いたヴィーネから目を反らした。
「悪いとは思うけどよ。こっちだって食わなくちゃ死ぬんだ。元々はそれが森の決まりなんだよ」
「じゃあ、この人たちはソードランテを守るためにわたしたちを?」
「いや……」
恐らく、とナバムは牙を剥いて呟いた。
「守るためというより、何かしらの命令が来ているんじゃないか?」
「命令……まさか、罠っていうのは!」
戦いは続いていたが、集落には次々と獣人族たちが押し寄せ、ヴィーネもカイテンらと合流はしたものの、限界を迎えつつあった。
もうどれだけ殺しただろうか。
ヴィーネはそう考えながらも、懸命に手足を動かす。
「罠か。まあ、単純だが確実だな」
「感心してる場合じゃないわ。一体どうするの? これじゃ話し合いどころじゃないわ」
ソードランテの訪問を前にして危機に陥った彼らの中で、一二三だけが冷静に呟いている。
カイテンが焦りを見せても、一二三は涼しい顔をしている。
「なんだ。もう限界か?」
カイテンが「当たり前でしょ!」と叫び、ヴィーネは小さく「すみません」とこぼす。
「やれやれ……」
戦闘が始まってまだ三十分と経っていないが、彼ら数名に対して敵は次々と増えていく。集落へたどり着くまでに多少は消耗しているだろうが、それでも戦闘に加わる最前列の者たちは元気だ。
「このままだと、いずれ押し切られるわ!」
「じゃあ、お前らはさっさと帰れ」
「えっ?」
ヴィーネが驚いて振り向くと、その顔の横をかすめるように一二三の杖が突き出された。
「隙を見せるな」
彼女の背後から襲ってきていた犬獣人が、鼻を叩き潰されて甲高い悲鳴を上げた。
「お前ももう、限界だな」
「……っ!」
一二三が見せた目に、ヴィーネは失望されたと感じた。
実際は違うのかも知れないが、戦力外だと言われたも同然の言葉は、彼女の胸に深々と突き刺さる。
「撤退、して良いの?」
「ああ、ヴィーネも連れていけ」
杖が一人の敵の膝を打つ。
逆向きに膝が折れ曲がった獣人が悲鳴を上げ、喉を殴られて死ぬまでもがき苦しむ。
「俺はもうしばらく、ここで楽しんでいくことにする。ヴィーネ、わかったな」
「……わかりました」
逆らう気など無い。
だが、ヴィーネは一二三から背後を守って共に戦えと言われた方が、その結果として死ぬのであれば、それを受け入れた方が幸せだと思った。
「ヴィーネちゃん。行くわよ」
動きが鈍ったヴィーネの襟首を掴み、カイテンは引きずるように戦場を離脱し始めた。
その動きを追う者もいるが、一二三が次々と鼻っ柱を叩き潰していく。
「俺が潰れるのが先か。お前らが品切れになるのが先か」
杖を振るい、一二三は逆に集団を押し返して見せた。
「撤退などというつまらない結論を選ぶなよ? お前らはここで死ね。俺が死ぬかお前らが死ぬまではここで戦え」
どん、と一二三が杖を地面に突き立てると、集団の動きが止まった。
誰の目にも、戸惑いと興奮の中に、怯えが見え始めている。
一度立ち止まってしまった彼らは、積み重なった獣人族たちの死体がいやおうなしに視界に入る。一度冷静になってしまうと、自分が戦っているのか殺されるための順番待ちをしているのかわからなくなってきた。
しかし、一二三は待たない。
「俺の前に武器を取って立った。嬉しいなぁ。ありがたいなぁ。しっかりと、確実に、殺してやるぞ!」
その声は、どの獣人族の咆哮よりも森に響き渡る。
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