141.羊たちに囲まれて
141話目です。
よろしくお願いします。
「羊族って、こんな凶暴なの!?」
カイテンがプーセの小屋に辿りついた時には、すでに戦闘が始まっていた。
「状況を!」
鈎爪で一人の羊族獣人を引き裂き、カイテンは騎士たちに声をかけた。
と、同時に舌打ちする。
「一人がやられました! プーセ様は無事です!」
血の海に倒れ伏した騎士の姿を、カイテンは報告前に目撃していた。怒りが心中に湧き上がってくるのを押さえながら、冷静な判断をせねばならぬ、と自分を叱咤する。
「プーセ様は中ね? 今は防衛を。でもすぐに脱出するから、準備をしなさい!」
もはや時間を稼ぐなど難しいとカイテンは即座に判断した。当初は数名の敵が来ているだけだと思っていたが、一二三が言う通り、後から後からどんどん敵が出てきて、今や完全に包囲されている。
「強力な魔法使いがいないのが問題ね。プーセ様なら……」
カイテンは短時間だけ騎士たちに防御を任せ、小屋の中へと飛び込む。
すでにプーセは荷物をまとめていたが、まだ腰の具合は芳しくないらしい。腹ばいになって脂汗を流していた。
「プーセ様。移動しましょう」
「わかりました」
文句の一つも言わずに立ち上がろうとしたプーセだったが、とてもじゃないが立ち上がるまではできないようだ。
「あたしの背に」
「ごめんなさい……」
「謝る必要はありませんよ。今からプーセ様にも一仕事していただきますから」
「えっ?」
カイテンは小屋にあった縄で鈎爪を自分の両足に固定すると、プーセに手を貸して背中に背負った。そして、荷物を両手に掴む。
「あたしに治癒魔法をかけ続けてください」
「そんな……一体、何をするつもりですか」
「強行突破です」
小屋の扉を蹴破るようにして飛び出したカイテンは、目の前に迫っていた羊族獣人を足の鈎爪で斬って倒した。
「全員密集! 集落の外へ逃げるわよ!」
カイテンの指示で動き始めたとき、騎士はまた一人が減らされて残り六名となっていた。
「まずい状況ね……」
想像していたよりも羊族獣人たちは強い。数の不利もあるが、犠牲をいとわずに殺到してくる異常な勢いもある。
同数なら苦も無く突破できたかもしれないが、すでに周囲には三十人以上の敵がいた。
「カイテン様、道を開きます! 指示を!」
「左へ!」
カイテンが指定したのは、集落の奥だった。
「敵は外から来ているわ。建物がある方へ逃げるから……このっ! しつこいわね! 道を切り開いて、後ろを守って!」
「わかりました!」
敵を切り裂きながら、返り血に塗れてカイテンは突き進む。
その前を、剣を振り回す騎士が羊族獣人をなぎ倒していた。
「まもなく突っ切れま……」
言葉は、途中で遮られた。
「上にも気を付けて! ……くぅっ!?」
言っている間に、先頭の騎士を倒した鳥獣人がカイテンの腕を足の爪で引き裂く。
だが、カイテンは接近したタイミングを見逃さず、足を振り上げて回し蹴りで鳥獣人の腹を横一文字に斬った。
傷は、プーセが即座に治療する。
「どうして鳥族がいるのよ!」
「わかりません!」
吐き捨てたカイテンの言葉に、騎士の誰かが律義に返答を返す。
「いいから場所を広げて!」
まるで森に誘導しようとするかのような動きをする羊獣人たちは、明らかに組織的な動きをしているが、暗がりでは誰が指揮しているかは見えない。
「ぐあっ!?」
騎士の誰かがやられたのか、背後から悲鳴が聞こえたが、カイテンは振り向かなかった。
背中にいるプーセが振り向くような動きをしたのがわかったが、それも無視する。
「このまま森に入ったら……」
一二三のような鋭敏な感覚があれば別だが、カイテン程度の感覚では森に迷い込んだら逃げることも戦うことも難しくなる。
緊張しているのだろう。プーセがカイテンの肩を強く掴む。
「……もうっ!」
何人目かはわからない羊族を倒し、カイテンは大きく息を吸い込んだ。
「一二三さん! ヴィーネちゃん! こっちを手伝ってよ!」
騎士としては失格だが、プーセを守るためには助けが必要だと判断した。森へ逃げれば追い込まれ、集落内では一時しのぎが限界だ。
「おおお!」
「ああっ!?」
一人の体格が良い羊族獣人が、カイテンの前に出た騎士を肩で跳ね飛ばし、迫りくる。
「ちいっ!」
カイテンはどうにか突進を躱したが、足首に酷い衝撃を受けた。
倒れ様、プーセを近くにいた騎士に押し付けたカイテンが仰向けのまま視線を向けると、固定していた鈎爪ごと足首が折れているのが見えた。
立てそうにないと即座に判断し、腰のサーベルを抜くと、覆いかぶさるように棍棒を振りかぶっている羊族に突き刺す。
「ちっ! なんてタフネス!」
胸は貫いたが、心臓は外してしまった。
痛みに顔をゆがめながらも、羊族は棍棒を振り下ろしてくる。
どうにか頭は避けられても、胸部を殴られるのは避けられそうになかった。
声を出す余裕も無く、カイテンは倒れたままで振り下ろされる棍棒と羊族の姿を見つめていた。
「フィリニオン様……」
「死んだ奴に祈るか」
カイテンの呟きに誰かが答えると、羊族の動きが止まった。
「そんな暇があるなら、生きて勝つ方法を最後まで考え続けろ」
袴を穿いた足が羊族のわき腹を蹴り飛ばすと、腰から上が遠くへと転がっていく。
「一二三、さん……?」
「最高の戦いも、最高の死も、最後まで戦い抜いた奴のためにある。だからフィリニオンは笑って死んだ。俺もそういう奴と殺し合いがしたい」
だから、と羊族の血で濡れた刀を振り、血を飛ばす。
「お前は駄目だな。俺の敵にはなれない」
迫る敵の足を払い、倒れたところで首を落とす。
そこから振り上げる動きで、別の敵の喉を引き裂いた。
「ふふふ……それに引き換え、こいつら羊族は以前よりも随分楽しい連中になったな」
刀を引いて、柄頭で別の敵の顎を砕き、股間を蹴り飛ばし、縦一文字に両断する。
「まだまだ来るぞ? そのまま寝ているつもりなら、それでも良いが?」
「冗談でしょ」
プーセの治癒魔法を受け、カイテンは立ち上がった。
折れ曲がった鈎爪は放り捨て、左手に残った鈎爪、右手にサーベルを掴む。
「こんなところで死ねないわ。……ねえ、一二三さん」
「なんだ?」
「いけ好かないと思っていたけれど、さっきのは格好良かったわ」
「やめろ」
「あたし、恋愛は基本的にノーマルなはずなんだけれど、女性の姿だと少しそういう気分にもなるのね」
「本当にやめろ」
二人の敵をまとめて腰から両断した一二三は、カイテンを睨みつけた。
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