137.森の集落
137話目です。
よろしくお願いします。
※次の更新タイミングについて後書きにてお知らせがございます。
カイテン以下、一二三を除いた人間の騎士たちは荒野を踏破する間にすっかり疲れ果ててしまっていた。
オーソングランデを始めとした国々を廻るのであれば、一日二日程度は野宿になるにしても、どこかの村や町に立ち寄って食料を手に入れることもできるし、建物の中でゆっくり休むこともできる。
しかし、広大な荒野と森の中には、時折獣人族の集落があるだけで宿など存在しない。
森に棲む獣人族は人間に対して警戒か敵意、或いはその両方を見せる者たちであり、宿を借りるなどという真似は考えることもできない。
逆に、集落が近ければ野宿すらままならないのだ。
水場の近くはそう言った集落が多く、水を補給するのも緊張しながらであり、休む場所を探すのにも苦労した。
一二三は経験者であり、どこででも休める上に体力はずば抜けている。「腹が減った」とか「眠い」とは言うが、だからと言って動けなくなるわけでもない。
ヴィーネも荒野を越えた経験があり、獣人族として森に暮らすことも若い頃に経験している。食料を探したり水の流れを聞きつけて水場へ誘導したりと活躍していた。
そしてもう一人、エルフのプーセも森や荒野での生活は経験もあって平気なタイプだったので、問題は無かった。
体力以外は。
「ふぅ、ふぅ……」
「大丈夫ですか、プーセさん」
「だ、大丈夫ですよ……」
道の悪い場所で馬車の上や騎乗での旅を続けるのは、主に尻にダメージが大きい。常に姿勢を気にしていなければならず、座っているだけでも体力は消耗する。
「衰えたな」
「そんなはずはありません。私はまだまだ若いのです……!」
不摂生はしていない。老人という年齢ではないが、;町での生活がすでに八十年以上となる彼女にとって、過酷な自然環境と長旅はてき面に響いた。
一二三の一言に発奮するようにして馬に飛び乗り、警戒に進めたプーセだったが、二百メートルほど進んだところで停止した。
「どうかしましたか?」
ヴィーネが尋ねても、プーセは振り向かない。
「ぎっくり腰だな」
「……ぶふっ!」
一二三の診断に、思わずヴィーネは噴き出した。
とりあえず馬から降ろされたプーセは馬車に乗せられたが、多少の揺れにも声にならない悲鳴をあげるプーセを乗せて長距離の移動はできない。
魔法による治癒はできても、筋肉疲労は取れない。数日は足止めを食らう結果となった。
「置いていけばいいんじゃないか?」
「冗談でもやめてください。プーセ様はあたしたちの代表です。それに、ちゃんとお帰りいただけなければヨハンナ様に何と言われるか」
そう言いながら、カイテンは自分も部下も数日休むことができるという状況に、本心では安堵を感じていた。
「ここでしばらく野宿かしら」
「水場を確保しないと、プーセの腰を冷やすこともできんぞ?」
そう言って一二三はプーセを看病していたヴィーネを呼び寄せた。
「近くの獣人族集落を探してみろ。音でわかるだろう」
一二三にはある程度目星がついているのだろう、とヴィーネはわかったが、自分の能力を確認するつもりなのだと理解した。
「わかりました!」
長い耳をくりくりと動かしていたヴィーネは、複数の足音と話声がする方向を見つけた。
「確認してきますね!」
同じ獣人であれば、虎や狼などの他種族を襲うタイプの獣人以外なら話もできるだろう、とヴィーネは走り始めた。
「森の獣人族が受け入れてくれるかしら?」
「さあな。少なくとも、昔は食い物で釣れた」
どういう意味、とカイテンが尋ねても、一二三は答えない。
答えないまま、ヴィーネが向かった方向へと一二三も歩き始める。
「過保護なのね」
「そういう意味じゃない」
☆★☆
「おうおう。やっているな」
「ご主人様!」
ヴィーネを含めた複数の気配を感じながら、のんびりと歩いてきた一二三がようやく一つの集落へ到着する。
そこには、複数の羊族獣人をかばいながら戦うヴィーネと、三人でヴィーネをなぶるように剣を振り回す獣人族たち、それを見ている別の獣人族がいた。
「俺が到着するまでに一人くらいは倒せると思ったが……」
「す、すみません!」
と、ヴィーネは謝りながらも釵のひと振りを投げつけ、一二三の方へ視線をそらした敵の足を貫いた。
「ここはお任せください!」
「ふぅん。そういうなら、百秒だけ待つ」
一二三には怯えている羊獣人たちが見えていないかのような素振りだった。腕を組み、軽く足を開いたまま直立している彼は、ただヴィーネがどう動くかだけを見ている。
「何者だ?」
「うるさい。後で相手してやるから黙ってろ」
襲っている獣人族たちの仲間なのか、見ていた獣人は狼族特有の鋭い牙を剥き出しにして一二三へ問うたが、一蹴されてしまった。
羊獣人の集落を襲っていたら、突然現れた妙に強い兎獣人に邪魔をされたかと思うと、その主人とみられる人間がやってきて、しかも無視された。
狼獣人は状況がわからず、しばらく首を傾げた後で一二三の隣に並んだ。
「あの……」
「話はあとだ」
話しかけてみたが、一二三はそっけない。
狼獣人はチラチラと一二三を見ていた。観察するに隙だらけのように見えるが、どうにも攻撃するべきタイミングも場所も選べなかった。
自分より背の低い、それも細い武器を腰に差しただけの人間に対して、妙な威圧感を感じて狼獣人は仕方なく仲間たちの戦いぶりを見ていた。
「……あの兎獣人は」
「静かにしろ」
「……」
狼獣人は、なんとなく逆らえず、一二三と共に観戦を続けるしかできなかった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回ですが、ちょっと離れて8月1日の予定となります。
色々と出かけたり仕事の都合だったりなのですが、
どうぞ気長にお待ちいただければ幸いでございます。




