135.誘拐:後編
135話目です。
よろしくお願いします。
鳥獣人を捕獲した兵士たちを置いて、オリガはフェレスを連れて堂々と正面から彼らのねぐらへと踏み込んだ。
「うそっ! こんなに早く!?」
猫獣人が驚いているのを尻目に魔人族は素早くナイフを引き抜きながら立ち上がり、オリガの前へと走りだした。
「シッ!」
と、掛け声と共にナイフを投擲する。
直後、ナイフを追うように魔人族の手から無数の氷の礫が飛んでいく。魔法で生み出した氷による散弾のような攻撃だ。
「奥様!」
フェレスが前に出て庇おうとするのを押さえて、オリガは鉄扇を振るった。
ナイフと氷をまとめて叩き落した右手。その陰で左手が動いて手裏剣を投擲している。
「あうっ!?」
鋭い手裏剣を肩に受けて、悲鳴を上げたのは魔人族の男ではなく猫獣人の女だった。
「ミリィ!?」
恋人の悲鳴に思わず視線をそらしてしまった魔人族は、それがオリガの“誘い”であることにすぐ気づいたが、遅い。
「はい。貴方の負けです」
広げられた鉄扇。鋭い光を放つ刃が、魔人族の喉にぴったりと当てられている。軽く滑らせるだけで、男は喉笛から血の噴水を広げることになるだろう。
「ま、参った……」
あっさりと降参した男は、両手を上げて無抵抗を示す。
「頼む。彼女だけは助けてやってくれないか……」
「なにを言って……」
「ミリィ、抵抗するな。勝てる相手じゃない!」
肩を押さえて立ち上がった猫獣人をなだめ、魔人族は再びオリガへと懇願の言葉を続けた。
「頼む。俺はどうなっても良いから、彼女は見逃してくれないか?」
「駄目です」
オリガはあっさりと却下すると、周囲の空気に魔力を流し始めた。
「そんな……」
薄くなる空気に苦悶の表情を浮かべながら、猫獣人も魔人も、あっさりと気を失った。
「あの~」
フェレスに抱えあげられて、縛られたままのウィルがおどおどとオリガを見上げている。
「結局、なんなの、これ?」
はあ、とオリガはため息を吐いた。
「心配するだけ無駄でしたね」
「心配してくれたの? というか、心配されるような状況だったの?」
面倒になったオリガは、説明をフェレスに任せて小屋を出てしまった。
☆★☆
「こちらの質問に偽りなく答えること。そして二度とウィルを狙わないこと。それで解放して差し上げます」
投獄された三人と鉄格子を挟んで向かい合ったオリガは、用意された簡素な椅子に腰かけたままでそう宣言した。
怪我をした猫獣人と鳥獣人はフェレスによって治療されており、檻の二人は怪我一つない状態だ。鳥獣人だけは、まだ気を失っていたが。
「か、解放だって……?」
聞き違いか、と背中にしがみつく猫獣人のミリィへと一度視線を流してから、魔人族の男はオリガの方へと目を向けた。
「その通りです。別に町のことを調べて報告するのも、とち狂って私や白の者に襲い掛かるのも、どうやっても構いません」
「た、例えば、ここに住んでも良いってこと?」
「ミリィ!」
猫獣人が大声を出すと、オリガは真顔のまま頷いた。
「ここは城の地下ですが、城ではなく町に住むのであれば、好きにして構いません。仕事のあっせんをしたりはしませんが、王都内ならどうとでもなるでしょう」
魔人族の男も、ミリィも魔国の王都が発展をし続けていることを知っていた。
魔王代理として行政の長であるオリガは表向きに活動することは少ないが、一二三がフォカロルで行っていたやり方をしっかりとなぞっていた。
単純に言えば、技術などのアイデアを行政が主導して生み出し、発展は民衆に任せてしまうというやり方だ。
今の魔王城周辺では、一二三が直接提案したものや彼から聞いた故郷での話を憶えているオリガによる発案で、荷物や手紙を運ぶ運送サービスや新しく商売を始めるための屋台広場などが作られていた。
「民衆が増えて仕事をする。町の中にお金が回るようになれば為政者も実入りが増えるのです」
「だが、俺たちは敵で……」
「そうですね。ですが、私の今の目的は貴方の持っている情報であって、貴方の命ではありません。そんなものに価値は無いのです」
オリガは優しい提案を辛辣な言葉で並べている。
戦士の矜持としては受け入れがたい話だが、魔人族の男は恋人を救う唯一の手段としてその魅力に抗えない。
口を割らせるのに、これほど効果的なこともない、と男の頭は妙に冷静だった。自分に対して冷笑的と言うべきかも知れない。
「……わかった。言うとおりにする。何を話せば良い?」
「冷静な判断です。では、まずは魔国に入っているソードランテの勢力について……」
オリガは、別に一二三に言われてそういった情報を仕入れようとしたわけではない。一二三は自分で直接見に行っているのだから。
しかし、自分でも別の方面から情報を掴んでおくことは、悪いことではないはずだと考えていた。
宣言した通り、調査されるのは問題ないが、規模などについては把握しておきたかった。
聞き取りは二時間に及び、魔人族の男が放った一つの言葉に、オリガは立ち上がった。
「今、なんと?」
「そ、ソードランテのリーダーは熊獣人の老婆だが、いずれ一二三……魔王がソードランテを再び訪れる可能性を考えて、罠を仕掛けている……と、聞いたことがある」
魔人族は額に汗を浮かべていた。
言わなくともよい情報だった気がしたが、それを話さなかったことで後々責めを受ける可能性を考えると黙っているのも問題だと思ったのだ。
逃げてもすぐに捕まるだろう、と魔人族はオリガに対してトラウマのような恐怖心を覚えていた。
夫である一二三の命を狙う用意がなされた場所に本人が向かったと知ったオリガがどう反応するのか、恐々とみている二人の前で、オリガは鉄扇を広げ、口元を隠した。
「ふふ……うふふふふ……」
「な、なんで笑って……」
見れば、オリガの近くで立っていた魔人族の兵士も顔中に汗をかいてオリガを見ていた。
「夫は護衛としてソードランテに“話し合い”をしに行く騎士たちと共に旅立ちましたが、なるほどそういうお話であれば、主人も充分に楽しめます」
そしてヴィーネにとっては良い訓練になるだろう。オリガは本心からそう思った。
つまらない行き来の間に多少なり無鉄砲な者たちがなるべく沢山夫を襲うことを願っていたオリガだったが、入念に準備された何かがあるのであれば、尚良い。
「檻を開けて差し上げます。どこへなりと向かいなさい。……ただし、次に私の前で武器を抜いたら殺します。確実に」
「う……わ、わかった。いや、わかりました」
「私は今、とても機嫌が良いのです。多少ですが当座の生活費の足しにしてください」
おずおずと檻から出て来た魔人族に、オリガは金貨が数枚入った袋を手渡すと、背を向けて軽い足取りで去っていく。
「……早く行け。そしてなるべく城に近づかないことだ」
兵士の忠告を肝に銘じて、魔人族の男は鳥獣人を抱えて恋人と共に街へと姿を消した。
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