136.荒野の国にて
136話目です。
よろしくお願いします。
ソードランテは荒野を通り抜けた先にある都市国家“だった”。
オーソングランデから離脱した騎士たちが立ち上げた国であり、周囲にいた獣人たちを奴隷として労働力を得て、町を作り上げた国家であった。
絶対王政であり、人間と獣人の身分差は大きく、奴隷として使えなくなった獣人たちは処分されるか、町の一角にあったスラムで死を待つばかりだった。
しかし、八十余年前のある時、そこに二人の人物が影響を与える。
一人は一二三。彼は森で出会った獣人族の少女たちに町を作り、運営することを教え、奴隷であった獣人たちを買い入れてスラムへと住まわせ、彼ら自身が自分の手で生きる術を伝えた。
その目的は判然としなかったが、少なくとも獣人族たちの間では英雄的行為とされており、町の初代代表であったレニを見出した人物とされている。
もう一人は、名も無き熊族の獣人だった。
彼は獣人族としても類まれなる戦闘能力を持っていた。そして、獣人族として森で自由に暮らす生活を心から愛しており、それだけ奴隷として町で働かされている同胞たちに対する憐憫と人間に対する憎悪は激しかったらしい。
しかし、彼はまずスラムの同胞たちに脱出の手引きを提案したが断られてしまった。
「町で生活する方が楽だ。森の中で敵に怯えて安眠もできない生活には戻りたくない」
それは熊獣人として森でのびのびと生きていた彼にとって衝撃であった。
結果として熊獣人は暴走し、人間の王を殺害するに至るが、同時に彼も王の手で死んだ。
混乱した人間たちのうち、獣人族の町と交流を深めていた平民たちは獣人族たちや後から合流したエルフらと手を取り合って町を作り、王に近い者たちは人間だけのテリトリーを守ることに腐心することになった。
その後、兎獣人ヴィーネが一二三を追ってスラムを後にし、レニやヘレンらがエルフたちと共にオーソングランデへ移住したのだが、それ以降オーソングランデとソードランテのスラムの間は次第に没交渉となり、互いの状況はわからなくなった。
オーソングランデはイメラリア女王による主導と一二三が残した組織運営の方法で発展を続け、いつしかソードランテの存在は忘れられていった。
「事実は違った」
熊獣人の老婆は、カウチに身体を預けたまま少し息苦しそうな声を出した。
周囲では彼女が信頼する護衛たちや、現在のソードランテを動かす様々な種族の重臣たちが耳を傾けている。
「その熊獣人は、王と共にあの一二三に殺害されたことがわかった」
王と熊獣人が相打ちとなったはずだが、その後に調査が行われた中で、もう一人の人物が王の寝室に侵入していたことがわかっている。
その人物こそ一二三であり、熊獣人も王も、一二三によって殺害されたと思われる。
「この立場になって初めてその資料を目にした。一二三。レニとヘレンを見出してスラムを発展させた男……」
老女は名をオルラと言った。そして、王と共に一二三に殺害された熊獣人の娘である。
一度はレニたちと共にオーソングランデの地へと入った彼女だが、一二三封印後に荒野へと戻り、スラムに入り、いつの間にかリーダーに収まっていた人物だ。
始めはただ、父が果たせなかった夢を、荒野の獣人たちの幸せを守るという使命を受け継ぐだけのつもりだった。
友人である虎獣人の妹を預かっていた彼女は、その子を守り育てることにも必死だったのだが、いつしか成長したその子も彼女の手を離れ、スラムの中で自由に学び、果実を扱う店の手伝いを始めていた。
そんなある日、悲劇は発生する。
スラムの外、人間たちだけの町から“警戒”と称して出て来た兵士たちによって、その少女が殺害されてしまったのだ。
真相はわからなかった。
すぐに周囲にいた獣人たちによって兵士たちも殺されてしまい、何が起きたかを知る者はいなかった。
しかし、住み分けによって安定を見せ始めていたソードランテはこの事件をきっかけに再び人間対亜人の溝を深め、戦闘が頻発することになる。
オルラは悲しみに浸る時間も無く、スラムの代表として人間たちを相手に戦った。
そして、三十年の歳月をかけてようやく人間の代表者たちを殲滅することに成功し、どうにかソードランテ全体を、多くの種族が過ごす国としてまとめることができた。
「泣くタイミングを逃してしまった」
王という言葉を嫌い、リーダーとして祭り上げられたオルラがようやく落ち着き、そう思っていた頃に一二三復活の情報が届いた。
「あの男が……復活した。やはり評判の通りの強さで、多くの者が戻らない。入ってくる調査の連絡も途絶えた」
オルラは周囲の者たちに命じた。
「罠を使う用意を」
「では……」
「あの男は軍などの勢力に頼ることは無い。自分勝手に風のように動き回り、得物がいると知ればどこへでも姿を見せるだろう」
「しかし、人間が荒野を越えるのは至難の業です。そのように急いては……」
一人が慎重論を唱えると、オルラは老いたとは思えぬほどの眼力で睨みつけた。
「あれを普通の人間と思わないことだ」
事実、瀕死の鳥獣人が一二三からの“先振れ”を携えて命からがらソードランテへやってきたのは、その翌日の事だった。
オルラにとっての敵は、すぐ近くまで迫っている。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




