133.誘拐:前編
133話目です。
よろしくお願いします。
「……死ぬ……」
呟いたウィルは、魔王城内にある自分の研究室の中で黒々とした隈を作った眼をうっすらと開いたまま、机に突っ伏していた。
その周囲には数十個の魔導球が転がっている。
全てモンスターを召喚することに特化したもので、さらには強制的な送還がなされないように調整もされていた。
「一つ作るのに一時間かかるとして、目標数まで……目標数ってどれくらいだっけ……」
「二百ですよ。大丈夫ですか?」
フェレスが声をかけると、ウィルはゆっくりと重たそうに頭を上げて目を向けた。
「フェレスね」
「一度休まれた方が良いでしょう。魔導球は私が整理して数えなおしておきます」
頭がぼんやりしていたウィルは、フェレスに促されるままに隣にある寝室へと向かった。
そして、その数分後にフェレスはその寝室から木戸が叩き割られる音と、「ふあ?」というウィルの寝ぼけた声を聴いて、寝室へと飛び込んだ。
「何者ですか!」
フェレスが飛び込むと、眠っているのか気絶しているのか判別できない、力なくぐったりとしているウィルを抱えた、一人の猫族の女性獣人と目が合った。
「ちっ! 使用人がいたか!」
舌打ちをした猫獣人がナイフを投げつけてきたのを、フェレスは素早く転がって避け、そのまま入口の陰に隠れる。
今でこそ使用人の立場だが、彼女も元はウェパルが率いる部隊に所属した軍人の一人だ。治癒魔法が得意だが、全く戦えないわけではない。
「ウィル様を離しなさい!」
「ふん、使用人のくせに良い動きをするじゃないか。……ちっ、周りの動きが早いね!」
叩き破られた窓枠から下を見下ろした猫獣人は、ウィルを抱えたまま外に向かって飛び出した。
場所は三階部分だ。まともに飛び降りれば怪我は免れない。
「待ちなさい!」
急いで追いかけたフェレスは、猫獣人がウィルを抱えたまま、鳥獣人にぶら下がって飛び去るのを見ているしかなかった。
「失礼します!」
蹴破るような勢いで魔人族兵が部屋へとなだれ込んできたが、遅かった。
「フェレス様! 何者かがこの部屋に飛び込むのが目撃されましたが……!」
兵士はフェレスに対して使用人ではなく上役として接している。彼女の来歴によるものだが、城内での序列でも高い位置にいる。
「……ウィル様が連れ去られました」
「なんと……!」
兵士たちは絶句した。そして歯噛みしている。
自分たちが警備しているのに易々と侵入されてしまったうえ、国王である一二三のゲストとも言うべき人物を連れされられてしまったのだ。
「南西の方角へ飛び去ったのを確認しました。すぐに追跡部隊を編成して追うように。……私は、オリガ様に報告してきます」
誰かが唾を飲む音が聞こえた。
一二三が留守にしている今、魔王城を取り仕切っているのはオリガだ。一二三不在の間に不手際があったとすれば、彼女がどれだけ怒るか、そしてその矛先がどこへ向かうかわからない。
「急いでください。何かの手がかりを見つけなければ、何が起きるかわかりません」
☆★☆
「はぁ……」
談話室でカウチに身体を預けていたオリガは、小さなため息を吐いた。
すぐ隣では小さなベッドに眠るハジメの姿がある。穏やかな寝息を立てている姿をちらりと見てから、オリガは真正面で跪いているフェレスへ立つように命じた。
「一応は私の魔法である程度の逃走方向は確認できています」
しかし問題はそこではない、とオリガは言う。
「襲撃してきた者たちは主人鉢合わせしていません。広い荒野で入れ違いになった可能性も高いですが、すでにこの国内にあの者たちのねぐらがある可能性もありますね」
理由として飛び去った方角が荒野へ向かう方向とは違っていたことが一つ、とオリガは説明した。
フェレスが見た方角とは違い、オリガが騒動を聞きつけて魔法による索敵を開始したころ、大きく旋回してオーソングランデとの国境がある東方面へ向かっている。
「ウィルを救出せねばならないというのもありますが、主人が戻るまで魔国内で好き勝手やらせるわけにはいきませんね」
オリガはそっと立ち上がり、ハジメの世話をニャールに任せると言った。
「フェレス。貴女の治癒魔法はウィルが怪我をしていた場合に非常に有用です。ついてきてください」
「どちらへ行かれるのですか?」
「決まっています。その連中のところへ、です」
二人で良い、というオリガにしがみつくようにしてフェレスが説得し、どうにか護衛としての兵士を二十名つけることに成功した。
「馬で向かいます。ウィルが殺される前に助け出さなくては……」
オリガは用意させるのももどかしいようで自ら厩舎へと向かう。鉄扇はすでにその手の中にあった。
「主人の計画に遅れが出ては問題です。ソードランテの勢力でしょうが、今回は向こうが手出しをしてきたことですから、五年の約束には抵触しません」
「あ、あの……」
「どうしました?」
おどおどと手を上げたフェレスは、オリガを追いながら呟いた。
「私、馬に乗れないんですが……」
「……は?」
結局、オリガの後ろにフェレスが乗る形で、急ぎ掻き集められた兵士たちとともにウィルの捜索隊は出発した。誘拐から十分後のことであり、オリガはすぐに鳥とは違う大きさと形状で飛行する物体を感知した。
「発見しました。まだ移動中ですから、ウィルは何もされていないでしょう」
冷静に語るオリガにしがみつきながらも、フェレスは恐怖で心臓が爆発しそうだった。
フェレスは使用人服の裾がはためくのも気にせず、とにかくオリガの言葉に頷いている。
「久しぶりに、良い運動になりそうですね。情報などとる必要はありません。全員残らず殺しましょう。兵の訓練にもなりますね」
オリガの言葉は、風に流れてフェレス以外には聞こえなかった。
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