142.人間と獣人
142話目です。
よろしくお願いします。
騎士たちでどうにか生きていた者はプーセの治癒魔法によって回復していく間、一二三とカイテンだけは増え続ける獣人たちを相手に奮戦していた。
いや、奮戦と言うべき鬼気迫る表情で戦っていたのは、カイテンだけだ。
「ああああっ!」
突き出された棍棒を鈎爪で振り払いながら、サーベルの一閃で敵の喉を引き裂く。
「そこっ!」
脇から突進してきた敵に対し、カイテンは蹴りを使って軌道を逸らすことに成功し、位置を入れ替えるように背後へと回った。
そして、背後から背骨の隙間を狙って寝かせた刃を滑り込ませる。
ど、と一瞬だけ抵抗するような感触とともに鼓動が刃を通して手に伝わり、すぐに脈動は止まった。
サーベルを引き抜き、溢れる血液から目を逸らす様に周囲へと目を向けた。
そのカイテンに、近くで幾人目かわからない相手を斬り殺した一二三が声をかけた。いつの間にか、武器が刀から短刀へと変わっている。
「それで良い。教えた通りだろう?」
「ええ。確かに人間と同じ場所に心臓があるわね。それに、それ以外の関節の動きも大体同じ」
一二三の指導は知識にも及ぶ。
オリガやヴィーネに対してもそう教えたように、一二三は根性論や精神論を悪いとは思わないが、それは理論理屈と訓練がまずあってのものだと考える。
カイテンも人体の構造について教えており、それは獣人も魔人族もエルフも、大した違いは無い、と実体験から語っていた。
「もっと殺せ。そうすればわかる」
一二三は、この世界に降り立ってからすでに数百人を超える敵を殺している。そこで、一つの結論にたどり着いていた。
「人の死に様は様々だが、死ぬという結果は同じだ。心臓が止まり、躍動していた身体は単なる肉の塊へと変わる」
そこには人種どころか心臓を持つ動物全て共通する事実だけが存在する。
「考えてみれば、常識なんだがな」
目の前で一人の羊獣人が踏み出した足を、一二三は足払いで転ばせた。
その直後には、短刀が右手からするりと抜けて敵の喉へと吸い込まれた。
「命を刈り取るのは、これほどに心が震える」
空になった右手を見た一二三は、知らずその指先が震えていることに気付いた。
恐れなどではない、歓喜が全身を震わせているのだ。
「嬉しいな。これだけの敵がいて、さらに多くの敵がここを目指して森を抜けてきているぞ」
笑みを含んだ一二三の言葉に、カイテンは驚きの声を上げた。
「さらに敵が来るの?」
「喜べ。実戦で力を付ける機会だ。死ねば終わりだが、生き残ればもっと効率よく敵を殺す技術が身に付く可能性があるぞ」
実際に、一二三は実戦を繰り返す間に、魔法への対応もできるようになり、集団戦闘についても習熟していた。
神からの力は失ったが、むしろ自分の力で人を殺しているという実感がより強くなった。
「さらにまだ来るの?」
「おう。鳥は先に着いたが、虎や狼のような気配は、もう集落の近くまで来ているぞ。どうも組織的な動きだな」
どういうことか、とカイテンは頭の中が混乱しながらも、周囲の敵に対応する身体を止めるわけにはいかない。
「荒野も随分変わったもんだ。協力して敵に当たるとは。ふむふむ」
「喜んでないで、どうにかしてよ!」
「だから、やっているだろう? 契約通り、プーセは守ってやる」
一二三はそれが理由でカイテンの近くに来たらしい。言葉の意味を考えれば、カイテンや他の騎士たちを守る気はまるでない、ということだ。
「ん、もうっ!」
近くの敵を鈎爪で、遠くの敵をサーベルで引き裂き、カイテンは足を踏み鳴らす。
「そういうなら、任せたわ!」
カイテンは周囲の敵に対して大振りの一閃を振るうや否や、後退してプーセたちと合流する。
「プーセ様を護衛しながら、ヴィーネたちと合流するわよ」
「しかし、敵が……」
「自分の身だけ守りなさい。プーセ様への攻撃は来ないから」
言いながら、カイテンは一二三にウインクを飛ばす。
「そういう契約、だものね」
素手の一二三は、両手で一人の頸椎をへし折りながら、小さくため息を吐いた。
「あっちだ。怪我人がいるから、ついでに治してやれ。そして状況を確認してみろ。これは流石に異常だ」
狼族や虎族の獣人族も次々到着しているが、羊族を襲うことも無く、ひたすら一二三たちを目指す。
「こうも数がいると、尋問も何もないな。適当に殺して、運よく生きている奴がいたら話を聞くとしよう」
「……任せるわ」
一人の騎士がプーセを背負い、彼らを守るように移動を始めたカイテンたち。
そこに獣人たちが殺到しかけたが、その眼前に一二三が立ちはだかる。
「さてさて」
闇魔法収納を開きそこから何を取り出すか、と一二三は笑った。
刀はすでに刃の欠けが出始めて、短刀ももう切れ味を失ってしまった。
「じゃあ、久しぶりに……」
小さく開いた漆黒の円からずぶずぶと伸びて来たのは、一本の棒だった。
鈍色に輝くそれは、百二十センチメートル程の長さしか無く、刃も無ければ先端がとがっているというわけでもない、純然たる金属棒だった。
獣人たちはそれを見て嘲るように笑った。
単なる棒を、非力な人間が持ったところでどうなるというのか、と言いたげな笑いを、一二三は微笑で聞き流す。
獣人たちは、その身をもって知ることになる。
叩き込まれることになる。
一二三が戦いを生き抜いてきたのは、刀を始めとした武器の力ではない。彼自身が八つのころからひたすら、いつの日か存分に振るう機会を待ちながらひたすら鍛えてきた技と肉体による。
ぐしゃり、と一人の羊獣人が、側頭部に受けた棒の一撃で頭蓋骨を砕かれ、鼻血を噴き出しながら目玉を零して、倒れた。
「単なる杖の一本だが」
叩きつけた杖を引き、素早く脇に挟み込むようにして構える。
「お前らも、俺も、当たる場所によってはこんな棒きれで死ぬんだ。実践してやろう」
すっかり包囲されていた一二三だったが、彼にとってそれはごちそうに囲まれていることと同じだった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




