140.違和感
140話目です。
よろしくお願いします。
ごろり、と横になった一二三は、木々の隙間から見える星空を眺めていた。星座についてはまるで知識がないので、地球とどう違うかまではわからないが、自分が知る地球の夜空よりは星が明るく感じる。
唯一開いていた小屋をプーセが使っており、騎士たちが周囲を固めているので、同じ場所で寝る気にならなかった一二三は、干し草を重ねただけで、集落の外れに身体を横たえている。
ちらり、と隣を見るとヴィーネがすやすやと安心しきった顔をして眠っている。
「やれやれ……」
一二三がいるために気が緩んでいるのか、旅の疲れもあるだろうが、どう見ても熟睡しているヴィーネに呆れた顔をすると、一二三は身体を起こした。
正座をして目を閉じる。一度大きく息を吐いて、周囲の気配に感覚を向けた。
「……ふぅん?」
妙な気配を感じる。
羊族獣人の集落とは思えないほど、空気がピリピリとしているのだ。
始めのうちは、一二三も外部の人間が来たこととナバムらの襲撃があってのことかと思ったが、様子がおかしい。
「一二三さん」
カイテンやってきて、そっと声をかけた。
「プーセ様は眠っているけれど、ちょっと様子が変じゃないかしら?」
「どこがだ?」
一二三は自分が気付いていることは語らず、カイテンの考えを聞いてみることにした。
「うまく言葉にできないのだけれど……」
カイテンは両腰に鈎爪をぶら下げたまま、頬に手を当てて首を傾げた。
男性としては細めの腰を、微妙に曲げて立っている。
「何か異様じゃないかしら? 集落全体が異様にピリピリしているし、誰も接触しようとしてこないわ」
獣人族の習性はよくしらないが、と前置きをしたうえで、カイテンは「こういう場合、来訪者の正体を確かめるために長なりが話をしに来るものではないか」と語った。
「一二三さんは、どう思う?」
「簡単な話だ。“正体を確認する必要が無い”んだよ」
「それって……!」
立ち上がり、手にしていた刀を腰に手挟んだ一二三は、ぐぐ、と背を伸ばした。
「ふぅ。どうも、森全体の雰囲気が八十年前とちがうようだな。気楽さが無い。もともとこういう襲われる側の連中は息をひそめていたが、それ加えて今は周囲に向けて必要以上な警戒を向けているように見える」
「でも、襲われる側と一二三さんが言うくらいだし、実際に襲われていたわけだし……」
そういう意味じゃない、と一二三は頭を掻いた。
「森の獣人族は、もともとそういう弱肉強食には慣れているし、受け入れている。力の倫理に従順とでも言うべきか」
だが、今はお互いの様子を監視しているような雰囲気がある、と言った。
「互いを探るような目だな。陰湿で気色の悪い気配だ。文句があるなら目の前に出てくれば良いだけの話だ」
「そうしたら殺されるだけじゃない」
呟いたカイテンは、話がそれた、と首を振った。
「集落同士が対立をしているということよね。それって普通じゃないの? 近場の集落なら水場や食料を採る場所を取り合うのは当たり前じゃない」
人間もそうやって土地を奪い合い、やがて町や国がなりたってきたのだ。
「昔は、水場の周辺に集落を構えていて、食い物はそれぞれの種族が入り混じって森を探し回っていた」
明らかに、集落同士で妙な緊張感が出来上がっている、と一二三は語った。
「恐らくは、この集落は……」
一二三が言いかけたところで、男の悲鳴が聞こえた。
声の方向に目を向けると、狼獣人のナバムが腕から血を流しながら息せき切って駆けてくる。
「ひ、一二三さん……!」
「襲撃!?」
両腰の鈎爪を掴んだカイテンに、一二三は「プーセのところへ行け」と指示を出した。
「あっちにも何十人かが向かっている」
「……では、ここはお願いします!」
「ちょっと面白い状況がわかった。できるだけ戦闘は長引かせろ」
「はあ?」
一二三が言っている理由がわからず、カイテンは首をかしげる。
「いいから行け」
「できるだけそうするけれど、プーセ様が危ないようなら、無理なんだから!」
性格はさておいても実力は信用できる、とカイテンは背を向けてプーセが休んでいるはずの小屋へと駆けだした。
と、同時にヴィーネが目を覚ます。
「むにゃ……?」
「さっさと起きて武器を取れ。……いや、ちゃんと目を開いて見ていろ」
身体を起こしたヴィーネは、刀を抜いた一二三の足元に血を流したナバムが跪き、その向こうからギラギラと危険な目をした羊獣人たちが迫ってくるのが見えた。
羊族たちはそれぞれの手に剣や槍、あるいは農具のようなものを手にしており、殺気立った様子でじりじりと距離を詰めてくる。
「えっ、えっ」
「いつでも動けるようにしておけ。自分の身は自分で守れよ」
「わ、わかりました!」
ヴィーネは一二三の指示に対して疑問を持つことは無い。
言われたとおりにすることが最上なのだ、と言わんばかりに、飛び跳ねるようにたちあがり、両手に釵を掴む。
「俺はまだまだ楽しみは先だと思っていたが、どうしてどうして、面白いことになっているじゃあないか」
嗤う一二三。
戦闘を前に一層鋭敏になった彼の感覚には、戦闘が始まった小屋の様子の他に、集落の周囲からじわじわと迫る集団がいくつも察知できていた。
「混戦だ。乱戦だ」
刀を右八相に構えた一二三は、右足を出して悠然と構えた。
「十五分もすれば、ここは三百人を超える集団が詰めかける戦場になる」
願っても無い戦いの機会に、一二三の心は高揚していた。
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