138.野外での昼餐
ご無沙汰しております。
本日より更新再開です。よろしくお願いします。
実のところ、ヴィーネはこの世界ではかなり上位の実力を持つに至っている。
実戦経験も豊富であり、個人での戦闘も集団での戦場も経験し、幾度かの死線も潜り抜けて、彼女は着実に力を付けていた。
しかし、自己評価は低かった。
何しろ周囲にいるのが一二三やオリガといった、世界屈指の戦闘力を持つ者たちであり、彼女の記憶にある人々は誰もが戦いも心も強かった。
だが、諦めることはない。
いつか追いついて、共に肩を並べて戦える時のために、ひたすら訓練を続けている。
「おおお!」
雄叫びと共にヴィーネは跳躍した。
片耳だけの長い兎耳が完全に倒れるほどの勢いで、くるりと身体を丸めて敵の攻撃をかいくぐる。
着地。
そこは敵の目の前であったが、釵によって引き裂かれた敵は反撃などできるはずもない。
一瞬置いて、血を噴き出しながら仰向けに倒れた。
「もう一人!」
と目を向けた相手は、釵に足を貫かれた状態で足を引きずって必死に逃げ出そうとしていた。
「申し訳ないけれど……」
少し前のヴィーネであれば、この状況なら見逃していただろう。
だが、彼女は一二三の目的を知っている。
知っているからこそ、“魔王軍の一員”として、戦いには非情でいることを決めている。
たとえ、後世に悪名を残そうとも。
地を這うような低い姿勢での失踪。
草むらであれば、目視することは難しいだろう。
「なんて嬢ちゃんだ……」
狼の獣人は、ヴィーネの身のこなしをみて驚嘆していた。まるで肉食系獣人の動きだと。
そして、再びちらりと隣にいる人間を見る。
獣人の背筋に冷たいものが奔った。
「なんてぇ目をしてやがる……!」
愉悦。
人を殺すことに対して、人が死ぬことに対して、特別に感情をかき乱されることがない。
ただただ、自分の仲間が相手を上手に殺すことを愉快だと感じている目だった。
「狂ってやがる」
口の中で狼獣人が呟いたとき、彼の手下が殺された。
☆★☆
「それで、お前らはあのソードランテの連中か?」
「いいや、違うんだ」
手下たちを殺された狼獣人はあっさりと降参して、恥も外聞も捨てて命乞いをした。ここから先の道案内と解説役を兼ねた下僕として一二三に付き従うことになったのだ。
自分が戦う機会が無かったことにがっかりした一二三だったが、現状を知っておくのに便利であると判断した。
「町の連中は、妙な熊獣人が来てからおかしくなっちまった。やたらと権利だとか協調だとか言い出して、俺たちみたいな気ままにやりたい連中は住み辛くなった」
狼獣人はナバムと言って、同じように町に馴染めなかった連中と組んで森へと出るようになったという。
「森には森の連中がいるんじゃないか? ここの連中みたいに」
そう問う一二三は、口にもりもりと薄いパンのようなものを詰め込んでいた。
襲われていた羊獣人たちは助けてくれたヴィーネたち一行を歓待すると言い、腰を痛めたプーセは先に一軒の簡素な小屋を借りて休んでいる。
襲ってきた狼獣人がひれ伏す相手である一二三や、その愛妾であると自称するヴィーネに恐々といった様子ではあったが、食事は充分な量が用意された。
外での食事であるが、岩塩をまぶした濃い味の根菜は、小麦のようなものを水で練って焼いただけのパンによく合う。
一二三とヴィーネの他は、カイテンだけがこの昼食会に参加しており、他の騎士たちはプーセの護衛として小屋にいる。
「ソードランテも、一枚岩ってわけじゃないのね」
カイテンはパンを小さく千切りながら食べている。彼はあまりこの食事が好みではないようで、あまり食は進んでいたい。
「当然だ」
対して、ナバムの方は一二三につられるようにしてもりもりと食事を楽しんでいた。自分が襲った集落で平気な顔をして食事ができるあたり、彼もそれなりに肝は太いらしい。
「オルラとかいう熊族の女が出てきて、獣人族をまとめて、町の主導権を握ったあたりでおかしくなった……と、おれは親父から聞いたけどな」
ナバムはまだ二十歳そこそこであり、彼が物心ついたころには、もうオルラ体制でソードランテは固まっていたという。
「反対している奴はいたらしいさ。でも、元が自由にやりたい獣人連中だ。町くらいならまだしも、法律を作って国を作るなんて、どだい無理な話なんだ」
父親譲りの考えだ、とナバムははにかみながら言う。
「今の獣人族は大きく分けて三つ……いや、四つだな。うん。四つに分かれている」
一二三が頷くのを待って、ナバムは話を続けた。
「一つは大昔と同じように森に棲む連中。……ここの奴らみたいにな」
羊族の獣人たちは遠巻きに一二三たちを見ていた。
怯えた様子の彼らに一度だけ目を向けると、ナバムは舌打ちした。
「森に住むなら弱肉強食ってのは、昔からの決まりなはずなんですがね」
「それを言うなら、俺がお前を食うのも文句はないんだな?」
「そ、それとこれとは話が別だ! というか、食う気なのか?」
「阿呆め。お前みたいな不味そうなのはいらん」
安堵したナバムは、牙の隙間から息を吐いた。
「ふぅ、怖がらせないでくれよ……でも、こういう森に住んでいた連中と別に、俺たちのように町に馴染めなくて森に出てくる連中がいる」
ナバムたちは少数ではあるが数は数千人いる。普段は町の外れや古いスラム地区に住み、森で食い物を探しては町へ戻ってくるのだ。時には戻ってこない者もいる。
「元から森にいた連中にとっちゃ、俺たちが異物なんでしょうがね……あとは、さっき言ったオルラって婆さんが率いる“ソードランテ”って国だな」
ソードランテは熊族獣人であるオルラを頂点にして、獣人だけでなく人間やエルフ、中には魔人族も含んでいる。
「仲良しこよしは良いことだろうさ。だからと言って、何でもかんでもきゅうきゅうに縛り上げる必要は無いだろうよ。息苦しいばかりだ」
ナバムの口から語られる話の中には、しばしばソードランテの体制に対する不満が混ざっていた。
「それで、もう一つは?」
一二三の言葉に、ナバムは肩をすくめた。
「俺たちと同じで獣人族を縛り付けるのに反対で、俺たちと違って未来のために動こうって奇特な連中さ。表立っては活動していないみたいだが、裏じゃあそれなりの組織を作ってオルラ婆さんに対抗しようとしている」
ソードランテの都市部は、表面上落ち着いたようにみえているが、その実オルラ派で現在の主流を握っている連中と、ゲリラ的にオルラ体制を終わらせようとしている連中がしのぎを削っており、時折死人も出ているという。
「率いているのが誰かはわからないけどな。オルラ婆さんの側近も殺されているようだし、獣人のうち結構な人数がそれに協力しているようだぜ」
「それはそれは」
一二三は、にやりと笑った。
「匂うな。ちょいとつついてやれば、血の匂いは濃くなる雰囲気だ」
「ちょっと、一二三さん……」
「だが」
カイテンが止めようとするのも聞かず、一二三はナバムを指さした。
「“表立って活動していない連中”のことを、何故お前はそんなに詳しく知っている?」
ナバムは、熱い吐息を吐いた。
一二三は、冷笑を浮かべている。
「……お前も、それに加担しているんだろう?」
「その通り。わかりやす過ぎたな」
首を横に振ったナバムは、一二三に答えた。
「と言っても、大したことじゃない。森で何があったか教えてやるだけさ。加担しているというより、情報を持ち込む部外者の立場だ」
「ふむ……」
顎に手をやり、何かを考えるしぐさをする一二三。
その隣では、ヴィーネが「美味しい」を連呼しながら、どんどん食べ続けている。
「一二三さん。あたしたちの任務は……」
「勘違いするな。お前とプーセ、そして俺たちのやるべきことは違う」
ぴしゃりと言われ、カイテンはそれ以上何も言えなかった。
「面白そうだ。そのオルラとやらに会った後、敵対しているという連中の顔も見ておこう。前後しても良いな」
「協力してくれるのか?」
気色を浮かべたナバムだったが、一二三の答えは期待とは違う者だった。
「馬鹿言え。これからの遊びをどう組み立てるか考えるんだ。まだまだ、我慢しないといけないからな」
お読みいただきましてありがとうございます。
道草家守先生相野仁先生主催の『和モノ納涼企画』に参加させていただいております。
『残想』という3,500文字ほどの短編を掲載しております。
ホラーですが、直接的に怖いというよりは、状況が怖いというか……良かったら、読んでやってくださいませ。