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134.誘拐:中編

134話目です。

よろしくお願いします。

「おいおい……」

 仲間が一人の少女を抱えて帰ってきたのを見て、魔国内の森に隠れ家を作って待機していた魔人族の男は嘆息した。

「例の魔法陣使いの女を誘拐してきたよっ!」

「勝手な真似をするんじゃない! 俺たちの任務は監視と調査だぞ!」


 まだ眠っているらしいウィルをあばら家の床に寝かせた猫獣人の女は、叱責を続ける魔人族の男に人差し指を立てて「しーっ」と黙らせた。

「寝ているだけなのよ。起きたら面倒だから、縛るまでは静かにして」

「ちっ。さっさとしろ」

 説教から逃げるためだろう。猫獣人を運んできた鳥獣人は早々に飛び去ってしまっている。


「はあ……それで、一体あの子はなんなんだ?」

「だから魔法陣使いだって。リーダーが言っていた子よ。城から攫ってきた」

「馬鹿な真似を! 追手がかかるぞ! すぐにここを引き払わないと! それに“魔法陣”じゃなくて情報じゃ“魔導陣”だ。俺たちが知っている魔法とは違って……いや、そんなのは今はどうでも良いが……」


「落ち着いて。ねえ落ち着いてよ。大丈夫だって。しっかり狙いを定めて外から部屋を襲ったんだから。侍女には見られたけど、兵士は庭で右往左往していただけよ。追いつかれてもいないし、迂回してきたからこっちの方角すら知られてない」

 安心して、と繰り返す猫獣人だったが、男の方は首を横に振った。

「いくら魔王が留守にしているからと言って、城にはあのオリガがいるんだぞ?」


「姿すら見えなかったから、大丈夫だって」

「本当だろうな……とにかく、このことは急いで伝えねばならん。こういう時にさっさといなくなって……」

 逃げてしまった鳥獣人が戻るのを待つことにして、男は取り急ぎ報告を書くことにした。

「いいか。その子はリーダーのところへ送る」


「これで出世できるね! 早くソードランテに帰れるかも!」

「そう簡単に行くか。勝手な真似をした責任を取って、前線行きの可能性だってある。懲罰を受けてフォカロル突入の命令を受けるかもしれないんだぞ」

「そんな……」

「リーダーの指示を受けずにやったことだ。どうにか偶然だったと報告を作るから、内容を頭に叩き込んでそういうことにしろ。いいな」


 縛り上げられたまままだ眠っているウィルの隣に、猫獣人は座り込んだ。ぷっくりと頬を膨らませ、男を睨みつけた。

「出世しないと、いつまでたっても私たち一緒になれないんだよ?」

「それは……そういう問題じゃないだろう。俺たちがしっかりと仕事をこなせば、いずれ交代でソードランテに帰れる。それからでも……」


「それはいつの話? 魔王本人はソードランテに行ってる。そこでモメたらまた情報が必要になって、本格的に戦いが始まって、監視任務は強化されるかも。うまくやったって帰れる保証なんてないじゃない!」

「だからと言って命令無視をして良い理由にはならない。落ち着け」

 互いに大きなため息をついた。


「……城の周りは、みんな楽しそうだった」

 何を言い出したのか、と猫獣人の話に男は視線と共に耳を傾けた。

「魔王の城の周りに住んでるのに、みんな笑ってたよ? あんたと同じ魔人族が多かったけど、獣人族も人間もいた。これってどうなの?」

「何がだ」


「私たちは何のために戦っているの、って話よ。普通に貿易でもすれば食料も手に入るんじゃないの? 誰も死ななくて済むし、私たちなら人数さえある程度揃えば荒野を越えるのも難しくない」

「馬鹿なことを。貿易? 何を売るって言うんだ。それにリーダーは一二三やイメラリアが作った世界と手を結ぶなんて選ぶはずがない」


「そんなのはリーダーの都合じゃない。私たちが良い暮らしができる可能性があるなら、考えるのもリーダーの仕事じゃないの? 自分勝手な復讐で……」

「復讐を願っているのはリーダーだけじゃない。多くの者たちが豊かさを求めているのも確かだが、それは連中から奪い取ってこそだというのみんなの考えだ!」

「みんなって、誰よ。少なくとも私は違う。この子がいて、それで魔王を脅すなり交渉するなりできて、交流ができれば変わるんじゃないの?」


「そんな簡単に行くなら、苦労はしない……頼むから、こんな危険を冒すのはやめてくれ」

「あのー……」

 言い争っている二人に、縛られたウィルが声をかけた。

「ここ、どこ? あんたたちは誰? 縄をほどいて欲しいんだけど」

「あー……おはよう。それに答えることはできないし、応えることもできないな」


☆★☆


「……ソードランテの勢力も一枚岩というわけではないようですね」

「奥様、どうかされましたか?」

 オリガの呟きにフェレスが問う。

 オリガは“王妃”と呼ばれることを嫌い、今まで通りに“奥様”と呼ばれることを好んだ。魔王の妃ではあるが、自分が権力者でいるつもりはなく、ただ一二三の妻であるという意識からであるが、公式の場では王妃と呼ばれることを制限しているわけでもない。


「ウィルは無事のようです」

 オリガは減退された方向であれば空気の振動を感知して盗聴ができる。初めてそれをしったフェレスは、城内で愚痴などを言うのも止めておこうと心に決めた。

 オリガの器用さは魔法に関して常人をはるかに凌駕するレベルであるのは良く知られているが、フェレスはその度合いを見誤っていたことを痛感した。


「さて、色々と向こうにも事情がありそうですが……まずは鬱陶しいのを落としてからにしましょうか」

 オリガが空を見上げたことに気付いたフェレスが同じように視線を上げると、そこでは鳥獣人が音も無く飛行していた。

「あっ」


 見つかった、と言うより早く、獣人は翼の一部を傷つけられ、どうにか翼を動かして速度を落としながらも墜落した。

「さあ、あれを捕まえて“お話”の材料にしましょう」

 フェレスが絶句している間に、兵士たちは急ぎ馬を走らせて鳥獣人を取り囲んだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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