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14.気付いた事

14話目です。

よろしくお願いします。

 オーソングランデ兵たちは、奇妙な緊張感に包まれていた。

 命じられた勇者の護衛を果たさねばならぬという使命感と、街中で突然戦闘になった動揺、そして一二三というおとぎ話の存在の登場。

 中でも、比較的冷静だった兵士は、静かに後ろへ下がり、ミキへと近付いた。

「ミキ様、ここは我々が戦っている間に、ユウイチロウ様を連れてお逃げください。隙を見て、私たちも離脱しますから」

「……やっぱり、あの人は強いんですね?」

「本物であれば……顔立ちからして、まず間違いなく本物でしょう。あの方の強さは、昔から王都に住んでいる祖母から聞いたことがあります。ユウイチロウ様が負けるとは思いませんが、怪我をされる可能性は充分に……」

 額から大粒の汗を落としながら語る兵士。その表情に切迫した雰囲気を感じ取ったミキは、素直に頷いた。

「気を付けてくださいね」

「もちろんです。後程、宿でお会いしましょう」

 そんな会話をしている間に、一人目の犠牲の断末魔が聞こえてきた。


 一人目の兵士が、剣を持って斬りかかってくる。

 袈裟懸けで、速度に難はあるものの、脇の締まった良い形だ、と一二三は冷静に評価しながら、その懐に潜り込む。

 腕を取り、腰を使って相手の身体を跳ね上げると、重い鎧を着た身体はふわりと浮いたかと思うと、頭から落下した。

「ぐぎっ!」

 歯を食いしばる様なうめき声と、首の骨が折れる湿った音が、彼が最後に放った物だった。

「行くぞ! 全員で同時にかかる!」

「応!」

 ミキの所から駆けつけてきた兵士を先頭に、一二三の周囲を兵士たちが囲む。

 出遅れたユウイチロウは、ミキから引っ張られる形でその包囲網から外された。

「おい!」

「いいから!」

 二人の勇者がもみ合っている間にも、兵士の輪は狭まっていく。

 彼らは以前とは左程変わらぬ鎧を着ているが、細かい部分は変更されており、以前よりも動きやすそうだ。

 手に持っている武器も、槍や剣、中には鎖鎌を持っている者もいて、一二三は可笑しくなってきた。改めて見ると、いくらなんでも正規兵の装備としては不格好だ。

「まあいい。問題はちゃんと扱えるかどうかだ」

 剣と槍が同時に迫る。

 切っ先を、寸鉄で弾き飛ばして逸らす。

 カンカンと軽い音が響き、一二三の身体を避けるように刃が通り過ぎていく。

「ぬうん!」

 その中で、槍を持った兵士は負けじと槍を引きながら斬りつけようと狙ってくる。

 引き斬りをも弾くため、一二三が右手を振るおうとしたが、その動きが急に止められた。

 見ると、右手に、鎖が巻き付いている。

「おっ、そう来るか!」

 楽しそうな声を上げて、一二三は肘を回すと、巻きついた鎖を使って槍の穂先を弾いた。

 そのまま、くるりと腕を回して鎖を振りほどく。

 二度目の攻撃が来た瞬間には、一二三は駆け出している。

「うわっ!」

 標的は、鎖を引き寄せている途中の鎖鎌使いだ。

 急いで鎌を振りかぶっている所を、寸鉄付きの手刀で顎を砕き、鎌を奪い取って首筋に叩きつける。

 血しぶきが舞う中、一二三は止まる事が無い。

 寸鉄を収納し、素手のまま次の兵士へ襲い掛かる。

「うおおっ!」

 標的となった兵士は、槍をしごいて強烈な突きで迎え撃つ。

 いくつかのフェイントを混ぜ、心臓を狙う本命の一撃は、より速度が上がった。彼の一番得意とする動きだ。これを避けられた事は今まで一度も無かった。

「はあ!?」

 素っ頓狂な声が出る。

 避けられただけでは無い。穂先を避けて、槍をがっしりと掴まれたからだ。

「突きは速いが引きが遅い」

 自分の槍で足を払われ、横倒しにされた兵士が素早く槍を離して転がり離れたところで、別の兵士が剣を振るいながら割って入って来た。

「せえい!」

 細身の剣を操る女兵士は、フェンシングのようなステップで掬い上げるように逆袈裟に一太刀を入れ、それが当たらぬと見るや、素早く突きに変化した。

「ほいっと」

 伸びるように迫る突きを、一二三は手袋をした左手で刀身の半ばをしっかりと掴むと、親指を押し付けるようにしてへし折った。

 折れた先は、くるりと回って女兵士の目に突き刺さり、駄目押しで一二三の拳が頭蓋を貫通するほどの勢いで叩きこんだ。

 ぐらりと揺れて倒れかかった兵士の身体を前蹴りで押し込み、立ち上がりかけた槍兵にぶつけ、まとめて倒す。

 女性とはいえ、鎧を着て完全に脱力した死体は重い。

 懸命に押しのけようと同僚の身体を掴んだ瞬間、槍兵は抜き打ちの一刀に首を飛ばされた。

「行くぞ!」

 刀の切っ先を下に向け、後ろに向けて引き摺る様な格好に構え、一二三は思い切り地を蹴り、跳ね飛ぶように駆け出した。

 四人の兵士が守るように待ち構える先に、二人の勇者がいる。

「ふぅっ」

 息を吐きながら、一番近くにいた兵士の腿を巻き上げるような軌跡を描いて斬り飛ばす。

 その勢いで蛙のように飛び上がると、次の兵士の頭部を兜ごと叩き割った。

 脳漿を零しながら倒れる死体の横を転がり、起き上がり様の突きが別の相手に向かい、その喉を貫く。

 最後の一人は、一二三が同僚を攻撃した隙に、剣を持って脇を斬りつけに来た。

「少し遅い。隙を突くつもりなら、仲間ごと斬るつもりで来い!」

 刀をひき寄せつつ、くるりと捻って剣を跳ね飛ばす。

 手元から武器が消えた兵士は、何が起きたか理解できないまま、首を落とされた。

「……んあ?」

 いよいよ勇者二人を、と思った一二三は、目の前に障壁が張られている事に気付いた。

 小さな杖を握っているミキの姿が見える事から、彼女が展開した障壁魔法なのだろう、と見当がついた。

「ふうん?」

 障壁に触れると、封印前に見たプーセのそれとそっくりな雰囲気がある。一二三を閉じ込める形では無く、二人を纏めて護る様に展開したようだ。

 薄く色づいた壁の向こうで、ユウイチロウは剣を持ったまま吠えている。

「ミキ! これを解除しろ! 仲間をやられて黙っていられるか!」

「落ち着いて! 私たちじゃ勝てないよ!」

「なんだと!?」

 激高したユウイチロウは、剣を握った拳を振るい、ミキの頬を殴った。

 悲鳴を上げて倒れるミキに一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐに一二三へと向き直る。

「……ちっ! ミキ、この壁を消せ!」

「いや、その必要は無い」

 障壁を挟み刀をだらりと下げた一二三と、二振りの剣を構えているユウイチロウが至近距離で向き合う。

「どうした? やっぱり普通の人間じゃ、勇者には敵わないと気付いたか?」

「阿呆、そんなわけないだろう」

 さりげなく上げられた刀の切っ先が、するりと障壁を抜けるようにして突き刺さり、まっすぐにユウイチロウの心臓へと伸びていく。

「ぬあっ!?」

 鋭い刃が鎧に触れるか否かという所で、ユウイチロウは剣を振るって切っ先を逸らしながら、後ろへとさがった。

「うそ……」

 障壁が簡単に破られた事に、一番驚いていたのはミキだった。

 訓練でも実戦でも、一度として魔法や武器の攻撃を通した事は無い。何よりも信頼できる防御だった。それで幾人もの味方を守った自負心もある。

「こんな芸当もできるぞ」

 指先を噛み、手袋をずるりと外す。

 露わになった左手を見て、ユウイチロウは異様な物を見る顔をした。

「黒い、手……?」

 手の形をしているが、その色は全くの黒。その部分だけを闇が包んでいるかのように、存在そのものが希薄に見える。

 その手が二度、三度と振るわれる度、障壁は削り取られていく。

「ほら、壁は無くなったぞ」

 一二三が声を発した瞬間、動いたのはミキだった。

 細い手を伸ばし、ユウイチロウを抱きしめると、すぐに魔法を発動する。

「おい、待て! ミ……」

 ユウイチロウが何か言いかけたところで、二人の姿は幻のように消えた。

「……ふぅん?」

 振り抜いていた刀。切っ先にわずかに残った血を懐紙で拭う。

 周囲を見ても、気配すら消えている。少なくとも、近くにはいないようだ。

「突きへの反応。目付めつけは素人だというのに、反応だけは一流か。変な奴だな。それに、障壁と転移が使える魔法使いか」

 ふふ、と一二三は笑う。

「その内、また会うだろう。その時は、先にあっちを始末しないとな……さて」

 一連の騒動の間に、一二三の周囲には冒険者たちが集まってきている。さらには、誰かが呼びに行ったのだろう。ホーラントの兵と思しき集団が迫って来ていた。

 一二三の周りには、明らかにオーソングランデの兵とわかる死体がゴロゴロと転がっている。一目見れば、一二三が敵だと判断できるだろう。

「さて、向こうから集まって来たなら、人探しも楽になるかな?」

 ひょい、と取り出した手配書を見直して、一二三は忘れかけていた賞金首の女セメレーの顔を改めて思い出していた。


☆★☆


 ミキが転移先に選んだのは、オーソングランデ皇国の王城内だった。騎士たちの為の室内訓練場に突然現れた二人に、訓練中だった騎士たちは揃って警戒したが、すぐにその正体が勇者だと分かった。

「おい、ミキ……なんで転移なんてするんだよ。しかも城にまで戻って……おい、どうした? おい!」

 転移による多少の眩暈を感じながら声をかけたユウイチロウは、ミキの反応がない事に気付く。

 隣を見ると、びっしょりと汗をかいたミキが、苦しげに口を開いて呻いている。

「お、おい!」

 慌てて抱きかかえると、手のひらにぬるりとした感触が当たる。

 見ると、鮮血が手のひら全体を真っ赤に染めていた。

「う、うわああ!」

 周囲にいた騎士たちも状況に気付き、すぐに近づいて一人の兵士が苦手ながらも治癒魔法を試みる。幾人かは、治癒魔法を専門とする魔法使いを呼びに走った。

「おい、しっかりしろ、ミキ!」

「ユウイチロウ様。ミキ様を安静にしなければ危険です」

「五月蠅い! お前らが知った風な口を聞くな!」

「お黙りなさい! 貴方自身の手で大切な人を殺すつもりですか!」

 大喝されて、ユウイチロウはその迫力に黙りこんだ。この世界に来て以来、ここまで真正面から強い口調で注意を受けたのは初めてだった。

「さあ、もうすぐ治癒魔法の専門の者がやってきます。何があったかは存じませんが、まずは安静に。気を強く持つように、声掛けだけは続けてください」

「わ、わかった」

 目を白黒させながらも、騎士の男はにこりと微笑んだ。

「ユウイチロウ様の声が、ミキ様にとって一番安心する声でしょう。見たところ、傷は深いですが治療すれば大丈夫でしょう。だから、それまでしっかり励ましてください」

 ユウイチロウを安心させた若い騎士は、近衛騎士隊長アモンが不在の間、警備の編成を任されたエヴァンスという男だった。歳に似合わずアモンと同行する事が多く経験が豊富で、次期騎士隊長候補の一人とされている。

 彼はユウイチロウに心配ない、と繰り返したが、実際の見立てでは危険だった。背中をざっくりと斬り割られ、多くの血を失っている。そっとミキの手に触れると、冷たくなってきている。


 その後、駆けつけてきた治癒魔法使いによって、ミキは一命を取り留めた。だが、失った血の量は少なくない。意識を失う事は無かったが、しばらくはベッドの上で安静にしておく必要があった。

 突然の事に、王城内では箝口令が敷かれ、すぐさまホーラントへ調査の兵が差し向けられる事となった。また、一二三が復活している可能性があるという情報は、王を始めとした為政者たちの悩みの種となった。もし本物であれば、伝説の英雄が敵に回った事になる。

 ミキが静養をしている間、ユウイチロウは自らの希望で訓練を続けている。

「……暇ね。考える事は沢山あるけれど、どうしようかな……」

 女性の魔法使いが回復状況を確認するために時折訪ねてくるのと、毎日朝夕にユウイチロウが見舞いに来る以外は、ベッドの上で退屈な時間を過ごしていた。

 室内には侍女が交代で待機し、何かあればすぐにやってくれるのだが、あまり深い話をされても、彼女たちを困らせるだけだろう。

「どうかされましたか?」

「いえ、なんでもありません。大丈夫です」

 侍女に声をかけられて、慌てて否定しながら、ふと、本でも読んでみようかと思い立った。文字の勉強はしているが、まだ不安もある。読みながら侍女たちに教えてもらうのも良いかも知れない。

 少なくとも、何もしていないと不安ばかりが広がってくる。眠っていても、脳裏にあの男の姿が表れて、何度も飛び起きていた。

「本、ですか?」

「ええ。横になっているだけだと、退屈で……」

 ミキが恥ずかしそうに伝えると、侍女は口元を押えて笑みを浮かべ、一礼した。

「畏まりました。私どもは書庫に入る事が出来ませんので、上の物に相談して、書庫から借りてくるか、購入して参ります。それで、どのような書物をお望みですか?」

「そうですね……」

 ここで、ミキはある事に思い至る。

「一二三さん……あの盗まれた石像の人物に付いての本が見られませんか? それと、聖イメラリア様の事とかもあれば」

「“聖女”様と“細剣の英雄”様ですか? この国では特に有名ですから、きっと書庫にあるかと思います」

 許可を貰って借りてきます、と言って侍女が退室する。

「同じ日本人だもの。あの人がああなった理由が分かれば、味方になってくれるかもしれない。それに、気になる事もあるし」

 思い出したのは、一二三という男が言った「あいつが馬から落ちたり舌を噛んだりしながら、必死で成長して漕ぎ着けた安定を、ぶち壊しにしている」という言葉。もしそれが本当なら、一体自分は何のために戦っていたのか……。

 斬られた痛みははっきりと覚えているが、恨みよりも興味が勝る。ミキは、この世界を知るヒントが、すぐ近くに迫っている気がしていた。

「まず勉強。そして、動けるようになったら……」

 ミキは、プーセとウェパルという、二人の人名を枕元の紙片へ書きつけた。

「話を聞きに行こう。……ひょっとしたら、戦争を止められるかも」

 固い決意と共に、静養しながらの勉強が始まった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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[良い点] 一二三さんはつくづく良い意味でも悪い意味でも女性から注目されて隅に置けない色男だな、と思いました。(小並感)
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