139.懐かしい手段
139話目です。
よろしくお願いします。
イメラリア共和国やオーソングランデ皇国の各地で正体不明の魔物が出現し始めたのは、一二三たちが荒野へ出発してから一週間程度経ってからのことだった。
各地の冒険者ギルドや領主たちの下へ情報が集まり、異常事態が自分たちの周辺だけではないと知るまでに一週間。この世界の情報伝達能力にしてはかなり早いと言える。
ギルドが持つ独特の連携……各地のギルド長同士が密に連絡を取っていたことが大きい。
「とはいえ、それも偶然の話なのだけれど」
トオノ伯爵メグナードの屋敷を訪ねたフォカロルのギルド長クロアーナは、ため息交じりに話した。
「というと?」
「例の一二三さん……魔王が宣言した侵攻計画に対して、冒険者ギルドとしてどういう対応をするのか、それを各地のギルド長と相談している最中だったのが幸いしたの」
ギルドは基本的に国家とは別組織となっているが、各領地とまるで無関係というわけにはいかない。依頼という形であれば戦力を出すこともあるし、各種訓練の場としての性質も持っていた。
魔国との全面戦争となれば、当然無関係というわけにはいかないが、戦争に加担するとしてもその形は様々だ。
「結論は出たのかね?」
「まだよ。共和国に全面的に協力するという意見もあれば、ギルドで独自に動くべきだという意見もあるもの」
冒険者やギルドが抱えている人員を使って意見交換を兼ねた情報交換をしているうちに、全国的に新種が見られるようになった、という情報が各地から出始めた。
「それで、現状はどうなっているのかね?」
「そうね。それを伝えに来たのだったわね」
クロアーナは鞄から書類を取り出すと、メグナードへと手渡した。
「ふむ……随分と厄介だが、対応できなくはない、とあるな」
「あまり楽観視しないで欲しいわね。一定以上のベテラン冒険者が準備しておけば倒せる、という程度なのよ」
町への被害は大したことは無く、森で採集をしていたり、山に分け入っていたりした者たちが運悪く遭遇して殺されている状況だった。
周囲の村や町は冒険者ギルドや領主に依頼を出しているが、ギルドとしても正体不明の魔物に対応するのは難しく、領主たちも私兵を使ってはいるが結果はあまり芳しくない。
「一言でいえば、今までの魔物よりも厄介なのが多く、そして各地で突然現れているの。とても偶然とは思えない」
クロアーナの説明を聞いて、メグナードはソファの背もたれにゆったりと身体を預け、腕を組む。
「……随分昔の話だが、お母様……アリッサ様から聞いたことがある。一二三様の指示で、オリガ様が行った作戦だが……」
ぽつりぽつりと話し始めた昔話に、クロアーナは持ち上げていたカップを置いて、真剣に耳を傾けた。
「聞かせてくれる?」
「これはトオノ伯爵領の醜聞と言っても良いことだ。参考にはなるだろうが、話す内容そのものは他言無用で頼む」
「もちろん」
クロアーナは、それを話すというメグナードの決心が、友情の証であることをよく理解していた。
☆★☆
「あの頃を思い出します」
と、頬を染めているオリガに、周囲にいた誰もが何の話かと興味は持っていたが、内容を知るのは怖いとも思っていた。
「なんの話?」
お互いにけん制している兵士たちの間から姿を見せたウェパルが問う。
「あら、お帰りですか」
「ええ。ほら、これお土産」
「ご丁寧に、ありがとうございます」
和やかな雰囲気ではあるが、その近くではウィルが完全に座り込み、ぐったりと肩を落としていた。
「どうしたのよ、あれ」
「あら、手が止まっていますね。ウィルには魔導陣を使って魔物……彼女の世界ではモンスターと呼ぶそうですが……それを呼び出して、配置場所を教えて送り出す作業をしているのです」
「ああ、例の計画の……」
それは一二三が作った計画の一環であり、各地の防衛戦力の底上げを狙ったものだった。
ウェパルも説明を受けたときに初めて知ったことであったが、似たようなことをオリガは封印前に遂行している。
ホーラントが研究・開発した、生物を強化し凶暴性を増す魔道具及び魔法薬を使って各地の魔物を強化し、当時のオーソングランデ王国各地にばらまいた。
結果はあまりぱっとしないものだったが、冒険者ギルドの連絡体制強化のきっかけにはなっている。
「単に凶暴化しただけでは、適当に暴れて退治されて終わり。罠の類にも対応できませんでしたからね。今回はちゃんと自我を持った魔物ですし、この世界の誰もが見たことも無いものばかりです」
対応にはさぞ苦労するでしょう、とオリガは微笑む。
柔和な表情ではあるが、その左手はウィルの襟首をしっかりつかんでいた。
「ちょ、ちょっと待って! 少しくらい休ませて!」
「何を言っているのです。休まずとも魔導陣を起動できるように魔力を渡しているのではありませんか」
そういう問題じゃない、と半べそで無駄な抵抗しているウィルに憐憫の目を向けて、ウェパルはオリガへ尋ねた。
「魔力を渡す?」
「これを使えば、可能になります」
と、オリガが指さしたのは木製の樽だった。
「主人の左手を構成している“パウダー”と同じものが中に入っていて、今回ウィルと共に作った魔道具を差し入れています」
オリガは説明しながら、樽から伸びている紐を掴み、暴れるウィルの首筋に当てた。
「パウダーには魔力を吸収し、ため込む力があるようです。そして、それを放出する性質もあります」
一二三がやっている魔力操作と、ハジメだけが可能な接触による魔力吸収の仕組み。それをオリガは独自に解析したという。
「ハジメが吸収した魔力は、直接取り出すことはできませんが、これを介することで可能になりました」
期限次第では樽の中の魔力を逆に持っていかれるが、とオリガは苦笑する。
「これを主人がいた世界の道具にちなんで“魔力電池”と名付けました。これがあれば、ウィルの貧弱な魔力量でも連続で魔導陣が発動できます」
「ひいい……」
冷静な説明をしながら、オリガはその紐の先をしっかりとウィルに固定したまま、樽についているスイッチを押した。
「酷いことをするわね……」
「主人が戻るまでに、終わらせなくてはなりませんから。大丈夫です。これがあればウィルの魔力が枯渇することはありません」
代わりに精神力はもう枯渇しているだろう、とウェパルは思ったが、自分まで魔力提供を求められてはかなわない、と口をつぐんだ。
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